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142.『土』の女神アース
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「ゴクリ……!」
エンジェはかつてない緊張に固唾を飲んだ。
ずっと会いたいと、会わなければいけないと思っていた女神が目の前にいる。
それでも不審に思われないようアースの御前まで近づいていき、膝をついて頭を下げた。
ここまで案内をしてくれた上級神官がアースの横まで移動する。
「貴女の戦いはここから見ていた。優勝、大義である」
エンジェが跪くのを待ってから、アースが厳かに口を開く。
「最後の試合、人間族の小僧に苦戦をしたことについては思うところはあるが……それでも、勝利は勝利。褒めて遣わす」
「ハッ……ありがたき幸せです」
「優勝者への褒美として、貴女には私の騎士として仕えることを許す。そして……副賞として臨む願いを叶えよう。言ってみよ」
「…………」
来た……この時がやってきた。
この瞬間のために剣を手に取り、ずっと腕を磨いてきたのだ。
「それでは……どうか、私の問いに答えていただきたい」
「問い……何のことだ?」
「私の父……十年前に武闘大会で優勝したドワーフの戦士アズライはどこに行ったのでしょうか?」
エンジェがアースに拝謁をしようとした目的……それは行方不明となった父親の居場所を見つけ出すことである。
優れたドワーフの戦士だった父親は十年前の武闘大会で優勝して、その後、アースと謁見する権利を得た。
しかし、アースに会いに神殿に行ってから、そのまま行方不明になってしまったのである。
(いなくなったのは父だけではない……他にも、武闘大会で優勝者したドワーフの何人かが不自然に行方をくらませている)
全員というわけではない。
それでも……確実に行方不明者は出ていた。
エンジェはその真相を探るべく、あえて武闘大会に臨んだのである。
「…………」
エンジェの問いを受けて、アースは黙り込んでいる。
沈黙したまま何度か足を組み替えて、貝のように閉じていた唇をようやく開く。
「誰だ、それは」
「え……?」
「アズライなどというドワーフは知らん。誰のことだ?」
アースが不思議そうな顔で首を傾げた。
しらばっくれているというわけではなく、本当に疑問に思っているようだ。
「アース様、アズライは過去の優勝者の一人です」
そんなアースを見かねてか、横に控えていた上級神官が言葉を挟んできた。
「不遜にも、アース様の食事について文句をつけてきた男です。そのため、アース様が手を下したものと記憶しております」
「そんなこと……あっただろうか?」
「『ベニトアイトの六番』と言えばわかるでしょうか?」
「ああ、アレか! 思い出したぞ!」
上級神官の言葉に、アースがポンッと手を叩く。
そして、視線を横にやると……壁に嵌っていた宝石の一つが浮かび上がってきて、自然とアースの前までやってくる。
「喜べ、父との再会だ」
「…………は?」
「存分に味わうと良い」
アースが宝石を放ってきた。
カランコロンと乾いた音を鳴らして、膝をついたエンジェの前まで一つの宝石が転がってくる。
大きさは拳と同じほどでかなり大きい。深いブルーの色をした石だったが、青い色彩の奥に虹色のファイアが煌めいている。
「これは……」
「だから、それが貴女の父親だと言っている」
「は……?」
「その男は無礼を働いた。ゆえに石になってもらった」
アースがまるで宝物を自慢するような口調で説明してくる。
「その男は武闘大会で優勝した願いとして、私にこう言ってきた……『人を喰らうのをやめてくれ』と。おかしな話だ……神にとって人はただの食料、あるいは無謬を埋める嗜好品でしかないというのに。私や姉妹達、偉大なる両親の食事にまでケチをつけてきた」
「…………!」
エンジェが息を呑んだ。
六大神が人を喰らっている……それは噂で聞いたことがある。
多くの人は信じていないし、女神に仕える神官も認めてはいないが、神殿に関わった者が不自然に姿を消していた。
「本来であれば命をもって無礼を償わせるところだが……命は有効活用しなくてはなるまい。そこで宝石となってもらい、私の目を愉しませる玩具となってもらった」
「そん、な……」
「宝石になっているのはこの男だけではない。私に逆らった者、仕えることを拒否した者、失敗をした者、いずれも宝石となってもらった」
「まさか……ここにある宝石は……!」
「ダンジョンで採掘される宝石もだ。魔物や罠で命を落とした者達の死体と魂はダンジョンに吸収されて宝石となっている。それを冒険者が採掘して神殿に奉納する……よくできたシステムだろう?」
「…………!」
いったい、どれだけ衝撃を与えれば気が済むのだろう。
アースから告げられる言葉の数々はエンジェにとって頭を殴られるようなものである。
(まさか……この町そのものが人を宝石にするための物だったというのか……!)
ダンジョンを餌に人を集めて、冒険者にする。
死んだ冒険者は宝石となり、生きている者に採掘されてアースに献上される。
武闘大会の優勝者も同じだ。アースに従う者だけは生かされて、わずかでも逆らうようであれば宝石となる。
人は神にとって消耗品であり、嗜好品。
この町の存在そのものがそれを表しているではないか。
「それでは、選択するが良い。父親と同じように石となるか、それとも私の騎士として仕えるか……」
「父の仇……死になさい!」
アースの言葉が終わるよりも先に、エンジェが動いた。
床に転がっていた父親の宝石を手に取り、反対の手で背負っていた大剣を引き抜いた。
そして……宝石が散りばめられた床を踏み抜き、アース目掛けて斬りかかったのである。
エンジェはかつてない緊張に固唾を飲んだ。
ずっと会いたいと、会わなければいけないと思っていた女神が目の前にいる。
それでも不審に思われないようアースの御前まで近づいていき、膝をついて頭を下げた。
ここまで案内をしてくれた上級神官がアースの横まで移動する。
「貴女の戦いはここから見ていた。優勝、大義である」
エンジェが跪くのを待ってから、アースが厳かに口を開く。
「最後の試合、人間族の小僧に苦戦をしたことについては思うところはあるが……それでも、勝利は勝利。褒めて遣わす」
「ハッ……ありがたき幸せです」
「優勝者への褒美として、貴女には私の騎士として仕えることを許す。そして……副賞として臨む願いを叶えよう。言ってみよ」
「…………」
来た……この時がやってきた。
この瞬間のために剣を手に取り、ずっと腕を磨いてきたのだ。
「それでは……どうか、私の問いに答えていただきたい」
「問い……何のことだ?」
「私の父……十年前に武闘大会で優勝したドワーフの戦士アズライはどこに行ったのでしょうか?」
エンジェがアースに拝謁をしようとした目的……それは行方不明となった父親の居場所を見つけ出すことである。
優れたドワーフの戦士だった父親は十年前の武闘大会で優勝して、その後、アースと謁見する権利を得た。
しかし、アースに会いに神殿に行ってから、そのまま行方不明になってしまったのである。
(いなくなったのは父だけではない……他にも、武闘大会で優勝者したドワーフの何人かが不自然に行方をくらませている)
全員というわけではない。
それでも……確実に行方不明者は出ていた。
エンジェはその真相を探るべく、あえて武闘大会に臨んだのである。
「…………」
エンジェの問いを受けて、アースは黙り込んでいる。
沈黙したまま何度か足を組み替えて、貝のように閉じていた唇をようやく開く。
「誰だ、それは」
「え……?」
「アズライなどというドワーフは知らん。誰のことだ?」
アースが不思議そうな顔で首を傾げた。
しらばっくれているというわけではなく、本当に疑問に思っているようだ。
「アース様、アズライは過去の優勝者の一人です」
そんなアースを見かねてか、横に控えていた上級神官が言葉を挟んできた。
「不遜にも、アース様の食事について文句をつけてきた男です。そのため、アース様が手を下したものと記憶しております」
「そんなこと……あっただろうか?」
「『ベニトアイトの六番』と言えばわかるでしょうか?」
「ああ、アレか! 思い出したぞ!」
上級神官の言葉に、アースがポンッと手を叩く。
そして、視線を横にやると……壁に嵌っていた宝石の一つが浮かび上がってきて、自然とアースの前までやってくる。
「喜べ、父との再会だ」
「…………は?」
「存分に味わうと良い」
アースが宝石を放ってきた。
カランコロンと乾いた音を鳴らして、膝をついたエンジェの前まで一つの宝石が転がってくる。
大きさは拳と同じほどでかなり大きい。深いブルーの色をした石だったが、青い色彩の奥に虹色のファイアが煌めいている。
「これは……」
「だから、それが貴女の父親だと言っている」
「は……?」
「その男は無礼を働いた。ゆえに石になってもらった」
アースがまるで宝物を自慢するような口調で説明してくる。
「その男は武闘大会で優勝した願いとして、私にこう言ってきた……『人を喰らうのをやめてくれ』と。おかしな話だ……神にとって人はただの食料、あるいは無謬を埋める嗜好品でしかないというのに。私や姉妹達、偉大なる両親の食事にまでケチをつけてきた」
「…………!」
エンジェが息を呑んだ。
六大神が人を喰らっている……それは噂で聞いたことがある。
多くの人は信じていないし、女神に仕える神官も認めてはいないが、神殿に関わった者が不自然に姿を消していた。
「本来であれば命をもって無礼を償わせるところだが……命は有効活用しなくてはなるまい。そこで宝石となってもらい、私の目を愉しませる玩具となってもらった」
「そん、な……」
「宝石になっているのはこの男だけではない。私に逆らった者、仕えることを拒否した者、失敗をした者、いずれも宝石となってもらった」
「まさか……ここにある宝石は……!」
「ダンジョンで採掘される宝石もだ。魔物や罠で命を落とした者達の死体と魂はダンジョンに吸収されて宝石となっている。それを冒険者が採掘して神殿に奉納する……よくできたシステムだろう?」
「…………!」
いったい、どれだけ衝撃を与えれば気が済むのだろう。
アースから告げられる言葉の数々はエンジェにとって頭を殴られるようなものである。
(まさか……この町そのものが人を宝石にするための物だったというのか……!)
ダンジョンを餌に人を集めて、冒険者にする。
死んだ冒険者は宝石となり、生きている者に採掘されてアースに献上される。
武闘大会の優勝者も同じだ。アースに従う者だけは生かされて、わずかでも逆らうようであれば宝石となる。
人は神にとって消耗品であり、嗜好品。
この町の存在そのものがそれを表しているではないか。
「それでは、選択するが良い。父親と同じように石となるか、それとも私の騎士として仕えるか……」
「父の仇……死になさい!」
アースの言葉が終わるよりも先に、エンジェが動いた。
床に転がっていた父親の宝石を手に取り、反対の手で背負っていた大剣を引き抜いた。
そして……宝石が散りばめられた床を踏み抜き、アース目掛けて斬りかかったのである。
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