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第2章 帝国騒乱 編
34.騎士団長の苦悩、あるいは父の苦悩
しおりを挟むside ラジャン・サラザール
バアル帝国第1軍団と第2軍団が激しく同士討ちをしている。そこにマクスウェル軍の騎兵が突撃していき、戦場は混沌の坩堝となった。
それを少し離れた場所から見ながら、私は深々とため息をついた。
「愚かな・・・なんと、愚かな。あれが帝国の未来を背負う次期皇帝の姿だというのか?」
私の名前はラジャン・サラザール。帝国近衛騎士団の団長をしている。
私と亡き皇帝スペルビア・バアルとは幼い頃からの友人で、最初の側近として仕えてきた。帝国軍に入ってからは、後に英雄と呼ばれることになるベイオーク・ザガンと武を競いながら、必死に帝国のために戦ってきた。
スペルビアの最期にも立ち会い、遺言とも呼べる言葉も聞かされた。
『ルクセリアを守ってくれ。そして、次の皇帝となった息子を支えてくれ』
(結局、そのどちらも私は叶えることができなかった。ルクセリア様は敵国に囚われ、二人の皇子はあの通り・・・私の騎士としての人生は何だったのだ?)
「随分と落ち込んでいるようだな。我が父よ」
「・・・シャナ」
乱戦となった戦場を眺めていた私に声をかけたのは、シャナ・サラザール。数年前に近衛騎士団をやめて出奔した、私の娘である。
私の記憶よりもいくらか成長した姿の娘は、どことなく亡き妻に似てきている。しかし、過剰とも呼べる蛮勇ぶりは変わっていないらしく、今も槍を片手に羨ましそうな顔で戦っている兵士達を眺めている。
「父よ。ラーズとグリードを助けに行かなくても良いのかい? あのままでは、二人ともマクスウェル軍に蹂躙されてしまうぞ?」
「・・・助けに行けるものか、こんな物を渡されて」
私の手の中には一通の書状が握られている。さきほど娘によって届けられたそれは、ルクセリア様が書いた告発文だった。
告発文の中には、ラーズ・バアルから暗殺者を送られてディンギル・マクスウェルに命を救われたこと。幼い頃から、グリード・バアルに身体を狙われてきたことが書かれている。
こんな事を知らされて、どうしてラーズ殿下とグリード殿下を助けになどいけるだろうか。
「シャナよ。ルクセリア様は、本当にご無事なのだな? よもやマクスウェル家にひどい扱いを・・・」
できることなら、この手紙がマクスウェルに脅されて書いたものであって欲しいーーそんな願いを込めての言葉であったが、シャナはあっさりと首を振って否定する。
「我が槍に誓って、無事だとも。ディンギル・マクスウェルはルクセリア様に傷一つつけてはいない」
「そうか・・・お前が槍に誓うのならば、真実なのだろうな」
私は諦めて、ぐったりと肩を落とした。
守るべきお方――ルクセリア様を脅かしていたのは、ラーズ殿下とグリード殿下の二人であった。おまけに、自分の代わりに彼女を守ってくれたのは敵であるディンギル・マクスウェル。そんなことを知って、どうしてマクスウェル家と戦うことができようか。
「・・・近衛騎士団はこのまま撤退する。ラーズ殿下とグリード殿下のいずれかが生き残って皇帝となるのか。それともスロウス殿下が皇帝となるのか。もはや、私には判断が付かぬ。全てを天の采配に任せよう」
「英断だと思うぞ。父よ。それでは、私も征くとしようか」
「待て、お前も帝国軍と戦うのか?」
戦場に向かおうとするシャナを呼び止める。帝国の生まれである娘が、どうして迷いを抱かずに帝国軍と戦えるのだろうか?
「つまらないことを聞くのだな。今の私はディンギル・マクスウェルの用心棒で、一本の槍に過ぎない。槍がどうして突き殺す相手を選べよう」
「・・・雑念などないと言うことか。うらやましいな」
私は心の底からそう思った。私も娘のように、何も考えずに目の前の敵と戦うことができればどれだけ良いだろうか。
ただの武人であった私が、いつからこんなに余計な心労ばかりを抱えるようになってしまったのだろうか?
「偉くなるとはそういうことなのではないかな? 私はそれが嫌で、冒険者になったのだよ」
「そうかもしれぬな・・・シャナ、ルクセリア様を頼んだぞ。それと、たまには家に帰ってこい。母親の命日くらい顔を出せ」
「そうだな。いずれ近いうちに顔を出すとしよう・・・ああ、そのときは孫の顔も見せられるかも知れないが、構わないな?」
「うむ、楽しみにしていよう・・・・・・・・・・・・ちょっと待て!?」
突然の爆弾発言に、私は思わず声を荒げた。うちの娘、今とんでもないことを言わなかったか!?
「それでは。父よ、息災であれ!」
「ま、待て待て待て! 説明しろ! 相手は誰だ!? ディンギル・マクスウェルか!? 他の誰かか!? 説明してから行けーーーー!!」
必死に制止の声をかけるが、シャナは立ち止まることなく戦場へと駆け抜けていく。
結局、それから娘が家に帰るまでの1年間、私は悶々とした気持ちで過ごすことになるのであった。
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