52 / 317
第2章 帝国騒乱 編
36.裏切り者の末路
しおりを挟む
「ひ、ひひっ、ひひひひひっ! 馬鹿め! 私がこの程度で終わるものか!」
マクスウェル軍と帝国軍が入り混じった混沌とした戦場を、鼠のようにコソコソとくぐり抜けていく影がある。
「よくも私をこんな目に遭わせたな! ディンギル・マクスウェル! 覚えていろよ・・・絶対に殺してやるからな!」
狂ったように声を上げる男の正体は、かつて帝国第1軍団でラーズ・バアルの側近をしていた男、スノウ・ハルファスであった。
グリード・バアルへの内通が明らかになった後、ハルファスはラーズによって拘束され、陣地の一角に閉じ込められていた。身体のあちこちにかつての仲間達から受けた拷問の跡があり、痛々しいアザと蚯蚓腫れによって色白の肌が紫色に染まっている。
戦闘の混乱に乗じて逃げ出したハルファスは、地面に横たわっていた死体から服を剥ぎ取って身につけていた。血まみれの服を着て、ときおり死んだふりをしてマクスウェル兵の目を躱していく。
「こんな所で終われない! 私はマクスウェルを滅ぼして、兄を超えるんだ! ラーズなんてつまらない男のために死ねるものか!」
怨嗟の声を吐きながらハルファスは戦場から離れようとする。かつて第1軍団きっての頭脳派であった男の顔は憎悪と妄執で醜く引きつっていた。
「そうだ、まだ私は終わっていない! 生きて帝国に帰りさえすればどうとでもなる・・・!
今度はスロウス・バアルに仕えて、私の頭脳であの男を皇帝にして・・・いや、いっそのこと帝国に叛意を持っている連中を集めて反乱軍を組織して、新しい国を興してもいいな・・・! ひひっ、そのときは私が王だ・・・!」
ありえない妄想を語るハルファスの顔は、実に愉快そうに歪んでいる。
ずるずると足を引きずるようにして、ハルファスは戦場から離脱した。徐々に戦いの喧騒が遠ざかっていく。自分が安全地帯に入ったことを確信して、ハルファスは歪んだ笑みを浮かべた。
「助かった・・・! ざまあみろ! 助かったぞ、ラーズ・バアル! この私がお前ごときに殺されるものか! 私は帝国に帰るから、お前はマクスウェルに虫けらみたいに潰されて死んでしまえ! ひゃひゃひゃっ、ざまあみろ!」
狂ったようにハルファスは笑った。
今頃、ラーズ・バアルはマクスウェル軍の騎兵によって討ち取られているだろう。自分を捕えて罪人のように扱った男は死に、捕まったはずの自分は生き残っている。それが愉快でたまらなかった。
「ひゃひゃひゃひゃっ! ひゃひゃひゃっひゃ・・・・・・ひゃ?」
ブスリ
ハルファスの胸元から湿った音が鳴った。
恐る恐る視線を下げると、胸から金属の先端が飛び出していた。服についた赤いシミが徐々に徐々に広がっていく。自分の胸を濡らす生温かく新鮮な血が己の物であると気がついて、ハルファスは悲鳴を上げた。
「あ、あ・・・・あああっ!?」
「む? なんだ、生きているじゃないか?」
背後から困ったような女の声がした。恐る恐る振り返ると、そこには銀髪の美女の姿があった。
「てっきり死体が起きてさまよっているかと思ったから、親切で冥府に送ってやろうと思ったのだが・・・ただの敗残兵だったのか。戦意を失った者に追い打ちをかけてしまうとは武人の恥。うっかりしていたな」
「お、おまえ・・・は・・・」
その美貌には見覚えがあった。かつて帝国近衛騎士団に所属していた女騎士、シャナ・サラザールだ。
近衛騎士団団長の娘である彼女はやれやれとばかりに息をついて、ハルファスの胸から槍を引き抜いた。
「かはっ・・・!」
「まあ、やってしまったものは仕方がないな。すまん。冥福は祈るので許してくれ」
「な、にを・・・かってな・・・」
ごぼり、とハルファスの口から血があふれ出た。
(いやだ! 私はまだ兄を超えていない! 兄の仇を討っていない! こんなところで、死ぬわけにはいかない・・・!)
「い、やだ・・・死ねない・・しにたく、ない・・・」
「ふうむ、困ったな。しかし、死にたくない者が死ぬのが戦場というものではないか。道で死神に行き会ったと思って諦めてくれ」
「そんな・・・いやだ・・・」
ハルファスの瞳から血の涙が流れる。
己の野心も、仇討ちも、ただの一つも目的を成し遂げることなく、若き知将の身体から生命が流れ落ちていく。
そんなハルファスに軽く黙祷をささげて、シャナは戦場を求めて駆け出した。
「そん、な・・・わたしは・・・なんの、ため、に・・・」
(こんなことなら、裏切りなんてするんじゃなかった・・・!)
今さら過ぎる後悔を抱えて、スノウ・ハルファスは息絶えた。
ハルファスの亡骸に背を向けて走るシャナは、足を止めることなく首を傾げた。
「そういえば、あの男は誰だったのだろう? 私を知っているようだったが・・・・・・うむ、見覚えはないな」
かつての主君であるルクセリアを狙った黒幕を討ち取って、それに気がつくことなくシャナは走り去っていった。
スノウ・ハルファス。帝国を破滅に追いやった歴史的な裏切り者の末路であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
お知らせ
新作小説『賢者をやめて怪盗に転職しました』を投稿しています。よければこちらも応援お願いします!
マクスウェル軍と帝国軍が入り混じった混沌とした戦場を、鼠のようにコソコソとくぐり抜けていく影がある。
「よくも私をこんな目に遭わせたな! ディンギル・マクスウェル! 覚えていろよ・・・絶対に殺してやるからな!」
狂ったように声を上げる男の正体は、かつて帝国第1軍団でラーズ・バアルの側近をしていた男、スノウ・ハルファスであった。
グリード・バアルへの内通が明らかになった後、ハルファスはラーズによって拘束され、陣地の一角に閉じ込められていた。身体のあちこちにかつての仲間達から受けた拷問の跡があり、痛々しいアザと蚯蚓腫れによって色白の肌が紫色に染まっている。
戦闘の混乱に乗じて逃げ出したハルファスは、地面に横たわっていた死体から服を剥ぎ取って身につけていた。血まみれの服を着て、ときおり死んだふりをしてマクスウェル兵の目を躱していく。
「こんな所で終われない! 私はマクスウェルを滅ぼして、兄を超えるんだ! ラーズなんてつまらない男のために死ねるものか!」
怨嗟の声を吐きながらハルファスは戦場から離れようとする。かつて第1軍団きっての頭脳派であった男の顔は憎悪と妄執で醜く引きつっていた。
「そうだ、まだ私は終わっていない! 生きて帝国に帰りさえすればどうとでもなる・・・!
今度はスロウス・バアルに仕えて、私の頭脳であの男を皇帝にして・・・いや、いっそのこと帝国に叛意を持っている連中を集めて反乱軍を組織して、新しい国を興してもいいな・・・! ひひっ、そのときは私が王だ・・・!」
ありえない妄想を語るハルファスの顔は、実に愉快そうに歪んでいる。
ずるずると足を引きずるようにして、ハルファスは戦場から離脱した。徐々に戦いの喧騒が遠ざかっていく。自分が安全地帯に入ったことを確信して、ハルファスは歪んだ笑みを浮かべた。
「助かった・・・! ざまあみろ! 助かったぞ、ラーズ・バアル! この私がお前ごときに殺されるものか! 私は帝国に帰るから、お前はマクスウェルに虫けらみたいに潰されて死んでしまえ! ひゃひゃひゃっ、ざまあみろ!」
狂ったようにハルファスは笑った。
今頃、ラーズ・バアルはマクスウェル軍の騎兵によって討ち取られているだろう。自分を捕えて罪人のように扱った男は死に、捕まったはずの自分は生き残っている。それが愉快でたまらなかった。
「ひゃひゃひゃひゃっ! ひゃひゃひゃっひゃ・・・・・・ひゃ?」
ブスリ
ハルファスの胸元から湿った音が鳴った。
恐る恐る視線を下げると、胸から金属の先端が飛び出していた。服についた赤いシミが徐々に徐々に広がっていく。自分の胸を濡らす生温かく新鮮な血が己の物であると気がついて、ハルファスは悲鳴を上げた。
「あ、あ・・・・あああっ!?」
「む? なんだ、生きているじゃないか?」
背後から困ったような女の声がした。恐る恐る振り返ると、そこには銀髪の美女の姿があった。
「てっきり死体が起きてさまよっているかと思ったから、親切で冥府に送ってやろうと思ったのだが・・・ただの敗残兵だったのか。戦意を失った者に追い打ちをかけてしまうとは武人の恥。うっかりしていたな」
「お、おまえ・・・は・・・」
その美貌には見覚えがあった。かつて帝国近衛騎士団に所属していた女騎士、シャナ・サラザールだ。
近衛騎士団団長の娘である彼女はやれやれとばかりに息をついて、ハルファスの胸から槍を引き抜いた。
「かはっ・・・!」
「まあ、やってしまったものは仕方がないな。すまん。冥福は祈るので許してくれ」
「な、にを・・・かってな・・・」
ごぼり、とハルファスの口から血があふれ出た。
(いやだ! 私はまだ兄を超えていない! 兄の仇を討っていない! こんなところで、死ぬわけにはいかない・・・!)
「い、やだ・・・死ねない・・しにたく、ない・・・」
「ふうむ、困ったな。しかし、死にたくない者が死ぬのが戦場というものではないか。道で死神に行き会ったと思って諦めてくれ」
「そんな・・・いやだ・・・」
ハルファスの瞳から血の涙が流れる。
己の野心も、仇討ちも、ただの一つも目的を成し遂げることなく、若き知将の身体から生命が流れ落ちていく。
そんなハルファスに軽く黙祷をささげて、シャナは戦場を求めて駆け出した。
「そん、な・・・わたしは・・・なんの、ため、に・・・」
(こんなことなら、裏切りなんてするんじゃなかった・・・!)
今さら過ぎる後悔を抱えて、スノウ・ハルファスは息絶えた。
ハルファスの亡骸に背を向けて走るシャナは、足を止めることなく首を傾げた。
「そういえば、あの男は誰だったのだろう? 私を知っているようだったが・・・・・・うむ、見覚えはないな」
かつての主君であるルクセリアを狙った黒幕を討ち取って、それに気がつくことなくシャナは走り去っていった。
スノウ・ハルファス。帝国を破滅に追いやった歴史的な裏切り者の末路であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
お知らせ
新作小説『賢者をやめて怪盗に転職しました』を投稿しています。よければこちらも応援お願いします!
11
お気に入りに追加
6,111
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています
もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。
使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。