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「クソッ……どうして僕がこんな目に……!」

 暗い牢屋の中、王太子クズリックが苛立ちの言葉を吐き捨てる。
 クズリックが入れられているのは貴族用ではない一般の罪人用。汚く、冷たく、食事の質も悪い。

「く、ミーアは無事でいるだろうか……?」

「他人の心配とは余裕ですね、王太子殿下」

「ッ……!?」

 暗い牢屋の中に女性の声が響いてきた。
 カツカツと足音が鳴って、鉄格子の前に一人の女性が現れる。

「お前はまさか……エレノワール!?」

 クズリックが思わず声を上ずらせた。
 そこには死んだはずの……殺したはずの婚約者が立っていた。

「まさか……生きていたのか!?」

「無様にわめかないでいただけますか? 貴方の声はとても耳に障りますわ」

「貴様……この無礼者! 誰に向かって口をきいている!?」

 クズリックが鉄格子を殴りつける。

「貴様が生きているというのなら、僕が牢屋に入れられる筋合いなどない! さっさとここから出せ!」

「御冗談を。色に狂って婚約者を殺害した愚かな男を解放するだなんて、恐ろしいことできませんわ」

「ふざけるな! 僕は無実だ!」

「無実ね……それは姉が言いたかったことだと思いますけどね」

「姉……!?」

 女性の言葉にクズリックが怪訝な目をして、改めて目の前の女性を見やる。
 よくよく見てみると、そこにいたのはエレノワールではなかった。
 顔立ちはエレノワールとよく似ているが、やや幼く、地味で飾りけのない印象を受ける。
 また、エレノワールが腰まで届く長い金髪であったのに対して、目の前にいる女性は銀色の髪を耳の下で揃えていた。

「お前はまさか……エレノワールの妹か!?」

 クズリックが驚きの声を上げた。
 そういえば、ガーラント公爵家にはエレノワールの他にもう一人娘がいたはずだ。
 身体が弱くて田舎で静養しており、社交界には一度も顔を見せたことのない箱入り娘だと言われていた。

「エレノア・ガーラントと申します。短い付き合いでしょうが、どうぞよろしくお願いいたします」

「……エレノワールの妹が僕に何の用だ? 恨み言でも言いにきたのか?」

 クズリックはエレノアと目を合わせないように、ぶっきらぼうな口調で言った。

「言っておくが……お前の姉は罪人だ。彼女の死は神が下した裁きとすらいえるだろう」

「そのことですが……姉が犯したという罪は冤罪だったようですよ?」

「冤罪……?」

 エレノアが何気ない口調で放った言葉に、クズリックが思わず顔を上げる。

「お父様が学園の調査を行いました。その結果、いじめの事実が認められず姉が無実であることが明らかになりました」

「そんな馬鹿な! ありえない!」

 クズリックが鉄格子を掴み、怒声を発した。

「ミーアが嘘をついていたとでもいうつもりか!? 心優しい彼女がそんなことをするものか!」

「『運命の恋人』であるミーア・サルティスですけど、この世に存在しない人間でした」

「は……存在しない……?」

 クズリックがキョトンとした顔をする。

「騒動の後、ミーア嬢を閉じ込めていたはずの部屋から彼女が消えていました。サルティス男爵家に問い合わせたところ、ミーアなどという娘は知らないとのことです」

「は……え……?」

「サルティス男爵家のミーアという女は存在しませんでした。戸籍もなくて、学園に提出された書類も全て偽造だったようです」

「そんな……嘘だ。だったら、彼女はいったい……?」

「さあ? 他国の密偵ではないでしょうか。王太子をたぶらかして婚約破棄させて、国を乱すことが目的かもしれませんわね」

「そ、そんな……それじゃあ、僕はいったい何のためにエレノワールを……」

 クズリックがその場に崩れ落ちて、膝をつく。
 どうやら、今になってエレノワールと婚約破棄して、殺してしまったことを悔やんでいるようだ。

「今さら後悔しても遅いですよ」

 エレノアは話は終わったとドレスを翻してクズリックに背中を向けて、牢屋から去ろうとする。

「そうだ……言い忘れるところでした」

 しかし、ふと足を止めて首だけで振り返り、鉄格子の奥に座り込んだままのクズリックを見やる。

「殿下の処刑は一週間後です。斬首になりましたので、どうぞお覚悟ください」

「へ……しょけい……?」

「それでは、さようなら」

 再び足音が響き、エレノアが暗闇の中へと消えていく。
 状況を理解したクズリックの悲鳴が響きわたるのは、それから数分後のことである。

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