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第2章 帝国騒乱 編

31.謀略の白刃

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「・・・と、いうことなのである」

『鋼牙』の次期頭領オボロからの報告を聞き、俺は頷いた。

「そうか、お疲れさん・・・それじゃあ作戦を実行するか」

「はっ、承知したのである」

 闇の中に消えていくオボロを見送り、俺は空を仰いだ。
 上空には曇天の夜空が広がっている。しかし、やがて雲の切れ間から月明かりがわずかに漏れ出して、ブリテン要塞を照らしていく。

「まさに希望の明かり、か。この戦争ももう終わりと思うと名残惜しいものだな」

 くっくっ、と笑って、要塞中央にある執務室へと入っていく。

 俺の予想通りに進んだのなら、明日の日暮れにはこの戦争が終わるだろう。
 大陸の歴史に残るであろう大戦。それを制するのは・・・





「何? グリードから使者が?」

「はい、いかがいたしましょうか?」

 早朝。今日もブリテン要塞へ攻撃を開始しようとした矢先に入った報告に、ラーズは表情を歪めた。

「追い返すわけにもいくまい。私の天幕まで通せ」

「はっ、承知しました」

「ただし、警戒は怠るなよ。諸将にも同席させる」

「勿論です。必ずや殿下をお守りいたします」

 使者を呼びに行った部下を見送って、ラーズは腕を組んで考え込む。

(この状況下でいったい何の用だ? あの男のことだから、ろくなことではないのだろうが・・・)

 昨晩、グリードとマクスウェル家との内通について側近達と話し合ったばかりである。そのタイミングでの使者というのは随分とタイミングが良すぎるというか、ついつい勘繰ってしまう。

「何事もないと良いのだがな」

 その願いは叶うことはないだろう。うっすらと感じる嫌な予感に、ラーズは背中に汗をにじませた。

 やがて、ラーズの前に一人の男が現れた。

「お前がグリードからの使者か?」

 ラーズは椅子に腰かけた状態で目の前に跪く騎士へと問いかけた。胸元に第2軍団のシンボルを付けた中年の騎士は側近に剣を預けて、丸腰の状態で膝をついている。
 周りにはラーズの護衛と側近が厳しい表情で使者を睨みつけ、威圧している。

「はっ、ラーズ殿下に置かれましてはご機嫌麗しく・・・」

「嫌味のつもりか? さっさと本題に入れ!」

 苦戦続きで機嫌は全くもって良くはない。定型文通りの使者の挨拶は皮肉を言っているようにしか聞こえなかった。

「はっ、ではグリード殿下からのお言葉を伝えさせていただきます」

 使者は頭を下げたまま話を切り出した。

「現在、ラーズ殿下の第1軍団は東壁の防衛を指揮するディンギル・マクスウェルによって兵をかなり削られているとお聞きしております。そこで、グリード殿下は第2軍団の中から兵の一部を援軍として送りたいとおっしゃっております」

「ほう・・・我らが第2軍団の力を借りなければならないほど追い詰められていると、そう言いたいのか?」

 ラーズは屈辱に表情を歪める。確かに第1軍団は苦戦を強いられているが、政敵であるグリードからあからさまに援助を願い出られるのは不愉快だった。

「殿下。どうか冷静にお考え下さい。我らはマクスウェル家と戦う盟友でございます。思うところはあるかと存じますが、今は手を取って協力するべきではないでしょうか?」

「・・・・・・」

 援軍は素直にありがたいが、それが第2軍団の者となれば話は別である。下手をすると、懐に危険因子を抱き込むことになりかねない。
 ラーズはちらりと、居並ぶ側近の顔を見る。側近の騎士達の表情は様々だった。前向きに検討している者もいれば、不快そうな表情をしている者もいる。

「殿下。グリード殿下の申し出は渡りに船でございます。お受けになるのがよろしいかと」

 真っ先に口を開いたのはスノウ・ハルファスだった。若き知将は得意げな顔をしながら提案を受けるように勧めてくる。
 しかし――

「いえ、これは受けてはなりません!」

「その通りです! 第2軍団の力を借りるなど騎士の恥!」

「ディンギル・マクスウェルごとき田舎貴族、我らの力だけで十分だ!」

「なっ、馬鹿な! わざわざ援軍を拒むなどどうかしています!?」

 場の流れはハルファスの意図しない方向へと進んでいく。援軍を受けるべきだと思っていた者まで、反対する方向へと急激に意見を傾ける。
 ここにいる側近たちは皆、昨晩、密かに開かれた軍議に参加していた者達である。彼らはハルファスの裏切りを疑っており、意見の正否とは無関係にハルファスを抑え込む側へと回っていた。
 一方、そんなこととは露知らず、ハルファスは困惑した表情で周りを見渡す。ラーズを除く全員がハルファスを敵意に満ちた目で睨んでいる。まさか裏切りに気づかれたのかと、内心で冷や汗を流した。

「・・・うむ。そうだな」

 全員の意見を一通り聞いて、ラーズは決断する。

「グリードの気遣いは感謝するが、断らせてもらおう。ここで第2軍団の力を借りてしまっては我らの威信に関わる」

「くっ、殿下! しかし・・・」

「ハルファス卿! 殿下のご決断に意見をするとは僭越ですぞ!」

「そうだ! 若造が身の程をわきまえろ!」

「っ・・・!」

 ラーズに意見しようとするハルファスだったが、他の側近達に咎められて歯嚙みする。

(馬鹿どもが・・・! 兵法も知らぬ猪騎士の分際で・・・!)

 心の中で怨嗟の声を吐きながらも、ハルファスは仕方なしに意見を引っ込める。
 幼い頃から兵法や軍略を学んできたハルファスにしてみれば、武勇だけで地位を得てきた者など無学な野蛮人と変わらない。そんな彼らから自分の意見を全否定されるなど屈辱の極みであった。

「そうですか・・・それでは仕方がありませんね」

 ハルファスの内心をよそに、使者は残念そうに溜息をついた。

「うむ、グリードにもよろしく伝えてもらいたい」

「はっ、かしこまりました・・・」

 使者は最後にもう一度、恭しく頭を下げた。そのまま立ち上がって天幕から出て行こうとする。使者との面会が終わり、側近や騎士達が安堵の息をついた。
 そのとき――

 ガラガラガラガシャッ!

「っ!?」

 天幕の外から、突如として大きな音が響いた。何かがたて続けに崩れるような音に、その場にいた者達全員の意識が音のした方向へと向く。

「――ご無礼を!」

 全員の意識が使者から外れた瞬間、その男は動いた。
 使者は上着の袖に隠していた短刀を取り出して、ラーズに向けて跳びかかる。

「っ! 殿下!?」

「くっ!?」

 側近達が声を上げるが、一瞬遅かった。
 無慈悲な白刃がラーズの身体へと襲いかかった。
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