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第2章 帝国騒乱 編
11.隠された素顔
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バアル帝国第一皇女、ルクセリア・バアル。
宮廷の奥に隠されてほとんど公の場に顔を出さない彼女について、俺が知っていることはほとんどない。
知っていることといえば年齢が18歳であること。美しい金髪を持った絶世の美女であるという噂くらいのものだ。
宮廷に出入りしている商人からは「一目見たら二度と忘れない天使のような方だ!」という証言を帝国に潜伏する【鋼牙】の諜報員が得ている。
「天使のような絶世の美女か。それは楽しみだな」
「ディン、頼むから。本当に頼むからルクセリア皇女におかしなことをしてくれるなよ! 外交問題になるからな!」
マクスウェル辺境伯家の応接室にて。俺はソファに腰掛けてルクセリア皇女が来るのを待っていた。
隣には辺境伯である父親がいて、何度も何度も、耳にタコができるほど同じ話を繰り返している。
ルクセリア皇女は1週間ほど前にマクスウェル辺境伯領に到着したらしく、俺が王都から戻ってくるのを領都アヴァロンにある宿に滞在して待っているらしい。
一足先に親父には挨拶を済ませたとのことだが、俺が会うのはこれが初めてである。
「頼むぞ! 本当に、おかしなことはするなよ!」
「わかってるって! まったく、おかしなことって何だよ!」
「抱きついて顔をなめまわすとか、服を破って裸にするとか、その場で押し倒して子を孕ませるとかだ!」
「親父は俺を何だと思ってんだ!? 自分の息子を発情した山猫と勘違いしてないか!?」
「お前だったらやりかねないだろうが! いいか! 本当に外交問題だからな!」
親父の俺に対する評価がここまで低いとは思わなかった。
さすがの俺でも性犯罪は・・・うん、たぶんしていない。新入りのメイドをベッドに引きずり込むとか、そういう可愛いイタズラくらいのものだ。
あれは最終的に合意になったから、よし。うん、問題ない問題ない。
「いや、外交問題を避けるべきなのはもちろんわかるけどな。しかし、帝国とは長年の敵国なんだから、これ以上、関係がこじれることなんてないだろうが。何をそんなに気にしてるんだよ」
「敵国だからといって、あちらから攻撃を仕掛けてくるのと、こちらが原因を作るのとではまるで違う! お前には言うまでもないことだろうが、我々がこれまで帝国を撃退してこられたのは、帝国が周りに敵だらけで全軍を動かしてこなかったからだ!
しかし、ルクセリア皇女に手を出せば、全軍とはいかないまでもこれまで以上の規模で攻めてくるぞ!」
「ふーん、まあそうだろうな」
皇族が無礼を受けたとなれば、報復をしなければ国の威信に関わってしまう。それは次期皇帝を選ぶ継承戦よりも重要なことかもしれない。
それに、亡き皇帝がルクセリア皇女を溺愛していたというのは有名な話である。
もしも俺が彼女に狼藉を働くようなことがあれば、皇帝の遺臣である近衛騎士団が動く可能性もある。
(帝国第1軍団に近衛騎士団、まとめて相手をするのはたしかに面倒だな。さすがに無策で勝つ自信はないぞ)
「ま、なるようになるだろ。どうせ第1軍団も近衛騎士団も、帝国と戦い続けていたら最後には戦うんだから」
「なるようにならなかったらどうするのだ! まったく、お前はいつもこう・・・」
「説教は勘弁してくれよ、親父。そんなことより、ルクセリア皇女は本当に噂通りの美女なのかい? 親父はもう会ったんだろ?」
「む、それは、まあ、会ったが・・・」
親父はやや言葉を濁すようにする。しばらく思案するように手の平であごを撫でつけて、
「・・・まあ、グレイスの次くらいには美人だと思うがな」
「いや、それは基準にならねえよ。しかし、まあ・・・」
いったいあのクソババアのどこがそんなに良いのかは激しく不明だが、「グレイスの次に美人」というのは妻を愛してやまない親父にとっては最高の賛辞である。
(なるほど、それほどの女か。だからこんなに口を酸っぱくして注意しているわけだな。俺が気狂いしかねない程度には美人なわけだな。やばいな、場合によっては帝国を滅ぼしてでも欲しくなるかもしれない)
「楽しみだな。うん、楽しみだ」
「・・・本当に頼むぞ。信じてるからな」
「失礼します。旦那様、坊ちゃま」
ドアをノックして、家令が入室してくる。
「お客様がお見えです。こちらにお通ししてもよろしいでしょうか?」
「・・・わかった、通してくれ」
親父が家令に命じる。しばらくして、応接室に3人の女性が入ってきた。
一人目は鎧を身にまとった女騎士。おそらくは皇女の護衛だろう。一目見ただけだが、それなりの使い手であることが感じとれる。
二人目は簡素なドレスを着てメガネをかけた女性。身の回りの世話をする侍女か、知的に見えるから文官かもしれない。
そして――最後の一人が問題だった。
「お招きいただき光栄でございます。マクスウェル辺境伯様。そして、お初にお目にかかります。ディンギル・マクスウェル様」
高級そうな薄紅色のドレスを着たその女性は、頭をすっぽりと覆うように白いヴェールを被っていた。
顔はほとんど見ることはできず、噂通りの美女かどうかを確認できなかった。
「帝国第一皇女、ルクセリア・バアルと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
宮廷の奥に隠されてほとんど公の場に顔を出さない彼女について、俺が知っていることはほとんどない。
知っていることといえば年齢が18歳であること。美しい金髪を持った絶世の美女であるという噂くらいのものだ。
宮廷に出入りしている商人からは「一目見たら二度と忘れない天使のような方だ!」という証言を帝国に潜伏する【鋼牙】の諜報員が得ている。
「天使のような絶世の美女か。それは楽しみだな」
「ディン、頼むから。本当に頼むからルクセリア皇女におかしなことをしてくれるなよ! 外交問題になるからな!」
マクスウェル辺境伯家の応接室にて。俺はソファに腰掛けてルクセリア皇女が来るのを待っていた。
隣には辺境伯である父親がいて、何度も何度も、耳にタコができるほど同じ話を繰り返している。
ルクセリア皇女は1週間ほど前にマクスウェル辺境伯領に到着したらしく、俺が王都から戻ってくるのを領都アヴァロンにある宿に滞在して待っているらしい。
一足先に親父には挨拶を済ませたとのことだが、俺が会うのはこれが初めてである。
「頼むぞ! 本当に、おかしなことはするなよ!」
「わかってるって! まったく、おかしなことって何だよ!」
「抱きついて顔をなめまわすとか、服を破って裸にするとか、その場で押し倒して子を孕ませるとかだ!」
「親父は俺を何だと思ってんだ!? 自分の息子を発情した山猫と勘違いしてないか!?」
「お前だったらやりかねないだろうが! いいか! 本当に外交問題だからな!」
親父の俺に対する評価がここまで低いとは思わなかった。
さすがの俺でも性犯罪は・・・うん、たぶんしていない。新入りのメイドをベッドに引きずり込むとか、そういう可愛いイタズラくらいのものだ。
あれは最終的に合意になったから、よし。うん、問題ない問題ない。
「いや、外交問題を避けるべきなのはもちろんわかるけどな。しかし、帝国とは長年の敵国なんだから、これ以上、関係がこじれることなんてないだろうが。何をそんなに気にしてるんだよ」
「敵国だからといって、あちらから攻撃を仕掛けてくるのと、こちらが原因を作るのとではまるで違う! お前には言うまでもないことだろうが、我々がこれまで帝国を撃退してこられたのは、帝国が周りに敵だらけで全軍を動かしてこなかったからだ!
しかし、ルクセリア皇女に手を出せば、全軍とはいかないまでもこれまで以上の規模で攻めてくるぞ!」
「ふーん、まあそうだろうな」
皇族が無礼を受けたとなれば、報復をしなければ国の威信に関わってしまう。それは次期皇帝を選ぶ継承戦よりも重要なことかもしれない。
それに、亡き皇帝がルクセリア皇女を溺愛していたというのは有名な話である。
もしも俺が彼女に狼藉を働くようなことがあれば、皇帝の遺臣である近衛騎士団が動く可能性もある。
(帝国第1軍団に近衛騎士団、まとめて相手をするのはたしかに面倒だな。さすがに無策で勝つ自信はないぞ)
「ま、なるようになるだろ。どうせ第1軍団も近衛騎士団も、帝国と戦い続けていたら最後には戦うんだから」
「なるようにならなかったらどうするのだ! まったく、お前はいつもこう・・・」
「説教は勘弁してくれよ、親父。そんなことより、ルクセリア皇女は本当に噂通りの美女なのかい? 親父はもう会ったんだろ?」
「む、それは、まあ、会ったが・・・」
親父はやや言葉を濁すようにする。しばらく思案するように手の平であごを撫でつけて、
「・・・まあ、グレイスの次くらいには美人だと思うがな」
「いや、それは基準にならねえよ。しかし、まあ・・・」
いったいあのクソババアのどこがそんなに良いのかは激しく不明だが、「グレイスの次に美人」というのは妻を愛してやまない親父にとっては最高の賛辞である。
(なるほど、それほどの女か。だからこんなに口を酸っぱくして注意しているわけだな。俺が気狂いしかねない程度には美人なわけだな。やばいな、場合によっては帝国を滅ぼしてでも欲しくなるかもしれない)
「楽しみだな。うん、楽しみだ」
「・・・本当に頼むぞ。信じてるからな」
「失礼します。旦那様、坊ちゃま」
ドアをノックして、家令が入室してくる。
「お客様がお見えです。こちらにお通ししてもよろしいでしょうか?」
「・・・わかった、通してくれ」
親父が家令に命じる。しばらくして、応接室に3人の女性が入ってきた。
一人目は鎧を身にまとった女騎士。おそらくは皇女の護衛だろう。一目見ただけだが、それなりの使い手であることが感じとれる。
二人目は簡素なドレスを着てメガネをかけた女性。身の回りの世話をする侍女か、知的に見えるから文官かもしれない。
そして――最後の一人が問題だった。
「お招きいただき光栄でございます。マクスウェル辺境伯様。そして、お初にお目にかかります。ディンギル・マクスウェル様」
高級そうな薄紅色のドレスを着たその女性は、頭をすっぽりと覆うように白いヴェールを被っていた。
顔はほとんど見ることはできず、噂通りの美女かどうかを確認できなかった。
「帝国第一皇女、ルクセリア・バアルと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
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