俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第2章 帝国騒乱 編

8.狂母からの贈り物

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「やれやれ、別に何もしてないのに無茶苦茶つかれたな」

 あれから、いくつかの話題について話し合い、「四方四家」の後継者の集まりは解散になった。
 時間はすでに深夜近くになっている。エキドナには屋敷に泊まっていくように誘われたが、なんとなく彼女と同じ屋根の下で眠る気になれず、マクスウェル家の名義で借りている宿へと帰ることにした。
 ちなみに、バロン先輩も俺と同じように宿へと帰っている。シャロンだけは話し合いが終わってからも延々と酒を飲み続けており、おそらく、このまま泊まっていくのだろう。

「そう、帰っちゃうの。残念ね。夜這いでもかけてあげようと思ったのに」

「・・・冗談でもやめてくれ。本気にするぞ」

「してもいいわよ? さっきも話したけど、私は子供を産んでもいいと思う程度にはディンのことを愛してるから」

「そ、そうか・・・」

 そんな風に小首を傾げるエキドナから逃げるようにして、俺は事前に呼んでおいた馬車へと乗り込んだ。

「あ、待って待って! これ、お土産」

「ん? なんだこれ、小包?」

 別れ際にエキドナから手渡されたのは、上質な紙の包みに入った四角い箱である。

(形と大きさからして・・・お菓子か?)

「ああ、悪いな。いただくよ」

「ええ、ちゃんと家まで持ち帰るのよ。くれぐれも、途中で捨てたりしないように」

 冗談を言うようなエキドナの最後の言葉に引っかかりを覚えたものの、俺は深くは考えることなく宿へと帰った。
 そして、宿の部屋に入って包みを開けて、この箱を受け取ったことを後悔した。

「うげっ・・・」

 中に入っていたのは予想通り、お菓子でも入れているような木箱だったのだが、その上部に手紙が同封されていた。手紙の宛先の部分に書かれていたのは飾り気のない短い言葉である。

『息子へ』

「・・・オフクロ、いや、クソババアからかよ」

 俺は別れ際のエキドナの笑顔を思い出して、奥歯を噛んで唸る。どうやら彼女が母・グレイスから預かっていた物のようだ。

(今からでも捨てちまうか? いや、街中で爆発したり毒ガスが出たりしたら大勢の人間に迷惑がかかる。場合によってはマクスウェル家が責任を追及されて非難を受けることも・・・)

 何で母親からの贈り物でこんなことを悩まなければいけないんだと頭を痛めつつ、俺は仕方なしに箱を開けることにした。
 ブービートラップが仕掛けられてないか入念に確認しつつ蓋を開けると、中に入っていたのは虹色に輝く宝石だった。

「これは・・・」

 飴玉程度の大きさで、虹を閉じ込めたような七色で彩られている。そんな見るからに高値が付きそうな宝石が箱一杯に敷き詰められていた。

「クソババア・・・何考えてやがる」

 しかし、その宝石の正体を知る俺としては頭を抱えるばかりである。
 指輪やイヤリングに加工したら高く売れそうない宝石の正体――それは魔法文明の遺跡ダンジョンにのみ生息している『シーヒュドラ』という肉食動物の身体の一部である。身体の一部、より正確に言うと「胆のうにできた石」、すなわち胆石である。
 シーヒュドラは非常に凶暴な生き物で、体内で生成した猛毒を敵に吐きつけて攻撃してくる。シーヒュドラの体内で生まれた石もまた強い毒性を帯びており、この胆石一粒を水につけておけば翌朝には樽一杯の水が致死性の猛毒へと変わっているだろう。

「息子に毒を送りつけてくるとか、どんな母親だよ。何考えてんだ、あのクソババア」

 俺は手紙を開いて中身を読んでみる。

『息子へ、婚約破棄のことは聞いた。
 死にたくなったら飲め。殺したくなったら飲ませろ。
 グレイス・D・O・マクスウェル』

「・・・・・・」

 つまり、婚約破棄されたショックで死にたくなったのなら、この毒を飲んで自殺しろ。
 婚約破棄した相手の女や恋敵が憎かったら、相手に飲ませて毒殺しろ。

 我が偉大な母上はそう言っているわけか。

「・・・もう一度、言おう。どんな母親だ!」

 俺は手紙を破り捨てて、丸めてゴミ箱へと叩きつけた。

「はあっ、くそっ、割と本気で腹が立つ・・・サクヤはいるか!」

「ここにおります。ディンギル様」

 俺が呼ぶと、メイド服を着た暗殺者の少女が音も無く現れた。俺は母親から贈られた毒物の箱を閉めて、落とさないように慎重に手渡す。

「これをマクスウェル家の屋敷まで運んでおいてくれ。くれぐれも、扱いには気をつけるように。素手で触っただけでも毒に犯される危険がある。誤飲と盗難にも気をつけろ。知らないやつが見たら宝石や飴玉に間違えるかもしれない」

「毒物の扱いは心得ております。お任せ下さい、ディンギル様」

 うやうやしく箱を受け取り、サクヤが丁寧に頭を下げる。

「ところで・・・こちらの毒物ですが、よろしければ一粒か二粒、私に分けていただきたいのですが」

「別に構わないが、何に使うんだ?」

「はい、希少な毒ですから、暗殺に使って見たくて」

 頬を染めてもじもじと言うサクヤ。恋する乙女のような顔で何て物騒なことを語るのか。

「・・・好きにしろ。俺には飲ませないでくれよ」

「それは約束しかねます」

「いや、そこは約束しろよ! あのクソババアの毒では絶対に死なないからな!」

「冗談ですよ、うふふ・・・」

 よほど珍しい毒をもらって嬉しかったのか、普段は無表情なサクヤが満面の笑顔を浮かべている。踊るような軽い足取りで部屋から出て行こうとして、ふと扉の前で立ち止まった。

「・・・っと、毒に夢中で忘れるところでした。ディンギル様に報告することがあるのでした」

「ん、なんだ?」

「先ほど、マクスウェル家に待機している『鋼牙』の仲間から連絡があったのですが、ご実家の方にディンギル様のお客様が来られているようです」

「客、いったい誰だよ」

 俺は首を傾げた。戴冠式という大きなイベントがあることは国中に知れわたっている。次期当主である俺がマクスウェル家を留守にしていることは、予想できると思うのだが。

(そんなに緊急の要件なのか、それとも、よほど世の中の情勢に疎いのか)

 俺がサクヤに続きを促すと、少女の端正な赤い唇からとんでもない人物の名前が放たれた。

「バアル帝国の第一皇女であるルクセリア・バアル様です」
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