俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第2章 帝国騒乱 編

22.開戦前。皇女との茶会

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 ルクセリアがマクスウェル辺境伯領に滞在を始めて、早くも1ヵ月が過ぎた。

 ルクセリアが暗殺されかけてからすぐに帝国に抗議の文書を送ったものの、帝国からの返答は「でたらめを言うな」、「ルクセリア皇女をすぐに返せ」という一方的な要求だった。暗殺未遂については完全になかったことにされていた。

 密偵からの報告により、帝国ではラーズ・バアルを中心に第1軍団、第2軍団、近衛騎士団による連合部隊を編成され、マクスウェル辺境伯領への侵攻の準備をしていることがわかっている。
 マクスウェル家をはじめとした東方の貴族達は帝国軍を迎え撃つ準備を進めていて、東方辺境全土が慌ただしい空気に包まれている。

 そんな最中、俺は時間を作って別荘にかくまっているルクセリアの元へと足を運んでいた。
 俺とルクセリアは庭に置かれたテーブルに向かい合わせで座り、帝国の現状について話をしていた。テーブルの隣にはサクヤと、ルクセリアの付き人であるルーナというメイドが並んで立っている。

「そういうわけで、君を帝国に帰すわけにはいかなくなった」

「そうですか・・・本当に申し訳ありません。私を救っていただいたせいでマクスウェル家にご迷惑をおかけして・・・」

 俺の説明を聞いて、ルクセリアが物憂げにため息をついて謝罪する。
 暗殺されかけたときには随分と取り乱していた彼女であったが、最近になってようやく落ち着きを取り戻していた。あれからしばらくの間は、亡くなった護衛騎士のことを思い出して涙を流したり、夜中にうなされて叫び声を上げることもあったらしい。別荘で働く使用人も随分と心配していた。

「お言葉ですが、マクスウェル卿。姫様を暗殺しようとしていたのはラーズ殿下なのですよね? でしたら、ラーズ殿下に見つからないように姫様が帝都に帰ることができれば、ラーズ殿下を告発して戦争を回避することができるのではないでしょうか」

 表情を曇らせる主を見かねたのか、ルーナが口を挟んでくる。

「それは危険だな。ここから帝都まで行こうとすれば、必ず第1軍団が警備している土地を通らなければならない。第1軍団全員が暗殺に加担してるとは思わないけど、誰が敵で誰が味方かなんて区別がつかないぜ?」

「・・・そうですね。失言をいたしました」

 自分の発言が主を危険にさらすものだと気がつき、ルーナは即座に発言を撤回した。

「それでも・・・戦争を回避することができるのなら、やってみる価値が・・・」

 しかし、肝心のルクセリアは侍女の言葉を本気で受け止めてしまったらしい。俺は手を振って彼女の考えを否定する。

「やめとけよ。ラーズ・バアルは戦争をする口実に君の命を使うつもりだ。万が一、捕まったらただじゃすまないぜ?」

「しかし・・・」

「人が救ってやった命を無駄にするなよ。君が危地に飛び込むという事は、君の従者達も一蓮托生だって忘れるなよ」

「それは・・・」

「姫様。私はどこまでもお供いたします!」

 真剣な眼差しを向けてくる侍女の姿を見て、ルクセリアは肩から力を抜いた。

「そうですね・・・申し訳ありません。私が浅慮でした」

「戦争を止めようとしてくれる気持ちは素直に嬉しいさ。俺達のことを気遣ってくれてるんだろ?」

 いくら命を救ったとはいえ、帝国皇女であるルクセリアの立場からすればいまだにマクスウェル家は敵である。俺達が帝国の連合軍に攻められたとしても、気に病む筋合いはない。
 それでも、この心優しい皇女は自分が原因になって俺達が滅ぼされることを良しと思っていないのだろう。その気持ちはありがたかった。

「私が蒔いてしまった種ですから。私がラーズ兄様とハルファスの本心を見抜いていれば、こんなことにはなりませんでした。できれば、その責任を取らせていただきたいのですが・・・」

「そっちも複雑な立場だってのに律儀なことだ」

 俺は苦笑をして、テーブルに置かれたティーカップを手に取った。口を付けると、芳醇な香りが口の中に広がる。

「いい香りですね。この紅茶。王国産ですか?」

「ああ、南方辺境で採れた茶葉で、この時期は初摘みで香りが強いんだ。俺も気に入ってるんだよ」

「そうですか・・・」

 しばしの間、俺とルクセリアは無言で紅茶を飲み続けた。
 王国の貴族と、帝国の皇族。敵対する立場の二人の間に穏やかな時間が過ぎていく。

 長い沈黙の後、先に口を開いたのは俺の方だった。

「・・・残念ながら、マクスウェル家と帝国の戦争は避けられないだろうな。ただし、君の思っているのとは違う結果になるだろう」

「・・・・・・?」

 俺の言葉にルクセリアが首を傾げる。
 彼女の頭の中では、帝国の連合軍によってマクスウェル辺境伯領が踏みにじられ蹂躙される未来が浮かんでいるのだろう。
 しかし、そうはならないことを俺は知っていた。

「次の戦争で勝つのはマクスウェル家だ。仮に帝国の第1軍団、第2軍団、近衛騎士団が別々に攻めてくるのなら対処できなかったかもしれないが・・・まとめてかかってくるなら勝ち目はある」

 俺は口元に笑みを浮かべて、はっきりと言い放った。それは強がりから出た言葉ではなく、確信に満ちた言葉である。

「帝国の皇女である君には申し訳ないが、本気で叩き潰させてもらう」

「・・・・・・」

 俺の言葉をルクセリアは黙ったまま聞いている。黙ったまま、黙ったまま、聞いている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・ん?」

 いくらなんでも反応がなさすぎる。
 俺が訝しげにルクセリアの顔を覗き込むと、女神のごとき美貌が魂を抜かれたようにぼーっとしており、心なしか頬も朱に染まっている。
 そのまましばらく沈黙していたルクセリアだったが、ようやく形の良い唇がわずかに動いて消え入りそうな声でぽつりとつぶやく。

「素敵・・・」

「ん? なんて?」

「姫様?」

「・・・へ、あ! い、いえ! 何でもありません!」

 俺とルーナが揃って声をかけると、ルクセリアはあわあわと両手を振って返事をする。顔が真っ赤になっており、これでもかとばかりに慌てている。

「ま、まあ、どんな結果になっても帝国の自業自得ですし、遅かれ早かれ帝国は崩壊すると思いますし・・・ええと、あまり積極的に協力はできませんが、私と従者達を救っていただいた恩返し程度にはご助力いたします!」

「そ、そうか。助かる」

 正直、ここまでルクセリアの説得がうまくいくとは思わなかった。彼女の立場上、俺への協力を拒むと思っていたのだが。

(理由は知らんが妙に好感触だな。命を助けたことがそんなにプラスになってるのかね?)

 ルクセリアの謎好感度は別として。何はともあれカードが揃った。これで心置きなく帝国軍を迎え撃つことができる。

(いつでもかかって来いよ。帝国軍。ラーズだろうが、グリードだろうが、残らず叩き潰してやる)

 俺は麗しの皇女殿下を怖がらせないように、内心で獰猛な笑みを浮かべた。

 それから数日後、帝国から宣戦布告の書状が届けられたのだった。
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