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騎士(2)
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「そうか、ご苦労だった」
「はっ・・・」
レイフェルトにマリアンヌの死を報告をすると、王太子である彼は短い言葉とともに頷いた。
ガイウスは持ち帰ってきたマリアンヌの遺髪を手渡すが、レイフェルトはまるで汚らしいものでも見るように一瞥して、ろくに検分することもなくクズ籠に投げ捨ててしまった。
仮にも元・婚約者の殺害を命じておいて、あまりにもそっけない態度である。
ガイウスは跪いたまま、微かに表情を歪めた。
「どうした? 下がっていいぞ」
「・・・・・・承知しました」
ガイウスは物言いたげな顔のまま、王太子の部屋を後にした。
部屋に一人きりになったレイフェルトは、窓辺によって夕暮れの空を見上げた。
「ようやく死んでくれたか・・・忌まわしい女め」
吐き捨てるように言って、レイフェルトは表情を歪めた。
マリアンヌが婚約者になってからの5年間。それはレイフェルトにとって嫉妬と苦悩の日々であった。
マリアンヌ・カーティスは心優しく、聡明で、まさしく聖女といわんばかりの理想的な令嬢であった。
レイフェルトはそんなマリアンヌを婚約者として誇らしく思うと同時に、その完璧さを疎んでいた。
「次期国王である私よりも、たかが侯爵令嬢であるマリアンヌのほうが評価されているなど、許されることではない・・・!」
それはレイフェルトの心から本音であった。
本来、妻というのは夫の後ろを歩き、縁の下から男を支えるものではないだろうか?
それなのに、マリアンヌときたら王太子である自分以上に栄光と尊敬を集めてしまっている。
それがどれだけ惨めで情けないことか、マリアンヌはきっと最後まで気づいていなかっただろう。
「ふんっ、これでようやく私は自由になれる。お前という鎖に縛られることなく、己の力だけで脚光を浴びることができる・・・!」
レイフェルトはくつくつと陰鬱な笑みを浮かべた。
秀麗な貴公子の顔が醜く歪んで、まるで悪鬼のような凶相に変わる。
もしも――仮にあの断罪の場でレイフェルトがこの顔を見せていたのであれば、この男が主張するマリアンヌの罪を誰も信じはしなかっただろう。
そのとき、ガチャリとレイフェルトの部屋の扉が開けられた。
「あ、レイフェルト様。こんな所にいたんですね!」
ノックもせずに入ってきたのは、マリアンヌの妹のメアリー・カーティスである。
メアリーの声を聴いた途端、レイフェルトの邪悪な顔が消えて貴公子の顔へと切り替わる。
「こらこら、ノックをしないとダメだろう。メアリー」
「あ、ごめんなさあい。レイフェルト様に早く会いたくて・・・」
「ははは、可愛らしいらしいな。私の聖女は」
レイフェルトは柔らかい笑みを浮かべて、メアリーの頭を撫でた。
「えへへへっ」
はにかみながら頬を染めるメアリーに、レイフェルトは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
(やはり、女はこれくらい可愛げがあるほうがいい)
病的なまでにプライドが高いレイフェルトにとって、妻や婚約者は自分の引き立て役であり、アクセサリーのようなものだった。
自分よりも有能なものは認められないが、無能なブサイクはふさわしくない。
その点でいうと、メアリーは最高の女性といえた。
頭の中が空っぽで自分の能力を超えることはなく、聖女としての力と権威は持ち合わせている。
次期国王である自分を彩る、最高の女だ。
(マリアンヌが力を失い、メアリーが聖女に目覚めるとは・・・まるで神が私に祝福をしているようだな)
レイフェルトは内心でほくそ笑んで、メアリーの金色の髪へと唇を落とした。
くすぐったそうに身をよじる少女の身体を抱きしめ、自分がこれから歩むであろう栄光の未来に思いを馳せるのであった。
「はっ・・・」
レイフェルトにマリアンヌの死を報告をすると、王太子である彼は短い言葉とともに頷いた。
ガイウスは持ち帰ってきたマリアンヌの遺髪を手渡すが、レイフェルトはまるで汚らしいものでも見るように一瞥して、ろくに検分することもなくクズ籠に投げ捨ててしまった。
仮にも元・婚約者の殺害を命じておいて、あまりにもそっけない態度である。
ガイウスは跪いたまま、微かに表情を歪めた。
「どうした? 下がっていいぞ」
「・・・・・・承知しました」
ガイウスは物言いたげな顔のまま、王太子の部屋を後にした。
部屋に一人きりになったレイフェルトは、窓辺によって夕暮れの空を見上げた。
「ようやく死んでくれたか・・・忌まわしい女め」
吐き捨てるように言って、レイフェルトは表情を歪めた。
マリアンヌが婚約者になってからの5年間。それはレイフェルトにとって嫉妬と苦悩の日々であった。
マリアンヌ・カーティスは心優しく、聡明で、まさしく聖女といわんばかりの理想的な令嬢であった。
レイフェルトはそんなマリアンヌを婚約者として誇らしく思うと同時に、その完璧さを疎んでいた。
「次期国王である私よりも、たかが侯爵令嬢であるマリアンヌのほうが評価されているなど、許されることではない・・・!」
それはレイフェルトの心から本音であった。
本来、妻というのは夫の後ろを歩き、縁の下から男を支えるものではないだろうか?
それなのに、マリアンヌときたら王太子である自分以上に栄光と尊敬を集めてしまっている。
それがどれだけ惨めで情けないことか、マリアンヌはきっと最後まで気づいていなかっただろう。
「ふんっ、これでようやく私は自由になれる。お前という鎖に縛られることなく、己の力だけで脚光を浴びることができる・・・!」
レイフェルトはくつくつと陰鬱な笑みを浮かべた。
秀麗な貴公子の顔が醜く歪んで、まるで悪鬼のような凶相に変わる。
もしも――仮にあの断罪の場でレイフェルトがこの顔を見せていたのであれば、この男が主張するマリアンヌの罪を誰も信じはしなかっただろう。
そのとき、ガチャリとレイフェルトの部屋の扉が開けられた。
「あ、レイフェルト様。こんな所にいたんですね!」
ノックもせずに入ってきたのは、マリアンヌの妹のメアリー・カーティスである。
メアリーの声を聴いた途端、レイフェルトの邪悪な顔が消えて貴公子の顔へと切り替わる。
「こらこら、ノックをしないとダメだろう。メアリー」
「あ、ごめんなさあい。レイフェルト様に早く会いたくて・・・」
「ははは、可愛らしいらしいな。私の聖女は」
レイフェルトは柔らかい笑みを浮かべて、メアリーの頭を撫でた。
「えへへへっ」
はにかみながら頬を染めるメアリーに、レイフェルトは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
(やはり、女はこれくらい可愛げがあるほうがいい)
病的なまでにプライドが高いレイフェルトにとって、妻や婚約者は自分の引き立て役であり、アクセサリーのようなものだった。
自分よりも有能なものは認められないが、無能なブサイクはふさわしくない。
その点でいうと、メアリーは最高の女性といえた。
頭の中が空っぽで自分の能力を超えることはなく、聖女としての力と権威は持ち合わせている。
次期国王である自分を彩る、最高の女だ。
(マリアンヌが力を失い、メアリーが聖女に目覚めるとは・・・まるで神が私に祝福をしているようだな)
レイフェルトは内心でほくそ笑んで、メアリーの金色の髪へと唇を落とした。
くすぐったそうに身をよじる少女の身体を抱きしめ、自分がこれから歩むであろう栄光の未来に思いを馳せるのであった。
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