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第2章 帝国騒乱 編

16.自称・忠義の騎士

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 ルクセリア・バアルが泊まっていた宿から少し離れた場所。かつて、とある商家が倉庫として使用していた建物に、その男達はいた。

「・・・そうか、皇女殿下の暗殺は失敗したか」

「へえ、護衛の騎士どもは毒で殺っちまったんですけど、おかしな連中が邪魔に入りまして、俺以外はみんなやられちまいやした」

「ふん・・・」

 暗殺者の報告を聞いて、その男は鼻を鳴らした。

(しょせん無法者ごときに、尊い血筋に生まれた皇族の命を奪うことなど出来なかったか)

 任務に失敗してしまったことへの悔しさはある。しかし、心のどこかで安堵している自分がいることに、男は気がついた。

「おそらく邪魔をしたのはマクスウェルだろうな。皇女殿下に恩を売るつもりなのか、確保して人質にするつもりなのか。どちらにしても、忌々しいことだ」

「へえ。それで・・・あの、俺の報酬ですが・・・」

「異な事を言う。お前達は暗殺に失敗したのではなかったか?」

 男は眉をひそめて、暗殺者を睨みつけた。暗殺者はわずかにたじろいだものの、それでも自分の要求をはっきりと口にする。

「そ、それはそうですが。依頼の半分、護衛の騎士どもの毒殺には成功しやした。報酬の全額とは言いませんが、半分くらいはいただけても・・・」

「・・・なるほど、それもそうだな」

 暗殺者の言葉に頷いて、男は金の入った袋を取り出して地面に投げ落とした。

「へへっ」

 暗殺者は身体を屈ませて、嬉々として袋に手を伸ばした。しかし、その手が届く前に、男が腰から剣を抜いて暗殺者へと振り下ろす。

「ぐげっ!?」

「馬鹿がっ! 皇女殿下を害そうとしたお前達に、褒美などあるものか! 金で命は買えぬと知れ!」

 暗殺者を一太刀で殺害して、男は剣を鞘に納めた。
 金で雇った相手を無慈悲に始末する男。その背中に声をかける者があった。

「ほう、随分と酷いことをするのだな。そもそも、暗殺をそそのかしたのは貴方ではなかったのかな?」

「っ、誰だ!?」

 突然、倉庫に響いた声に男が振り向いた。いつの間にか、建物の入り口に人影があった。

「お前は・・・!」

 たいまつの明かりに照らされた顔には見覚えがあった。

「シャナ・サラザール! 貴様がなぜここにいる!?」

 背後に立っていた女の名前はシャナ・サラザール。銀色の髪をなびかせた麗人であり、槍の達人である。現在は、マクスウェル家の用心棒をしている帝国出身の冒険者だった。

「ふむ? どこかで・・・会ったな。顔に見覚えがある」

 即座に名前を言い当てた男に対して、シャナのほうはいっこうに男の名前を思い出すことができなかった。
 シャナはしばしの間、考え込んで、やがて手に持った槍の柄を手のひらで叩いた。

「そうだ! 確か第1軍団にいた騎士だな! アイス・ハルファスの部下だった男だろう!」

 納得したとばかりに得意げな表情で言ってから、「む?」と首を傾げる。

「いや、ハルファスは戦死したのだったか? 勘違いか?」

「・・・私は今でもハルファス様の部下だ。帝国近衛騎士を辞めた貴様と違ってな」

「ふむ、そんな時代もあったな」

 非難をするような男の言葉をあっさりと流して、シャナは鷹揚に頷いた。

「それで? どうして帝国の騎士である貴方がルクセリア様の命を狙う? 殺し屋にでも転職したのかい?」

「馬鹿な! 私は常に帝国に忠義を誓っている。皇女殿下のお命を頂戴しようとしたのも、全ては帝国の未来のため。殿下の命をいただいた後は、私も自害するつもりだ!」

「酔狂なことを言う。自らの命を絶ってまで、いったいどんな忠義を貫くというのだ」

 騎士として、武人として、戦場に死を求めるのならばシャナとしても理解できる。しかし、自分から命を絶とうとする人間の気持ちは、まるでわからなかった。
 首を傾げるシャナに、帝国騎士である男は怒りの声を投げつける。

「近衛騎士という名誉を捨てて冒険者に成り下がった貴様にはわからぬ! 貴様のような不忠者がラーズ殿下の覇道の前に立ちふさがるな!」

「そうか、暗殺を命じたのはラーズか。聞いてもいないのによくしゃべる」

 若干、呆れをにじませてシャナが言うと、慌てて男が否定する。

「ち、違う! ラーズ殿下は何も命じていない! 全ては我らが勝手に・・・」

「いや、もう、どっちでもいい。黒幕が誰かを調べるのは私の仕事ではないからな」

 シャナは男の言葉をばっさりと切って、槍を構えた。

「私の仕事は貴方を捕らえることだ。できれば抵抗してもらえると有り難いのだが・・・」

「貴様・・・マクスウェルの狗になったか! 裏切り者め!」

「皇族の命を狙った男に言われたくはないな。反論があるのなら、口で語るよりも剣で語るがよい」

「っ、切り捨ててやる・・・!」

 男が剣を抜き、構える。
 槍を持った女と、剣を持った男。向かい合う二人の間に数秒の静寂が流れる。

「はあっ!」

 先に動いたのは男だった。目にも留まらぬ早さでシャナへと肉薄して、斬撃を見舞う。

「ふむ」

 対するシャナは、最小限の動きでクルリと槍を回転させる。それだけで男の剣が弾かれ、手を離れて虚空に飛んでいく。

「なっ!?」

「少し前の私であれば、もう少し楽しめたかも知れないな。しかし、ここ数ヶ月、君よりだいぶ格上の剣士と斬り結んでいたおかげで、止まって見えるぞ?」

 剣を失い、がら空きになった胴体へとシャナは回し蹴りを叩き込む。男の身体がくの字に折れ曲がり、倉庫の中を転がった。

「き、さま・・・」

「殺すなと言われている。そのまま大人しくしているといい」

「誰が捕虜になど・・・っ!」

 男は這うようにしながらも身を起こそうとする。しかし、どこからか飛んできた吹き矢が首に刺さると、ガクリと地面に倒れ臥した。

「む、手出し無用と言ったではないか」

「すでに決着はついていたのである。これ以上は時間の無駄であるな」

 シャナが文句を言うと、闇の中から黒ずくめの男が現れた。
 ディンギル・マクスウェルに仕える暗殺集団『鋼牙』の次期首領であり、サクヤの実兄でもあるオボロだった。

「その男にはまだ聞くことが残っているので、自決をされても困るのである!」

「むう、仕方ないな」

 シャナが不服そうに槍の穂先を下げると、オボロと同じような格好をした者達が何人か現れて、気を失った男を拘束していく。

「ところで、ルクセリア様は無事かい?」

「うむ、サクヤが保護をして、今は若殿の別荘にお連れしているのである。生き残っているのは、皇女殿下と、あとは侍女と女性騎士が一人ずつである」

「そうか、では私もそちらに行くとしようかな」

「む、若殿への報告は良いのであるか?」

 オボロが訊ねると、シャナは肩をすくめた。

「任せよう。私が居たほうがルクセリア様から信頼してもらえるはずだ。一応、昔なじみの知り合いなのでな」

 そう言って、シャナは倉庫を後にする。『鋼牙』の部下達も続いて男を移送していき、残されたオボロは倉庫から出て夜空を見上げた。

「また新たな火種であるか。我らが主はよほど戦乱に好かれているのであるな」
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