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第2章 帝国騒乱 編
33.暴走する者、見下ろす者
しおりを挟むブリテン要塞北壁。
グリード・バアル率いるバアル帝国第2軍団は突如として奇襲を受けた。
「で、殿下! 奇襲です!」
「なっ、マクスウェルですか!? いったいどこから!?」
「違います! 攻め込んできたのは友軍、帝国第1軍団です!」
「はあっ!?」
騎士の報告にグリードの顎がガクリと落ちる。
ラーズ・バアル率いる第1軍団とはいずれ戦う予定だったが、それはあくまでもブリテン要塞を落とした後のこと。要塞を落とす前に決着をつけるつもりはなかった。
「すでに陣地の中央近くまで攻め込まれています! どうかご指示を!」
「と、止めなさい! これ以上、逆賊どもを私に近づけるな!」
第1軍団の倍近くの兵力を持つ第2軍団であったが、予想外の方向からの奇襲によって数の優位を失っていた。グリードの指示によってようやく迎撃を始めるが、すでに陣地の内部は双方の兵士が入り混じった乱戦となっていた。
「クソおおおおおおおっ! ラーズ、あの馬鹿者めええええええええっ!」
第2軍団の陣地からグリードの怒号が轟いた。
帝国軍同士の戦いは混乱の極みとなっており、破滅に向けて着実に進んでいった。
その様子を北側の城塞の上から見下ろしながら、俺は背後に控えるオボロのことを振り返った。
「どうやらうまくいったようだな」
「そのようであるな。あの二人は良い仕事をしたのである」
「そうだな・・・魂よ、安らかなれ」
俺はしばしの間、目を閉じて黙とうする。マクスウェル家の勝利のために散っていった配下の冥福を心から祈った。オボロもまた、「南無南無・・・」と彼なりの祈り方で部下の死を悼む。
「それにしても、こんなに上手くいくとは思わなかったのである。ラーズ・バアルは随分と間抜けなのであるな」
「ま、そうだな」
オボロの疑問に俺は頷いた。
第1軍団が俺達の思惑通り第2軍団に攻め込んだという事は、俺が仕掛けた謀略がうまくいったという事だった。
ラーズ・バアルの命を狙ったグリードからの使者――その正体は俺の命令で帝国軍に潜り込んでいた【鋼牙】の暗殺者である。
彼らはグリード・バアルの命令のように見せかけてラーズの命を狙い、こうして友軍同士の潰し合いを勃発させた。
「もしも冷静な判断力を残していたのなら、いくらラーズ・バアルが短気で浅慮な人間であったとしても、こんな見え見えの離間策には引っかからないだろうな」
しかし、この1週間の戦いの中で、ラーズは自分達ばかり毒や火薬で損害を受けて、第2軍団に対して強い不信感を埋め込まれている。積み重なる損害への苛立ちもあって、常であれば気がついたであろう策略に絡み取られていた。
「スノウ・ハルファスが本当に内通してくれてたのもありがたいな。身内の裏切り者ってのは、初めから敵だった奴よりもよっぽど憎たらしいもんだ」
帝国に潜入していた密偵からスノウ・ハルファスの裏切りの可能性を聞いたときには、俺は喜びのあまりサクヤの手を取ってダンスまで踊ってしまった。
スノウ・ハルファスは「知将」と呼ばれた兄の才能を受け継いでおり、なかなかの策略家と聞いている。あの男がラーズの側近のままであれば、今回の謀略を見抜かれていたかもしれない。
利益のためか、保身のためか、いかなる理由でハルファスが裏切ったのかは知らない。しかし、参謀として頼っていた男の背信によってラーズは完全に冷静さを失い、グリードとの仲間割れは決定的になった。
「もともと、仲の悪い兄弟が協力して戦争しようなんて考えが間違ってたんだよ。千年先の歴史書にはスノウ・ハルファスは帝国を破滅に追いやった稀代の逆臣として刻まれるだろうな」
「裏切り者の末路であるな。無残、無残」
オボロが手を合わせて同情したように言う。
「ま、あっちからくれたチャンスだ。せいぜい有効活用させてもらうとしようか」
俺は城壁の内側を見下ろした。すでに帝国の北壁にはマクスウェル家の兵士がいつでも討って出られるように待機している。
東壁でもラッド・イフリータが出陣の準備をしており、こちらの攻撃に合わせて第1軍団、第2軍団を挟み撃ちする算段になっている。血気盛んな友人は、俺が合図を出すのを今か今かと待ちかねているだろう。
「さて、楽しい楽しい大戦の最後だ。派手に盛り上げるとしようか!」
プオオオオオオオオオオオオオオッ
合図のラッパの音と共に城門が開く。マクスウェル家の騎兵部隊が一気呵成に城門を飛び出していく。
牙をむいて笑いながらそれを見送り、俺は城壁から飛び降りて愛馬にまたがった。
「俺も征く! 帝国の皇子の首をとるぞ!」
かくして、ランペルージ王国とバアル帝国の戦争は決着へと向かっていく。
歴史上に前例を見ない大戦を制した者は・・・!
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