異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。

レオナール D

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1巻

1-2

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  ◇          ◇          ◇


「ヒエエエエエエッ!? なんじゃ、なんじゃ! 貴様はなんなんじゃアアアアアアアアアアッ!」

 男の絶叫が部屋の中に響き渡る。
 場所は先ほどウータ達が召喚された城。その中にある王の私室だった。
 野太い濁声だくせいで叫んだのは、この城の主……国王と呼ばれている人物。

「誰って……さっき会ったよね? もう忘れちゃったのかな?」

 ウータが不思議そうに首を傾げた。
 王の部屋にはいくつかの塵の山ができている。
 それはこの場にいた王以外の人間……護衛の騎士だったものの残骸だ。
 兵士に襲われたことについて王を問い詰めに戻ってきたウータであったが、この部屋に入るや、曲者くせもの呼ばわりされて彼らが襲いかかってきた。
 仕方がないので塵にしてしまったのだが……それをたりにした国王は混乱しまくっている。

「だ、誰か! 誰かおらぬか!? 侵入者、曲者じゃアアアアアアアッ!」
「誰も来ないよ。面倒だから、空間を閉じたんだ」
「く、空間……?」

 国王が引きつった声を漏らす。
 空間に干渉する魔法は存在する。だが……それを使用することができるのは、高位の魔法使いだけ。ジョブが『無職』であるはずの少年にできるわけがなかった。

「ま、まさかなんらかの魔法でジョブを偽装していたのか……なんという卑劣ひれつな……!」
「卑劣なのはそっちじゃないかな? 僕のことを殺そうとしたわけだし」
「い、いや、違う! ワシは何も知らぬ!」

 国王が必死な様子で両手を振りながら、助かる方法について模索もさくする。
 名前すらも思い出せない目の前の少年……『無職』が特別な力を持っていることは明らかだ。
 もしもその力が振るわれたら、国王もまた塵となってしまう。

「ご、誤解があったのじゃ……話し合おう。話せばわかる……!」
「話せばわかるって……そのセリフ、この間日本史の授業で習ったなあ」

 それを口にした日本の偉い人は撃たれて死んでいるのだが……それはともかくとして、ウータは本題に入る。

「まあ、でもいいよ。僕も話し合いに来ただけだから」
「そ、そうなのか……?」
「うん、殺すつもりはなかったよ。そっちから襲いかかってこなければね」

 ウータは肩をすくめた。それはまぎれもない本心である。
 この部屋にやってきた途端、国王の護衛が襲ってきたので迎撃したが……そうでなければ、穏便おんびんに話し合いだけで済ませて去るつもりだった。

「それじゃあ、話し合いだよ。その前に……」
「ヒエッ!?」

 ウータは王の首に触れる。
 いつでも、塵にすることができるように。

「嘘をついたら殺すからね。正直に僕の質問に答えてくれるかな?」
「わ、わかった……」
「それじゃあ、質問。僕達を召喚した目的は?」
「……侵略してくる魔族を倒してもらうためじゃ」
「嘘じゃないね? 嘘だったら……」
「ほ、本当じゃ! 本当に魔族を倒して、この国を救ってもらいたかったんじゃ!」

 国王の顔は必死なものであり、嘘をついている様子はない。

「それじゃあ、次の質問。僕達を元の世界に帰す方法を教えてくれ」
「それは……」
「それは?」
「…………知らぬ」
「…………」

 ウータが無言で首に置いた手に力を入れると、国王が慌て出す。

「ほ、本当じゃ! 本当に知らぬのじゃ!」
「魔王を倒したら、元の世界に帰れるっていうのは? やっぱり、嘘だったのかな?」
「ウグッ……」

 押し黙る国王に、ウータの顔が不機嫌なものになっていく。
 いつ殺されてもおかしくない状況に、国王は焦って弁明の言葉を口にする。

「仕方がなかったんじゃ! 勇者が魔王と戦ってくれなければ、この国は滅んでしまう! ワシはこの国の王として、どんな悪事を働いてでも国民を守る義務がある!」
「そのためになら、僕達はどうなってもいいの? 竜哉達を騙して戦わせたり、僕を殺したりしても許されると言いたいのかな?」
「それは……」

 国王が気まずそうに目を逸らす。
 どんな大義名分があったとしても、無関係な人間を巻き込んでもいい理由にはならない。

「でも……まあ、いっか」

 けれど、ウータは国王を殺さないことにした。
 殺したところでどうなるわけでもないということが、なんとなくわかったからだ。

「王様を殺したらかえって面倒になりそうだから……とりあえず、やめておくね?」
「そ、そうか……わかってくれたのか……」
「だけど……僕の友達におかしなことをしたら許さない」
「…………!」

 ウータが底冷えのする声で告げると、国王が恐怖に顔をゆがめる。
 別になにかされたというわけではない。それなのに……国王は体の震えが止まらなくなった。
 例えるのなら、絶対に勝つことができない天敵の捕食者を前にしているかのように。

「もしも四人をわずかでも傷つけたりするようなことがあれば……僕はあなたを殺すよ。あなたのお友達も家族も殺す。大好きな国民も全員殺す。わかったかな?」
「わ、わかった……絶対にしないとちかう。だから……」
「うん、それじゃあいいよ……これで許してあげる」
「ぐひぃ……」

 国王が奇妙な悲鳴を上げて、パクパクと口を動かす。
 その身体が見る見るうちに細くなっていき、肌に深いシワが刻まれる。
 まるで一瞬で何十年も年を取ってしまったかのように、一気に老け込んでしまった。

「ざっと三十年ってところかな? 命を取らないだけ、まだよかったと思ってね」
「おまえ、は……なんなのだ……いったい……何者なのじゃ……?」

 国王が床に両手をついて、ゼエゼエと息を吐きながら言う。
 答える義理はない……そう締めてもいいだろうが、せっかくの機会なのでウータは改めて名乗ることにした。

「花散ウータ。無職で学生で……邪神をやっているよ」


     ◇          ◇          ◇


 花散ウータは邪神である。
 いつからそうなのかと聞かれたら、生まれる前からずっとである。
 かつて、ウータは邪神として時空の狭間を彷徨さまよっていた。
 家族はいない。友人もいない。恋人もいない。崇拝者はいても、理解者はいない。
 止まり木のない孤独な神として、時と空間の流れに身を任せていた。
 だが……ある時、転機が起こった。
 それが星辰せいしんの巡りなのか、誰かが行った魔術的な儀式ぎしきの影響なのかはわからない。
 自分でも理由がわからぬまま……とある妊婦の身体に胎児たいじとして受肉してしまったのだ。
 人間になってしまい、最初のうちは困惑した。受肉した肉体を捨てて、完全な神に戻ろうとしたこともある。
 だが……やがて、人としての生を受け入れるようになっていた。
 どうせ神であった頃も退屈という言葉すら忘れてしまうくらい、無意味に時空の狭間を彷徨さまよっていたのだ。
 たかが百年か二百年、人として生きても構わないと思ったのである。

(それは正解だった。世界にとってはどうか知らないけど……少なくとも、僕は人になってよかったと思っている)


 国王を軽くしばいたウータは改めて転移をして、城下町へとやってきた。
 城門での審査やら身分証明やらの面倒ごとを避けるため、城の外、町を囲んでいる城壁の内側へと転移する。

「フシャアアアアアアアッ!」
「おっと、驚かせてごめんね」

 路地裏に眠っていた猫が突如とつじょとして現れたウータに驚いて、走って逃げていく。
 そんな猫の後ろ姿を見送って……誰もいない路地裏で拳を突き上げる。

「日本に帰る方法を探すぞー!」

 友人と一緒に元の世界に戻るためにも、どうにか方法を探さなければ。ウータはそう決意した。

「よーし、やるぞー!」

 邪神ウータの異世界生活は始まったばかり。
 その生活は決して順風満帆じゅんぷうまんぱんとはいかない。
 確実に様々なトラブルに巻き込まれ、力技で解決していくのであろうが……そんな未来は邪神にも予想できないものだった。


     ◇          ◇          ◇


 ウータが新生活への第一歩を踏み出した一方で、城に残ることになったウータの友人、南雲竜哉は重いため息を吐いた。

「なあ……ウータの奴、大丈夫かな?」

 その問いは同室にいる三人の女性に向けられたものだ。
 場所は城の一室、竜哉に割り当てられた部屋。四人はそこに集まって、今後のことについて話し合っている最中だった。

「大丈夫って……なんの話よ?」

 怪訝けげんそうに応じたのは、茶髪をポニーテールにした長身の女子、北川千花である。

「いや、城を出て一人でやってけるのかなって。アイツ、スゲエ世間知らずなところがあるから心配なんだよ」
「あー……確かに、世間知らずではあるわよね。だけど、ウータなら大丈夫なんじゃない?」

 千花の言葉は薄情はくじょうなように聞こえるが、そこには深い信頼がこめられている。
 ウータだったら、なにが起こっても必ず乗り越えることができる……彼女にはそんな確信があった。

「…………」

 千花の返答を受けて、竜哉は複雑そうな顔をする。
 もしも、城から出ていったのがウータではなく竜哉であったのならば、千花は同じように全幅ぜんぷくの信頼を示す反応をしてくれただろうか?

(いや……無理だよな)

 竜哉は肩を落とす。
 自分がウータほどには信用されていないことは自覚している。それが当然であると竜哉自身もわかっているのだが、一人の男としては受け入れたくはなかった。
 竜哉はかつて、千花に告白してフラれている。
 好きな人がいるからという理由だったが……千花の好きな相手がウータであることを、竜哉は確信していた。

「そーね。ウータ君ならダイジョブでしょ」

 軽い口調で応じたのは、金髪のギャル系女子、東山美湖だった。
 ピアスなどで自らを飾り立てた美湖は電波の通じなくなったスマホをいじりながら、なんでもないことのように言う。

「ウータ君はアタシらと違って特別なんだから。むしろ、ここにいたらアタシらに気をつかって自由に動けなくなるっしょ? 一人の方が自由に動けるからやりやすいんじゃない?」
「……それはあるでしょうね。きっと、私達ではウータさんの足枷あしかせにしかなりませんから」

 静かな声で西宮和葉が同意した。
 彼女は日本人形のように整った顔立ちを悲しそうにくもらせる。

「ウータさんは元の世界に帰る方法を探すと言っていました。魔王を倒せば帰れるという話でしたが、それが確実とは限らないからと」

 和葉はそこまで言うと、目つきを真剣なものに変え言葉を続ける。

「ウータさんが頑張っているのですから、私達は私達でできることをやりましょう……もちろん、なにをしたところで、ウータさんが一人で解決してしまうかもしれませんけど」
「そうね……だけど、平凡な私達にだってできることはあるはずよ。最低でも、ウータの足手まといにならないようにしないと!」
「アハハハ、ハードル高っ! ほんっとにウータ君ってば一人で走っていっちゃうもんね。ついていくのも楽じゃないわー」

 和葉の言葉は千花、美湖に響き、二人とも明るい口調でそう返した。

「…………」

 幼馴染の女子三人がウータを語り、盛り上がっている。
 竜哉はますます複雑な表情を浮かべた。
 実のところ、竜哉は千花だけではなくて美湖や和葉にも交際を申し込んで玉砕ぎょくさいしていた。
 と言っても、決して三股をかけようとしたわけではない。
 千花には小学五年生の時、美湖には中一の時、和葉には中三の時、そして、つい先日には千花にもう一度アタックして、破れていた。
 告白してフラれて、落ち込んだり自分磨きをしたりと一年以上は間を空けてから挑んでおり……一応、ギリギリでセーフだと自分では思っている。
 三人が竜哉をフッた理由は同じ。
 ウータの存在である。
 ウータは特別だ。女子三人にとっても、竜哉にとっても。
 だから、ウータに対して嫉妬しっとはない。
 嫉妬はないが……それでも、男としてやり切れないものはあった。

「……なあ、前から聞きたかったんだけど、お前らってウータに告白しないのか?」
「「「え?」」」

 竜哉の言葉に、三人が同時に彼のほうを振り返る。
 いずれも、驚いたような表情をしていた。

「いや、お前らがウータを好きなのは丸わかりじゃん? それなのに、どうして告白しないのかなって」
「「「…………」」」

 三人が一様に沈黙して、お互いに目配せし合う。
 やがて、千花が口を開いた。

「……まあ、話しても問題ないわよね」
「いいんじゃない?」
「私も構いません」

 美湖と和葉の同意を得て、千花が代表して説明をする。

「私達は三人で話し合って、高校卒業までウータに告白しないと決めているのよ」
「は? なんで?」

 思ってもいなかった答えに、竜哉はすぐさま問い返してしまう。

「もちろん、ウータの方から告白してもらうためよ」

 千花が断言する。
 同年代の女子よりもサイズ大きめな胸をグッと張って。

「ウータは優しいから、私達が告白したら絶対に断らない。私達を受け入れてくれるはず。だけど……それは優しさであって愛情じゃないでしょう?」

 美湖と和葉も覚悟を決めた様子で千花に続く。

「アタシ達にもプライドはあるからねー。同情で付き合ってほしくはないでしょ?」
「……ウータさんに好きになってもらって、それで付き合いたいんです」

 二人の言葉を引き継いで、またも千花が話し始めた。

「だから、それぞれがウータにアプローチして、ウータの方から告白してくれるのを待っているのよ。それまでは絶対に抜け駆けはしない……紳士しんし協定ならぬ淑女しゅくじょ協定ということね」
「……ちなみに、卒業までに誰もウータから告白されなかった場合はどうするんだ?」

 竜哉が訊ねると、三人は再び意味ありげに目配せを交わす。

「その時は……シェアする予定よ」
「三人で一緒にウータ君と付き合うしかないっしょ」
「卒業式の日に、三人で協力してウータさんをホテルに連れ込むと決めています」
「は……?」

 三人の答えを聞いて、竜哉が目を丸くさせる。

「私達はそれぞれウータのことが好きだし、付き合いたいとも思っているわ。だけど……ウータは特別。自分達では釣り合わないということくらい、わかっているから」
「ウータ君に好かれる努力はするけど、ダメだったら妥協ってことよねー」
「三人一緒であれば、ウータさんとも釣り合いがとれるかもしれません。他の誰かだったらともかく、千花さんと美湖さんでしたら、私は大丈夫です」
「私も二人が大好きよ。ウータの次にね」
「アハハハッ、アタシもおんなじー。ほんっとに気が合うよねー」
「…………」

 笑い合っている三人の女子を見て、竜哉は改めて自分が付け入る隙がないのだと思い知った。
 悔しいし、ねたましい。
 だが……同時に納得もしていた。

(ウータだもんな。ハーレムくらい作っても許されるか……)

 ウータを特別だと思っているのは、竜哉もまた同じである。
 だからこそ、特別なウータを愛している三人に懸想けそうしたのかもしれない。

「……彼女、作ろう」

 竜哉は何度目になるかわからない失恋をして、誰にも聞こえないようにつぶやいた。
 三人を諦めて、別の女性を探そう。
 自分でも不思議なほど晴れ晴れとした気持ちで、そう思うことができたのだった。



 第二章 王都を観光するよ

 城下町の裏路地にて。
 あえて人気ひとけのない場所に転移した花散ウータであったが……腕を組んで「うーん」と首を傾げた。

「さてさて……これから、どうしようかなー?」

 とりあえず城下町にやってきたウータであったが……完全なノープランである。
 幼馴染の友人達には「元の世界に帰る方法を探す」などと告げたものの、どうすればよいのかは考えていなかった。

「手っ取り早いのは、僕が完全体になることだよね……嫌だなあ」

 ウータが人間の身体を捨てて完全な邪神に戻れば、時空を超えて元の世界に戻ることなど容易なことである。
 しかし……覆水ふくすい盆に返らずという言葉があるように、完全体になってしまったら、人間の姿には戻れない。
 そもそも、邪神であるウータが人の身体に宿っていること自体が奇跡的なのだ。
 ウータ自身も、どうしてこのような状況になっているのかわかっていない。

「うーん……勝手に邪神に戻ったら、みんな怒るよね……」

 四人の幼馴染も、両親も、ウータが邪神であることを知らない。
 それでも……後から知ったら、きっと怒るし悲しむだろう。

「完全体に戻るのは却下。別の方法を考えようかな」

 とりあえず、町に出て情報収集をしよう。
 テクテクと裏通りを歩いていくウータは、角を曲がったところで思わぬ場面に出くわした。
 小学校高学年くらいの年齢の少女が、複数の男達に囲まれていたのだ。

「ほら、こっちに来やがれ!」
「や、やめてくださいっ!」
「抵抗するんじゃねえ! そもそも、テメエの親父が借金作ったことが原因だろうが!」

 三人組の男達は少女の腕を掴み、どこかに引きずっていこうとしていた。
 かなり犯罪的な光景であったが……それを目にしたウータは「うーん」と唸る。

「これは……やっぱりギルティなアレなのかな?」

 男達が『親父の借金』がどうのとか言っていたことから、ウータは少女の父親が多額の借金を作ってしまい、その返済のために少女が連れさられようとしているのではないかと察した。

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