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第2章 帝国騒乱 編
1.どこの国にも馬鹿はいる
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side 帝国第一皇子 ラーズ・バアル
なぜだ、何故こうなったのだ?
私の生涯は栄光に満ちたものになるはずだった。
父の後を継いで皇帝となり、帝国の旗を大陸全土へと立て、統一帝として千年先の歴史書にも名前が刻まれるはずだった。
しかし、この10年間で私の人生は大きく狂った。
今から10年前、父である皇帝によって一つの宣言が出された。
『我が息子達の中から、もっとも早く敵国を滅ぼした者を次期皇帝とする』
この宣言を受けて、私はバアル帝国西方にあるランペルージ王国を侵略した。しかし、3度にわたる大規模な侵略はすべて失敗に終わった。
7年前。ランペルージ王国北方にある山岳地域を攻め込んだときには、北方辺境伯ウトガルド家が率いる山岳部隊によって部隊を分断されて撤退することになった。
5年前。ランペルージ王国東方を攻め込んだときには、背後からの奇襲を見抜かれ、マクスウェル辺境伯軍によって「双翼」と呼ばれていた腹心を奪われることになった。
2年前。100隻の軍船を動員して南方の海から侵略を試みたときには、ランペルージ王国に到達する前に、南海の大海賊ドラコ・オマリの攻撃を受けて軍船の半分を沈められてしまった。
神に見放されているとしか思えない3度の敗戦。これにより私は戦力を大きく失い、私を支持してくれていた貴族や商人も離れて行った。
栄光に包まれた私の人生は狂いだし、今や宮廷でも後ろ指をさされて笑い者にされる生活となった。
そもそも、本来であれば皇帝の座は長子である自分が継ぐのが帝国の慣例だ。
何度となく父に直訴をしたが、私の正当な主張は老いた父に受け入れられることはなかった。
頑なに私の言葉を拒む父に殺意すら覚えた――その矢先である。
父が、バアル帝国15代皇帝が崩御したのは。
「やはり私が皇帝となるのが正統だ! 父の後を継ぐのは、長子の義務だ!」
「ご冗談を。兄上の母君はしょせん、側室でしょう? 正室の子である私が皇帝になるのが道理というものです!」
帝国御前会議。
本来であれば皇帝とその側近十数人が円卓に座り、帝国の方針を決めるための会議である。しかし、今は円卓に座っているのは3人の皇子とその側近3人の6人だけである。会議の主役となるはずの皇帝の姿はない。
それもそのはず、今回の御前会議は亡くなった皇帝の跡継ぎを決めるためのものなのだから。
「ふざけるな! お前のような軟弱者に皇帝が務まるものか!」
私は円卓を叩き、不遜な弟を怒鳴りつけた。
帝国第二皇子グリード・バアル。
武人として訓練を受けている私と違い、グリードは枯れ木のような細身の男である。くぼんだ眼の奥には卑屈さと人格の歪みがにじみ出ており、顔を合わせて会話をしているだけで気分が悪くなる。
本来、軍事国家である帝国の皇帝は武勇に優れた者がふさわしいとされる。
グリードのようないかにも軟弱な男に皇帝になる余地はないのだが、正室の子であるというだけの理由でグリードは私の帝位を脅かしていた。
「おやおや、ランペルージ王国ごときに3度も大敗した兄上の言葉とは思えませんね。軟弱者というのは、兄上にこそふさわしい言葉ではないですか?」
「なんだと!?」
「私は兄上のように目立った失敗はしていませんし、北方の遊牧民の侵略を見事に防いでいますよ? 帝国に貢献している私の方が皇帝に相応しいのは明白だと思いますが」
「き、さまあ・・・!」
弟の言葉に、私は頭が沸騰しそうになる。今すぐ目の前の男の首をへし折ることができれば、どれだけ気持ちが良いだろうか。
「いやー、ケンカするのは良いんだけどさあ。俺様ちゃんを放っておくのはどうなのよ」
道化のようにふざけた口調で割って入ってきたのは、皇位継承の最後の候補者である。
帝国第三皇子スロウス・バアル。
20歳になったばかりの弟は、なぜか東方の民族衣装である「チャンパオ」という服を身につけている。
飄々とした態度で円卓に両足を乗せる姿からは、亡き皇帝に対する尊敬も兄に対する敬意もみられなかった。
「スロウス、ここを何処だと思っている! 畏れ多くも帝国の御前会議だぞ! 態度を改めろ!」
「いやー、いいじゃないの。皇帝陛下がいるわけでもないのに、御前会議も何もあったもんじゃないでしょ?」
「このような男が半分でも皇室の血を引いているとは嘆かわしいですね。やはりこの場で次期皇帝に相応しいのは私だけのようですね」
へらへらと笑うスロウスと、不遜な発言を重ねるグリード。二人の弟の様子に、さらに苛立ちが募ってくる。
弟達をさらに怒鳴りつけようとする私であったが、それよりも先にスロウスが発言をする。
「たしかにさー、ラーズ兄上はランペルージ王国に3回も負けてるよな。でもグリード兄上だって自分の領地で反乱とかいっぱい起こってるじゃん? 二人とも皇帝に相応しいか疑問じゃね?
ついでに言うと、10年間、敵とほとんど戦ってない俺様ちゃんも皇帝に相応しくないけどね―」
兄への批判と自虐を同時に行い、スロウスがだらしなく笑う。
「ふん、スロウスのいう事にも一理あるな。自分の領地で反乱を起こされるような男が、帝国全てを治めることなどできるはずがない!」
グリードは敵国である北方遊牧民サーメルとの戦いにおいて目立ったミスはしておらず、それどころか1000キロにおよぶ長城を建造してサーメルの侵略を防いでいる。
しかし、長城建築のために北方の領地から大規模な徴税を行った結果、何度も反乱や一揆を起こされていた。
「何を言うかと思えば、しょせんは平民の反乱でしょう? 反逆者を全員、斬首にしてしまえばそれで終わりじゃないですか。平民など庭に生える草と同じ。焼いて薪にするのも、家畜の餌にするのも私の勝手でしょう?」
「民は国の礎である! それは父上も言っていたではないか!」
「はっ、無駄な敗戦でその民を大勢死なせた貴方がそれを言うのですか!?」
私はグリードと言い合いを続ける。第三勢力であるスロウスのやる気がない以上、やはり最大のライバルはグリードである。
(この男さえいなければ私は皇帝になれる!)
私達の口論はさらに過熱していき、スロウスが「二人がケンカして得するのって俺様ちゃんじゃね?」という発言をするまで続けられた。
結局、次期皇帝を誰にするか決まらないまま、御前会議は幕を下ろした。
「気に入らん! まったくもって、気に入らん!」
会議室を後にした私は、憤然と宮廷を歩いてく。
どうして誰も理解できないのだ。自分が仕えるべき相手を。皇帝となるべき男が誰かを。
二人の弟たちが愚者であるのは今に始まったことではないが、どうして配下の者達があんな奴に仕えているのか理解できなかった。
「皇帝になるのは私だ! 邪魔をする者は全員・・・!」
さすがにその先は口に出さなかったが、それでも決意は固かった。
(私が皇帝になる。邪魔するものは全員、一人残らず殺してやる・・・!)
改めて決意を固める私の傍に、側近である男が近づいてきた。
「ラーズ様、よろしいでしょうか」
「・・・なんだ、スノウ」
声を潜めて話しかけてきたのは、スノウ・ハルファス。かつて私の側近であったアイス・ハルファスの弟である。
「やはりラーズ様が皇帝になるには、ランペルージ王国を滅ぼして皇帝陛下の遺言を成し遂げるしかありません。ランペルージ王国を滅ぼせば、多くの臣下が殿下を見直し、離れていった者達も頭を下げて戻ってくるでしょう」
「ううむ、それはわかっているが・・・」
情けないと自分でもわかっているが、3度の敗戦を経て、私はランペルージ王国に勝利するビジョンが見失ってしまった。
どうすればあの国を滅ぼすことができるのか、全く想像がつかなかった。
「私に腹案がございます。ご存知でしょうか、マクスウェル辺境伯家の嫡男であるディンギル・マクスウェルが婚約者を王族に奪われて婚約破棄されたのを・・・」
スノウの口から出てきたのは、グリードと並んで憎らしい宿敵の名前だった。
「それは知っているが、何の関係が・・・」
「説明させていただきます。いいですか・・・」
スノウは声を潜めたまま策略の内容を私に告げた。妙案ともいえる策略を聞いて、私は目を輝かせた。
「なるほど・・・ルクセリアを使うのか。良い考えだ」
「ええ、そうでしょう」
「早速、実行にうつすぞ! くれぐれも、グリードには悟られるなよ!」
「はっ、承知いたしました!」
私は久しぶりに爽快な気分になった。策略が成功したときの、グリードの悔しがる表情が目に浮かぶ。
「私が皇帝となるためにも、我が妹には犠牲になってもらうとしようか」
なぜだ、何故こうなったのだ?
私の生涯は栄光に満ちたものになるはずだった。
父の後を継いで皇帝となり、帝国の旗を大陸全土へと立て、統一帝として千年先の歴史書にも名前が刻まれるはずだった。
しかし、この10年間で私の人生は大きく狂った。
今から10年前、父である皇帝によって一つの宣言が出された。
『我が息子達の中から、もっとも早く敵国を滅ぼした者を次期皇帝とする』
この宣言を受けて、私はバアル帝国西方にあるランペルージ王国を侵略した。しかし、3度にわたる大規模な侵略はすべて失敗に終わった。
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5年前。ランペルージ王国東方を攻め込んだときには、背後からの奇襲を見抜かれ、マクスウェル辺境伯軍によって「双翼」と呼ばれていた腹心を奪われることになった。
2年前。100隻の軍船を動員して南方の海から侵略を試みたときには、ランペルージ王国に到達する前に、南海の大海賊ドラコ・オマリの攻撃を受けて軍船の半分を沈められてしまった。
神に見放されているとしか思えない3度の敗戦。これにより私は戦力を大きく失い、私を支持してくれていた貴族や商人も離れて行った。
栄光に包まれた私の人生は狂いだし、今や宮廷でも後ろ指をさされて笑い者にされる生活となった。
そもそも、本来であれば皇帝の座は長子である自分が継ぐのが帝国の慣例だ。
何度となく父に直訴をしたが、私の正当な主張は老いた父に受け入れられることはなかった。
頑なに私の言葉を拒む父に殺意すら覚えた――その矢先である。
父が、バアル帝国15代皇帝が崩御したのは。
「やはり私が皇帝となるのが正統だ! 父の後を継ぐのは、長子の義務だ!」
「ご冗談を。兄上の母君はしょせん、側室でしょう? 正室の子である私が皇帝になるのが道理というものです!」
帝国御前会議。
本来であれば皇帝とその側近十数人が円卓に座り、帝国の方針を決めるための会議である。しかし、今は円卓に座っているのは3人の皇子とその側近3人の6人だけである。会議の主役となるはずの皇帝の姿はない。
それもそのはず、今回の御前会議は亡くなった皇帝の跡継ぎを決めるためのものなのだから。
「ふざけるな! お前のような軟弱者に皇帝が務まるものか!」
私は円卓を叩き、不遜な弟を怒鳴りつけた。
帝国第二皇子グリード・バアル。
武人として訓練を受けている私と違い、グリードは枯れ木のような細身の男である。くぼんだ眼の奥には卑屈さと人格の歪みがにじみ出ており、顔を合わせて会話をしているだけで気分が悪くなる。
本来、軍事国家である帝国の皇帝は武勇に優れた者がふさわしいとされる。
グリードのようないかにも軟弱な男に皇帝になる余地はないのだが、正室の子であるというだけの理由でグリードは私の帝位を脅かしていた。
「おやおや、ランペルージ王国ごときに3度も大敗した兄上の言葉とは思えませんね。軟弱者というのは、兄上にこそふさわしい言葉ではないですか?」
「なんだと!?」
「私は兄上のように目立った失敗はしていませんし、北方の遊牧民の侵略を見事に防いでいますよ? 帝国に貢献している私の方が皇帝に相応しいのは明白だと思いますが」
「き、さまあ・・・!」
弟の言葉に、私は頭が沸騰しそうになる。今すぐ目の前の男の首をへし折ることができれば、どれだけ気持ちが良いだろうか。
「いやー、ケンカするのは良いんだけどさあ。俺様ちゃんを放っておくのはどうなのよ」
道化のようにふざけた口調で割って入ってきたのは、皇位継承の最後の候補者である。
帝国第三皇子スロウス・バアル。
20歳になったばかりの弟は、なぜか東方の民族衣装である「チャンパオ」という服を身につけている。
飄々とした態度で円卓に両足を乗せる姿からは、亡き皇帝に対する尊敬も兄に対する敬意もみられなかった。
「スロウス、ここを何処だと思っている! 畏れ多くも帝国の御前会議だぞ! 態度を改めろ!」
「いやー、いいじゃないの。皇帝陛下がいるわけでもないのに、御前会議も何もあったもんじゃないでしょ?」
「このような男が半分でも皇室の血を引いているとは嘆かわしいですね。やはりこの場で次期皇帝に相応しいのは私だけのようですね」
へらへらと笑うスロウスと、不遜な発言を重ねるグリード。二人の弟の様子に、さらに苛立ちが募ってくる。
弟達をさらに怒鳴りつけようとする私であったが、それよりも先にスロウスが発言をする。
「たしかにさー、ラーズ兄上はランペルージ王国に3回も負けてるよな。でもグリード兄上だって自分の領地で反乱とかいっぱい起こってるじゃん? 二人とも皇帝に相応しいか疑問じゃね?
ついでに言うと、10年間、敵とほとんど戦ってない俺様ちゃんも皇帝に相応しくないけどね―」
兄への批判と自虐を同時に行い、スロウスがだらしなく笑う。
「ふん、スロウスのいう事にも一理あるな。自分の領地で反乱を起こされるような男が、帝国全てを治めることなどできるはずがない!」
グリードは敵国である北方遊牧民サーメルとの戦いにおいて目立ったミスはしておらず、それどころか1000キロにおよぶ長城を建造してサーメルの侵略を防いでいる。
しかし、長城建築のために北方の領地から大規模な徴税を行った結果、何度も反乱や一揆を起こされていた。
「何を言うかと思えば、しょせんは平民の反乱でしょう? 反逆者を全員、斬首にしてしまえばそれで終わりじゃないですか。平民など庭に生える草と同じ。焼いて薪にするのも、家畜の餌にするのも私の勝手でしょう?」
「民は国の礎である! それは父上も言っていたではないか!」
「はっ、無駄な敗戦でその民を大勢死なせた貴方がそれを言うのですか!?」
私はグリードと言い合いを続ける。第三勢力であるスロウスのやる気がない以上、やはり最大のライバルはグリードである。
(この男さえいなければ私は皇帝になれる!)
私達の口論はさらに過熱していき、スロウスが「二人がケンカして得するのって俺様ちゃんじゃね?」という発言をするまで続けられた。
結局、次期皇帝を誰にするか決まらないまま、御前会議は幕を下ろした。
「気に入らん! まったくもって、気に入らん!」
会議室を後にした私は、憤然と宮廷を歩いてく。
どうして誰も理解できないのだ。自分が仕えるべき相手を。皇帝となるべき男が誰かを。
二人の弟たちが愚者であるのは今に始まったことではないが、どうして配下の者達があんな奴に仕えているのか理解できなかった。
「皇帝になるのは私だ! 邪魔をする者は全員・・・!」
さすがにその先は口に出さなかったが、それでも決意は固かった。
(私が皇帝になる。邪魔するものは全員、一人残らず殺してやる・・・!)
改めて決意を固める私の傍に、側近である男が近づいてきた。
「ラーズ様、よろしいでしょうか」
「・・・なんだ、スノウ」
声を潜めて話しかけてきたのは、スノウ・ハルファス。かつて私の側近であったアイス・ハルファスの弟である。
「やはりラーズ様が皇帝になるには、ランペルージ王国を滅ぼして皇帝陛下の遺言を成し遂げるしかありません。ランペルージ王国を滅ぼせば、多くの臣下が殿下を見直し、離れていった者達も頭を下げて戻ってくるでしょう」
「ううむ、それはわかっているが・・・」
情けないと自分でもわかっているが、3度の敗戦を経て、私はランペルージ王国に勝利するビジョンが見失ってしまった。
どうすればあの国を滅ぼすことができるのか、全く想像がつかなかった。
「私に腹案がございます。ご存知でしょうか、マクスウェル辺境伯家の嫡男であるディンギル・マクスウェルが婚約者を王族に奪われて婚約破棄されたのを・・・」
スノウの口から出てきたのは、グリードと並んで憎らしい宿敵の名前だった。
「それは知っているが、何の関係が・・・」
「説明させていただきます。いいですか・・・」
スノウは声を潜めたまま策略の内容を私に告げた。妙案ともいえる策略を聞いて、私は目を輝かせた。
「なるほど・・・ルクセリアを使うのか。良い考えだ」
「ええ、そうでしょう」
「早速、実行にうつすぞ! くれぐれも、グリードには悟られるなよ!」
「はっ、承知いたしました!」
私は久しぶりに爽快な気分になった。策略が成功したときの、グリードの悔しがる表情が目に浮かぶ。
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