異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。

レオナール D

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91.温泉宿だよ

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 エンジェに案内されて宿屋にたどり着いた時には、すっかり日が暮れていた。
 たどり着いた宿屋は大通りに面した場所にある。平屋ではあるが立派な建物だった。綺麗な佇まいでありながら、歴史の風格を感じさせられた。
 いかにも高級旅館といった風情であり、事前に言われていた通りに宿泊費も張りそうである。

おもむきがあって品の良さそうな宿だね」

「はい、お金に余裕があって良かったです」

 フィッシュブルクの町を救った報酬を受け取っていなかったら、こんな高級宿には泊まることができなかっただろう。
 三人が宿屋の扉を開いて中に入ると、カウンターにいた年配の女性店員が顔を上げる。

「いらっしゃいませ……って、もしかしてエンジェちゃん!?」

「お久しぶりです。おば様」

「まあまあ! よく無事で帰ってきたわねえ!」

 女性店員がエンジェに抱擁をする。
 どうやら、二人は顔見知りのようだ。それもかなり親しい。

「アナタのお母さんがあんなことになって心配していたけど……無事に戻って来てくれて嬉しいよ!」

「ありがとうございます。おば様……それで、えっと」

 エンジェがチラリとウータ達の方に視線を向ける。

「今日は泊まりにきたんです。私とこっちの二人が」

「え? ああ、ごめんなさいねえ。お客様を放ったらかしにして」

 女性店員が居住まいを正して、丁寧にお辞儀をする。

「本宿にお越しいただき、誠にありがとうございます。本日はお泊まりでよろしかったでしょうか?」

「え、あ、うん。お願いします?」

「部屋はどのようにいたしますか? 三人部屋にいたしましょうか?」

 女性店員はどこかの旅館や料亭の女将のように、丁寧な口調で訊ねてくる。

「私は一人部屋で。こっちの二人は……」

「あ、私達は同じ部屋で。とりあえず……三泊ほどで」

「はい、ございますよ。料金はこのようになっておりまして…………はい、それでは部屋の方にご案内いたします」

 ステラが要求された金額を支払った。
 やはりかなりの高額ではあったものの、十分に払えるものである。
 女性店員がカウンターに置かれていた鈴を鳴らすと、奥から別の店員が現れた。

「こちらのお客様をお部屋に案内して頂戴。『アクアマリン』の部屋でいいわ」

「畏まりました」

 若い男性店員がウータとステラを先導して、部屋に案内してくれる。

「それじゃあ、エンジェさん。今日はありがとう」

「ええ、構わないわ。同じ宿だし、機会があれば会うこともわね」

「はい、さようなら」

 エンジェと別れて、ウータとステラは部屋に案内された。
 部屋の扉には『アクアマリン』とのプレートが掛けられている。
 他の部屋の扉には『サファイア』や『アメジスト』などとプレートがあり、宝石の名前が部屋の名前になっているようだ。

「ねえねえ、この旅館には温泉はあるのかな?」

「こちらの宿屋では、部屋ごとに貸し切りの温泉がございます。掃除の時間以外でしたら、いつでもご利用することができますよ」

「あ、やったあ」

 若い店員の答えに、ウータは喜色に満ちた声を上げる。
 この町に来た目的は女神アースと会うためだったが、それはそれとして温泉は楽しみだった。
 どうやら、エンジェは本当に良い宿屋を紹介してくれたらしい。高い宿賃を出した甲斐があるというもの。

「お食事は済まされていますか? 夕食のご提供はすでに終わっているのですが、ご要望でしたら夜食をお作りいたしますが?」

「あ、それじゃあよろしく」

「はい。それでは後ほどお持ちいたします。しばしお待ちくださいませ」

「はいはーい」

 部屋に二人を案内して、若い店員が頭を下げて去っていった。
 通された部屋は広々とした部屋であり、寝室の中央には大きなベッドが一つだけ置かれている。
 奥には外に続いているガラス戸があり、戸を開くと脱衣所、さらに奥には白い湯気がモワリと立ち込める露天風呂があった。

「わっ、本当に温泉があったよ!」

「大きな浴槽ですね。これなら二人で入れますよ」

 ステラが当然のように言う。
 ウータも特に抗議することなく、彼女との入浴をいつの間にか受け入れていた。

「楽しみですね、ウータさん」

「うん! 楽しみだね、温泉」

 二人は微妙にニュアンスの異なる口調で言ってから、顔を見合わせて笑い合うのであった。
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