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第2章 帝国騒乱 編
18.馬鹿は知らずに踊らされる
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side ラーズ・バアル
バアル帝国。王宮にて。
私は怒りに支配されて、拳を机に叩きつける。
「どうなっているのだ! 話が違うではないか!」
「申し訳ありません。どうやら予想外の事態になったようです」
私は目の前の部下を怒鳴りつけた。スノウ・ハルファスという名の部下は、跪いて頭を下げる。
そんな部下の様子を見ても、私の溜飲は下がることはなかった。頭を下げて顔が見えない部下へと、さらに罵倒の言葉をぶつける。
「予想外!? 馬鹿か貴様は! マクスウェルの懐柔は失敗し、おまけにルクセリアは囚われて帰ってこない! 貴様の策略のせいで、私は宮廷で「妹を敵国に売り飛ばした」などと非難を受けているのだぞ!? どうしてくれるのだ!」
「・・・申し訳ありません。まさかマクスウェルがこのような手を使うとは・・・」
私の手元には、マクスウェル家から贈られた一通の書状があった。
そこには、帝国の放った暗殺者によって妹のルクセリアが襲われたこと。危険な帝国に皇女を帰すわけにはいかないため、マクスウェル家で保護をするという内容が書かれていた。
(虚仮にするのもいい加減にしろ! 誰が妹に暗殺者を送りつけるものか!)
おそらく、マクスウェル家は皇女であるルクセリアを確保して、人質として利用するつもりなのだろう。
(その口実が暗殺者だと!? 王国の田舎貴族が、次期皇帝である私を馬鹿にしやがって!)
私はマクスウェル家からの書状を握りつぶして、床に叩きつける。
ルクセリアとディンギル・マクスウェルを婚姻させて、マクスウェル家を王国侵攻に利用するという策略は潰えた。おまけにルクセリアは奪われて、人質になってしまった。
こちらの策を逆に利用されて、かえって窮地に追い込まれた。こんな状況があっていいはずがない!
「なんとかしなければ・・・これでは私の立場が悪くなるばかりではないか!」
「はい・・・しかし、ラーズ様。これはチャンスではないでしょうか?」
嘆く私に、ハルファスが顔を上げて言ってきた。
「チャンスだと!? この状況のどこが・・・」
「ルクセリア様を奪われたこの状況を利用すれば、近衛騎士団を動かすことができるかもしれません。彼らの協力を得られれば、単純に兵力は倍になります」
「それは・・・」
ハルファスの言葉を頭の中で転がして、じっくりと考える。
近衛騎士団、特に騎士団長のラジャン・サラザールはルクセリアのことを父から任されており、彼女の身を誰よりも案じていた。
(サラザールには随分と嫌味を言われたからな・・・)
ルクセリアがマクスウェルに捕らわれたと知ったときのサラザールの剣幕を思い出して、私は溜息をついた。
「なるほど。良い手かもしれないな。しかし、この状況でマクスウェルに攻め込めば、ルクセリアの身が危ないのではないか?」
ルクセリアが人質になっている状況下で兵を向ければ、マクスウェルはルクセリアを盾にするかもしれない。自分の策略によって人質になった妹を見捨てるなど、はたして許されるのだろうか?
「ご安心を。ディンギル・マクスウェルは卑劣な男ですが、女性を殺めることはめったにしないと聞いております。皇女殿下の・・・その、貞操はともかくとして、お命は無事でしょう」
「・・・そうか」
「ラーズ殿下。貴方は皇帝となられるお方。なれば、情に流されることなどあっていいはずがありません。亡き皇帝陛下も覇道のために非情に徹し、ときに兄弟と争い、ときに姉や妹の嫁ぎ先すら侵略したではありませんか」
「うむ・・・それはそうだが・・・」
血塗られた父の半生を思い、私は唸る。
皇帝となるために、父は人としての情を捨てていた。私や、ルクセリア以外の兄弟のことも、帝国繁栄のための部品程度にしか考えていなかったように思う。
(ルクセリア・・・そう、お前だけだったな。父上に愛されていたのは・・・)
妹のことを可愛いと思う気持ちは私も持っているが、同時に嫉妬の感情も抱いていた。
ただ一人、父からの愛情を受けていた妹。戦争に出ることもなく、平和な宮廷で暮らし続けていたルクセリアを羨む気持ちは、私の中に確かにあった。
(そうだ、ルクセリアは帝国のために働くことなく、ずっと優雅に暮らしてきたのだ! 一つくらい、未来の皇帝である自分のために働いてもらったとしても神罰は降るまい!)
私は次期皇帝として、非情な決断を下した。
その背景に、父に愛されなかった劣等感や妹に対する羨望があるのを見ない振りして。
「そうだな、ハルファス。お前の言うとおりだ。至急、近衛騎士団長に連絡をつけろ! これをマクスウェルとの最後の戦いにするぞ!」
「承知いたしました。我が君。覇王の後継者に相応しい、見事な決断でございます」
ハルファスが満足そうにうなずいて、うやうやしく頭を下げた。
「今度こそ、殿下にご満足いただける結果を捧げさせていただきます」
それから、ハルファスはサラザール騎士団長に精強的に交渉を行い、見事に近衛騎士団を味方に引き入れることに成功した。
サラザールからは随分と嫌味を言われてしまったが、ルクセリア救出のために和解することができた。
唯一、予想外であったのは、私と敵対しているはずの弟、グリード・バアルまでもが、ランペルージ王国侵略の協力を願い出てきたことである。
かくして、バアル帝国第1軍団、第2軍団、近衛騎士団の連合部隊による、ルクセリア・バアル救出のための王国侵攻が始まった。
かつてない大部隊による大戦が、帝国と王国の未来に何をもたらすのか。私はまだ気がついていなかった。
バアル帝国。王宮にて。
私は怒りに支配されて、拳を机に叩きつける。
「どうなっているのだ! 話が違うではないか!」
「申し訳ありません。どうやら予想外の事態になったようです」
私は目の前の部下を怒鳴りつけた。スノウ・ハルファスという名の部下は、跪いて頭を下げる。
そんな部下の様子を見ても、私の溜飲は下がることはなかった。頭を下げて顔が見えない部下へと、さらに罵倒の言葉をぶつける。
「予想外!? 馬鹿か貴様は! マクスウェルの懐柔は失敗し、おまけにルクセリアは囚われて帰ってこない! 貴様の策略のせいで、私は宮廷で「妹を敵国に売り飛ばした」などと非難を受けているのだぞ!? どうしてくれるのだ!」
「・・・申し訳ありません。まさかマクスウェルがこのような手を使うとは・・・」
私の手元には、マクスウェル家から贈られた一通の書状があった。
そこには、帝国の放った暗殺者によって妹のルクセリアが襲われたこと。危険な帝国に皇女を帰すわけにはいかないため、マクスウェル家で保護をするという内容が書かれていた。
(虚仮にするのもいい加減にしろ! 誰が妹に暗殺者を送りつけるものか!)
おそらく、マクスウェル家は皇女であるルクセリアを確保して、人質として利用するつもりなのだろう。
(その口実が暗殺者だと!? 王国の田舎貴族が、次期皇帝である私を馬鹿にしやがって!)
私はマクスウェル家からの書状を握りつぶして、床に叩きつける。
ルクセリアとディンギル・マクスウェルを婚姻させて、マクスウェル家を王国侵攻に利用するという策略は潰えた。おまけにルクセリアは奪われて、人質になってしまった。
こちらの策を逆に利用されて、かえって窮地に追い込まれた。こんな状況があっていいはずがない!
「なんとかしなければ・・・これでは私の立場が悪くなるばかりではないか!」
「はい・・・しかし、ラーズ様。これはチャンスではないでしょうか?」
嘆く私に、ハルファスが顔を上げて言ってきた。
「チャンスだと!? この状況のどこが・・・」
「ルクセリア様を奪われたこの状況を利用すれば、近衛騎士団を動かすことができるかもしれません。彼らの協力を得られれば、単純に兵力は倍になります」
「それは・・・」
ハルファスの言葉を頭の中で転がして、じっくりと考える。
近衛騎士団、特に騎士団長のラジャン・サラザールはルクセリアのことを父から任されており、彼女の身を誰よりも案じていた。
(サラザールには随分と嫌味を言われたからな・・・)
ルクセリアがマクスウェルに捕らわれたと知ったときのサラザールの剣幕を思い出して、私は溜息をついた。
「なるほど。良い手かもしれないな。しかし、この状況でマクスウェルに攻め込めば、ルクセリアの身が危ないのではないか?」
ルクセリアが人質になっている状況下で兵を向ければ、マクスウェルはルクセリアを盾にするかもしれない。自分の策略によって人質になった妹を見捨てるなど、はたして許されるのだろうか?
「ご安心を。ディンギル・マクスウェルは卑劣な男ですが、女性を殺めることはめったにしないと聞いております。皇女殿下の・・・その、貞操はともかくとして、お命は無事でしょう」
「・・・そうか」
「ラーズ殿下。貴方は皇帝となられるお方。なれば、情に流されることなどあっていいはずがありません。亡き皇帝陛下も覇道のために非情に徹し、ときに兄弟と争い、ときに姉や妹の嫁ぎ先すら侵略したではありませんか」
「うむ・・・それはそうだが・・・」
血塗られた父の半生を思い、私は唸る。
皇帝となるために、父は人としての情を捨てていた。私や、ルクセリア以外の兄弟のことも、帝国繁栄のための部品程度にしか考えていなかったように思う。
(ルクセリア・・・そう、お前だけだったな。父上に愛されていたのは・・・)
妹のことを可愛いと思う気持ちは私も持っているが、同時に嫉妬の感情も抱いていた。
ただ一人、父からの愛情を受けていた妹。戦争に出ることもなく、平和な宮廷で暮らし続けていたルクセリアを羨む気持ちは、私の中に確かにあった。
(そうだ、ルクセリアは帝国のために働くことなく、ずっと優雅に暮らしてきたのだ! 一つくらい、未来の皇帝である自分のために働いてもらったとしても神罰は降るまい!)
私は次期皇帝として、非情な決断を下した。
その背景に、父に愛されなかった劣等感や妹に対する羨望があるのを見ない振りして。
「そうだな、ハルファス。お前の言うとおりだ。至急、近衛騎士団長に連絡をつけろ! これをマクスウェルとの最後の戦いにするぞ!」
「承知いたしました。我が君。覇王の後継者に相応しい、見事な決断でございます」
ハルファスが満足そうにうなずいて、うやうやしく頭を下げた。
「今度こそ、殿下にご満足いただける結果を捧げさせていただきます」
それから、ハルファスはサラザール騎士団長に精強的に交渉を行い、見事に近衛騎士団を味方に引き入れることに成功した。
サラザールからは随分と嫌味を言われてしまったが、ルクセリア救出のために和解することができた。
唯一、予想外であったのは、私と敵対しているはずの弟、グリード・バアルまでもが、ランペルージ王国侵略の協力を願い出てきたことである。
かくして、バアル帝国第1軍団、第2軍団、近衛騎士団の連合部隊による、ルクセリア・バアル救出のための王国侵攻が始まった。
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