悪役令嬢は毒殺されました……え? 違いますよ。病弱なだけですけど?

レオナール D

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 もはや、完全に処置なし。
 私は胃痛だけでなく頭痛まで感じて、額を撫でつけながら口を開いた。

「……そこまで覚悟があるのならば婚約破棄をお受けしますわ。クレイン様、貴方には失望いたしました」

「カトリーナ……」

「父には私から伝えておきます。今後の保障や賠償については両家の当主で話し合うことにいたしましょう」

「待ってくれ、カトリーナ!」

 席から立ち上がってその場を立ち去ろうとするが、何故かクレインに呼び止められてしまった。
 今さら、何のつもりだろう。私は目尻をつり上げてクレインを睨みつける。

「……どうかしましたか? 午後の授業がありますから、教室に戻りたいのですけど?」

「これでお別れなんだ。最後にもう1杯だけ紅茶に付き合って欲しい。幼馴染として、最後に1杯だけ……」

「…………」

 私は断ろうとするが、それよりも先に侍女服を着た女性が人数分の紅茶を運んできた。
 おそらく、事前にクレインが注文していたのだろう。

 無視して立ち去っても良かったが、紅茶を入れてくれた侍女に罪はない。あまり無碍にするのも申し訳なかった。
 私は椅子に座り直して、目の前に置かれたティーカップを手に取った。

「……いいでしょう。1杯だけですよ」

「ありがとう、カトリーナ! 君と最後にアフタヌーンティーができて本当に嬉しいよ!」

「……そうですか。私は最悪の気分ですわ」

 私にとっては苦痛でしかない時間だ。
 クレインとキャシーは気がついていないようだが、すでにサロン中の視線がこのテーブルに集まっている。
 公共の場で『婚約破棄』などというデリケートな話題を話しているのだから当然だ。
 大勢の生徒が好奇心に満ちた目でこちらを見つめ、ヒソヒソと内緒話をしている。

「っ……!」

 ハッキリと周囲の目を自覚してしまったせいで、今までにない胃の痛みを感じた。まるで刃物で腹部をえぐらているようだ。
 どうやら、ストレスが許容範囲を超えてしまったらしい。今にも胃の中身を吐いてしまいそうなほど気分が悪かった。

 私はさっさと紅茶を飲んでしまおうとティーカップを掴んで口をつけ……

「うっ……!?」

 その瞬間、かつてない痛みと衝撃が腹部を襲った。
 紅茶を飲むよりも先に、胃の中から『何か』がせり上がってくる。

 こんな大勢が見つめる前で嘔吐なんてしたら、それこそ表を歩けなくなってしまう。
 そう思って食道を昇ってくる『何か』を抑えようとするが、堪えきれず口から出してしまった。

「ガハッ……!?」

 口から飛び出してきたのは大量の血液だった。
 ドロリと粘性のある赤黒い液体がテーブルにぶちまけられ、足元に流れ落ちる。

「うわあっ!?」

「ひいいいいいいいいいいいいっ!?」

 突然の吐血を目の当たりにして、テーブルの対面に座っていた2人が悲鳴を上げる。

 だが、彼らのことを気にする余裕など私にはない。
 私はそのままイスから崩れ落ちて、自分の血で濡れた床の上に倒れた。

「あ……ぐっ……」

「お、おい! 倒れたぞ!?」

「きゃあああああああああああっ!」

 倒れた私を見てサロンのあちこちから悲鳴が上がった。
 驚きのあまりイスから転げ落ちる者、人を呼ぶために扉から飛び出していく者、凍りついたようにその場に立ち尽くす者――反応は様々である。

「ガッ……あ……」

「ひっ……」

 私はなおも口から血の泡を流しながら、力を振り絞ってクレインの足を掴む。
 それは溺れる者がワラを掴むような無意識の行動だった。

「ど……く……」

 喉から声を絞り出して最後につぶやき……私の意識は黒い闇の中に飲み込まれていったのである。
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