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決意(2)

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「いやああああああああ!」

「ッ!?」

 そんなとき、大気を切り裂くような悲鳴が響いてきた。
 空中飛行をしていたマーリンは慌てて中空にストップして辺りを見回した。
 うっすらと雪が積もった北の大地には細い街道が南北に走っている。その街道上、横倒しに倒れている馬車の姿があった。おそらく行商人だろう。
 馬車の周囲には取り囲むように複数の人影がある。一見すると人型に見える者達であったが、その肌の色は毒々しい青紫色をしていて、額には尖った角まで生えている。

「魔族・・・!」

 それは『小鬼族』と呼ばれる魔族であった。魔族との戦争で何度となく戦った相手である。

「どうしてこんなところに魔族がっ!」

「おそらくは敗残兵だろう。戦争の生き残りが流れてきたようだな」

 マーリンの疑問にフュルフールが答える。
 魔族は馬車の中へと乗り込み、中から髪の長い女性を引きずり出した。ブラウンの長い髪を引っ張られて無理矢理に馬車から降ろされたのは、先ほどの悲鳴の主だろうか。その腕の中には泣きじゃくる赤ん坊の姿まである。

「行きますっ! フュル、付いてきて!」

「うむ、仕方がないな!」

 マーリンは間髪入れずに上空から下降する。重力と魔法による加速が合わさり、大気が悲鳴を上げるような音を立てる。

「なんだあっ、何の音が・・・」

 大気を切り裂く音に気がついて小鬼の一体が視線を上方に向ける。
 しかし、すでに時は遅い。地表スレスレまで迫ったマーリンがクルリと姿勢を変えて、亜音速の勢いのままに小鬼に蹴撃を見舞う。

「あぶっ・・・!」

 砲弾のような蹴りを受けて、魔族の身体の上半分がちぎれ飛んだ。
 小鬼族は『魔人族』や『大鬼族』と比べて肉体的な強度はもろく、身体能力も人間並みにしかない。マーリンの攻撃にとても耐えられるような肉体ではなかった。

「なっ・・・お前は『血色の雷』!」

「その女性を話しなさい、魔族」

 地面に降り立ったマーリンの姿に小鬼の一体が目を見開いて叫ぶ。
 マーリンは冷たい瞳で彼らの姿を順繰りに見て、滅ぼすべき優先順位を決める。

「う、動くなっ! このおんなぴゃっ・・・」

「遅いです」

 咄嗟に馬車から引きずり出した女を立てにしようとした魔族であったが、マーリンが抜き身も見せぬ速さで右手を振り抜き、雷の矢を放って頭部を打ち抜く。

「滅びなさい、邪悪なる魔族」

「や、やめっ・・・」

「ひいっ・・・!」

 マーリンは馬車に近い者から順番に、一体一体魔族を打ち抜いていく。
 ラクシャータの下で修業を積んで、北方の戦場で磨き抜かれたマーリンの魔法は至高の域にまで達している。大陸一の賢者であっても、これほど手際よく魔法を発動させることはできないだろう。
 数十秒後には馬車を襲っていた魔族の敗残兵は一体残らず討滅され、街道は再び静寂を取り戻したのだった。
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