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第2章 帝国騒乱 編
17.あちらの陰謀、こちらの陰謀
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「――と、いうわけで、ルクセリア皇女殿下は無事に保護いたしました」
「ん、お疲れさん。こんな夜遅くにすまなかったな」
深夜。ベッドに横になって眠っていた俺の元へ、サクヤが報告にやってきた。俺の命令を忠実に実行してくれた部下にねぎらいの言葉をかけて、俺は満足げに頷いた。
「もったいないお言葉です。私達の仕事は夜が本分ですので、お気になさらず」
サクヤは丁寧にお辞儀をして、「ところで」と頭を上げた。
「今回の暗殺はいったい何が目的だったのでしょうか? ルクセリア殿下は皇位継承権も持ってはいませんし、ラーズ・バアルに何の利益があるのでしょうか?」
すでに暗殺者に指示を出していた男は捕縛している。シャナの証言により、その男がラーズ・バアル配下の第1軍団の騎士であることは確認済みだ。
政略結婚が失敗して、敵である俺のことを暗殺しようとするなら、まだわかる。しかし、自分の妹を殺そうとするのは、狂気の沙汰のように見える。
「ラーズ・バアル、あるいはその側近の何者かは、俺に暗殺の罪を押しつけるつもりだったんだろうな」
俺はサクヤの疑問に、自分の考えを述べた。
交渉が失敗した矢先にルクセリアが殺されれば、その疑いは真っ先にマクスウェル家に向くだろう。
「俺がルクセリアを殺害したとなれば、王国に戦争を仕掛ける大義名分になる。義勇兵も募りやすくなるし、うまくいけば近衛騎士団や、他の軍団だって皇女殿下の仇討ちのために兵を出してくれるかも知れない」
ラーズ側にしてみれば、どちらでも良かったのかもしれない。
俺とルクセリアの政略結婚が成立すれば、マクスウェル家を味方にできてそれで良し。
失敗したのなら、ルクセリアを暗殺して、戦意高揚と戦力強化に利用すれば良い。
(妹の死を平然と策に利用するってのは、聞いていたラーズの人物像とはかけ離れているが・・・誰か策士がそばにいるのかね?)
「非道いですね。生きていても死んでも利用されるなんて、いくら何でも皇女様が憐れです」
ルクセリアに同情する言葉を口にしたのは、俺の横で寝ていた女。俺の専属メイドであり、愛人の筆頭格であるエリザだった。
サクヤが来るまで俺と愛し合っていた彼女は、一糸まとわぬ裸体をシーツで隠しながら話に入ってくる。
そんなエリザを、無表情ながら不満そうな目でサクヤが見る。
「ディンギル様。私が貴方のために働いている間、エリザさんと何をしていたのですか?」
「何って・・・」
浮気をとがめるような言葉に、俺は顔を引きつらせてたじろいだ。
たしかに、部下が命懸けで働いている間に女とお楽しみをしているなど、クズの極みのような行いである。
「あー・・・ほら。ルクセリアと会ってから、色々と興奮しちゃってな。どうしても我慢できなかったんだよ」
「あら、私はルクセリア様の代わりですか?」
今度は反対側から攻撃された。エリザがシーツで顔を覆って泣き真似をする。
「ああ、ひどい人。どうせ私は綺麗な金髪なんて持ってませんし、ルクセリアさんみたいな天使の美貌は持ってませんよー、だ」
「い、いやいやいや! エリザにはエリザの魅力があるし、別に代わりというわけでは・・・。ほら、体つきだってエリザの方が母性的だし・・・」
「それは貧相な体つきをした私への当てつけですか? ディンギル様?」
エリザのフォローをする俺に、すかさず反対方向から追撃がかかる。
「さ、サクヤに言ったわけでは・・・」
「坊ちゃま?」
「ディンギル様?」
「・・・すまん。俺が全面的に悪かったから許してくれ」
こういうときに結束した女には勝てる気がしない。俺は早々に諦めて、両手を挙げて降参した。
白旗を上げる俺の様子に満足げな表情を浮かべて、なぜかエリザとサクヤがハイタッチを決めた。
「私達の勝ちです。貸し、一つですね」
「坊ちゃま。覚悟していてください」
「何なんだよ。貸しって・・・」
いったい、俺は何をされるというのだろうか? 気まずさに耐えられなくなった俺は、頭を掻きながら話を本筋へと戻す。
「わかったから、報告を続けてくれ。生き残ったのはルクセリアだけか?」
俺は報告の続きを促した。サクヤも頷いて、真面目な表情に戻る。
「いえ、侍女と女性騎士が生き残っています。二人とも、今日の会談に付いてきた娘です」
「ああ、あの二人か」
眼鏡をかけた侍女と、真面目そうな女騎士の顔を思い出す。ルクセリアに気をとられていたが、二人もなかなかの美人だった。
「女が生き残ったのは何よりだ。美女が死ぬのは世界の損失だからな」
「ルーナという侍女は襲撃があった隣の部屋で縛られていました。女騎士は他の騎士と同様に毒を飲まされていたようですが、量が少なかったために一命をとりとめたようです。解毒剤も飲ませましたし、数日もすれば目を覚ますでしょう」
「侍女はルクセリアの死に様を帝国に伝えるために、証人として生かされてたんだろうな。女騎士の方は運が良かった」
「ルクセリア皇女が夕食をとらなかったため、彼女も気を遣って食事をほとんど食べなかったようです。忠誠心に救われましたね」
「なるほど。俺にとっては理想的な結果だな」
俺は素直な感想を口にした。これからルクセリアを手元に置くにあたり、邪魔な護衛が消えてくれたのはありがたい。
「二人の女が生き残ってくれたのも幸運だな。いざというときには、ルクセリアに対する人質にできる」
交渉の場でも見たが、ルクセリアと従者二人の間には強い信頼関係があるように見えた。あの二人を人質にすれば、ルクセリアもこちらの要求を拒みにくくなる。
これから俺はルクセリアと交渉して、彼女を帝国に対する手札にしなければならない。
相手の出方にもよるが、ルクセリアを味方につけることができれば帝国に対する必殺の一撃になりかねない。
「遅かれ早かれ、帝国とは戦争になるんだ。どうせ戦うのなら有利な条件で戦いたい。せっかく勝利の女神が手元に舞い込んできたんだから、せいぜい頼らせてもらうとしよう」
「全てはディンギル様の御心のままに。この国も、帝国も。もちろん、私の身体も」
「仕事が終わった後だってのに、元気だなあ・・・」
服を脱いでベッドに入ってくるサクヤを受け入れつつ、俺は苦笑するのであった。
「ん、お疲れさん。こんな夜遅くにすまなかったな」
深夜。ベッドに横になって眠っていた俺の元へ、サクヤが報告にやってきた。俺の命令を忠実に実行してくれた部下にねぎらいの言葉をかけて、俺は満足げに頷いた。
「もったいないお言葉です。私達の仕事は夜が本分ですので、お気になさらず」
サクヤは丁寧にお辞儀をして、「ところで」と頭を上げた。
「今回の暗殺はいったい何が目的だったのでしょうか? ルクセリア殿下は皇位継承権も持ってはいませんし、ラーズ・バアルに何の利益があるのでしょうか?」
すでに暗殺者に指示を出していた男は捕縛している。シャナの証言により、その男がラーズ・バアル配下の第1軍団の騎士であることは確認済みだ。
政略結婚が失敗して、敵である俺のことを暗殺しようとするなら、まだわかる。しかし、自分の妹を殺そうとするのは、狂気の沙汰のように見える。
「ラーズ・バアル、あるいはその側近の何者かは、俺に暗殺の罪を押しつけるつもりだったんだろうな」
俺はサクヤの疑問に、自分の考えを述べた。
交渉が失敗した矢先にルクセリアが殺されれば、その疑いは真っ先にマクスウェル家に向くだろう。
「俺がルクセリアを殺害したとなれば、王国に戦争を仕掛ける大義名分になる。義勇兵も募りやすくなるし、うまくいけば近衛騎士団や、他の軍団だって皇女殿下の仇討ちのために兵を出してくれるかも知れない」
ラーズ側にしてみれば、どちらでも良かったのかもしれない。
俺とルクセリアの政略結婚が成立すれば、マクスウェル家を味方にできてそれで良し。
失敗したのなら、ルクセリアを暗殺して、戦意高揚と戦力強化に利用すれば良い。
(妹の死を平然と策に利用するってのは、聞いていたラーズの人物像とはかけ離れているが・・・誰か策士がそばにいるのかね?)
「非道いですね。生きていても死んでも利用されるなんて、いくら何でも皇女様が憐れです」
ルクセリアに同情する言葉を口にしたのは、俺の横で寝ていた女。俺の専属メイドであり、愛人の筆頭格であるエリザだった。
サクヤが来るまで俺と愛し合っていた彼女は、一糸まとわぬ裸体をシーツで隠しながら話に入ってくる。
そんなエリザを、無表情ながら不満そうな目でサクヤが見る。
「ディンギル様。私が貴方のために働いている間、エリザさんと何をしていたのですか?」
「何って・・・」
浮気をとがめるような言葉に、俺は顔を引きつらせてたじろいだ。
たしかに、部下が命懸けで働いている間に女とお楽しみをしているなど、クズの極みのような行いである。
「あー・・・ほら。ルクセリアと会ってから、色々と興奮しちゃってな。どうしても我慢できなかったんだよ」
「あら、私はルクセリア様の代わりですか?」
今度は反対側から攻撃された。エリザがシーツで顔を覆って泣き真似をする。
「ああ、ひどい人。どうせ私は綺麗な金髪なんて持ってませんし、ルクセリアさんみたいな天使の美貌は持ってませんよー、だ」
「い、いやいやいや! エリザにはエリザの魅力があるし、別に代わりというわけでは・・・。ほら、体つきだってエリザの方が母性的だし・・・」
「それは貧相な体つきをした私への当てつけですか? ディンギル様?」
エリザのフォローをする俺に、すかさず反対方向から追撃がかかる。
「さ、サクヤに言ったわけでは・・・」
「坊ちゃま?」
「ディンギル様?」
「・・・すまん。俺が全面的に悪かったから許してくれ」
こういうときに結束した女には勝てる気がしない。俺は早々に諦めて、両手を挙げて降参した。
白旗を上げる俺の様子に満足げな表情を浮かべて、なぜかエリザとサクヤがハイタッチを決めた。
「私達の勝ちです。貸し、一つですね」
「坊ちゃま。覚悟していてください」
「何なんだよ。貸しって・・・」
いったい、俺は何をされるというのだろうか? 気まずさに耐えられなくなった俺は、頭を掻きながら話を本筋へと戻す。
「わかったから、報告を続けてくれ。生き残ったのはルクセリアだけか?」
俺は報告の続きを促した。サクヤも頷いて、真面目な表情に戻る。
「いえ、侍女と女性騎士が生き残っています。二人とも、今日の会談に付いてきた娘です」
「ああ、あの二人か」
眼鏡をかけた侍女と、真面目そうな女騎士の顔を思い出す。ルクセリアに気をとられていたが、二人もなかなかの美人だった。
「女が生き残ったのは何よりだ。美女が死ぬのは世界の損失だからな」
「ルーナという侍女は襲撃があった隣の部屋で縛られていました。女騎士は他の騎士と同様に毒を飲まされていたようですが、量が少なかったために一命をとりとめたようです。解毒剤も飲ませましたし、数日もすれば目を覚ますでしょう」
「侍女はルクセリアの死に様を帝国に伝えるために、証人として生かされてたんだろうな。女騎士の方は運が良かった」
「ルクセリア皇女が夕食をとらなかったため、彼女も気を遣って食事をほとんど食べなかったようです。忠誠心に救われましたね」
「なるほど。俺にとっては理想的な結果だな」
俺は素直な感想を口にした。これからルクセリアを手元に置くにあたり、邪魔な護衛が消えてくれたのはありがたい。
「二人の女が生き残ってくれたのも幸運だな。いざというときには、ルクセリアに対する人質にできる」
交渉の場でも見たが、ルクセリアと従者二人の間には強い信頼関係があるように見えた。あの二人を人質にすれば、ルクセリアもこちらの要求を拒みにくくなる。
これから俺はルクセリアと交渉して、彼女を帝国に対する手札にしなければならない。
相手の出方にもよるが、ルクセリアを味方につけることができれば帝国に対する必殺の一撃になりかねない。
「遅かれ早かれ、帝国とは戦争になるんだ。どうせ戦うのなら有利な条件で戦いたい。せっかく勝利の女神が手元に舞い込んできたんだから、せいぜい頼らせてもらうとしよう」
「全てはディンギル様の御心のままに。この国も、帝国も。もちろん、私の身体も」
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