異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。

レオナール D

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87.神様は食べる

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「まずは一年間の報告なのだけど……困ったわねえ。二人も欠席しているなんて」

 ライトが表情を曇らせる。
 すでに集合時刻を大きく過ぎている。遅刻というわけではなく、二人とも欠席なのだろう。
 円卓を囲む六つの椅子。六色にカラーリングされている椅子のうち、空座となっているのは『赤』と『青』の二つである。
 火の女神フレア、水の女神マリンがこの場にやって来ていない。

「もしかして、あの子達の身に何かあったのかしら……ママってば、心配だわあ」

「あー……フレアだったら知っているわ。私の『分体』がファーブニル王国にもいるからね」

 エアが挙手をする。

「どうやら、召喚したばかりの勇者の育成に忙しいみたいよ。ママとパパに謝っておいて欲しいって言われてるの」

「あら、すごいわあ。今回も異世界人を召喚したのねえ」

「……フレアはいつも新しい手段を生み出してくれる。立派」

 ライトが言い、ダークも同意する。
 異世界への干渉というのは大神である二人でさえ、容易なことではない。
 その手段を編み出したフレア。彼女の新しいことへの発想力には、いつもながらに驚かされる。

「フン……」

 母神・父神が讃える一方で、アースは不服そうに腕を組む。
 フレアが称賛を受けているのが面白くないようだ。

「ならば、フレアは仕方がないか。マリンについては……」

「マリンはたぶん、『海捌』が忙しいんじゃない? 魔王討伐戦に備えて、ちょうど開催しているはずだから」

 またしても、エアが答える。

「あの子は前回の魔王討伐戦では成績が振るわなかったから、今回こそはって思っているんじゃない? マリンってば、ただでさえフレアと仲が悪いから」

 魔王討伐戦。
 それは五百年の周期で、六大神の間で行われている遊戯だった。
 魔族が魔物を率いて人間、エルフ、ドワーフ、マーマンの四種族に戦いを挑んでくる。
 四種族は魔族の侵攻を防衛しながら、魔族の王である魔王を討ち取ればゲームクリアーとなる。
 前回の魔王討伐戦では、異世界から勇者を召喚して戦力にしたことで、フレアが勝利していた。
 一方で、マーマンは戦果がもっとも少なくて大敗した。
 そのため、女神マリンは今回の魔王討伐戦に並々ならぬやる気を燃やしているのだ。

「そういうことなら仕方がないわねえ……フレアちゃんもマリンちゃんも頑張っていることだし、無断欠席は許してあげましょうか」

 ライトが溜息を吐いて、頬に手を添える。

「それじゃあ、順番に近況を報告して頂戴。みんなの話を聞きたいわあ」

 六人の女神は基本的に自分達の神殿にいるため、年に一度の集まり以外では顔を合わせることはなかった。
 家族ではあるものの……何千年、何万年と生きている神である。年に一度会うだけでも、多すぎるとさえ思っている者もいた。

「……私から始めよう。魔王討伐戦が始まって、魔族に動くように命じているのだが……」

 闇の女神ダークが口を開いて、この一年間の出来事について報告する。
 次にアースが、そしてエアが。最後にライトが近況を家族に話し聞かせた。

「はい、それじゃあ定時報告はこれでおしまい! お楽しみの食事会にしましょう!」

 仕事の話が終わって、ライトが「パンッ!」と両手を強く鳴らす。
 すると謎の空間の一部に四角形の光が差して、虚空の一部が扉のように開いた。
 カラカラとワゴンを押して、白い羽を生やした天使達が入ってくる。

「みんなのために、腕によりをかけてお料理を作ったわ! お腹いっぱい食べて頂戴!」

 ライトの眷属である天使達が円卓に料理が載った皿を並べていく。
 天使の中で一際立派な格好をした男性が背筋を伸ばし、朗々と口を開いた。

「僭越ではありますが、メニューを説明させていただきます。まずは天界で採れた新鮮な野菜のサラダ」

 神々の前に光を放つサラダが置かれた。
 緑でも赤でもなく、黄金と白銀に彩られたゴージャスなサラダである。

「続きまして……肉料理としてエルフ肉のソテー。魚料理として海生マーマンの活け造り、ズッチャを添えて。スープは人脳のポタージュをコンソメ風味で。メインディッシュはドワーフの香草焼きになります」

 続けて食卓に上がったのは、おぞましい料理の数々。
 いずれもこの世界に住んでいる『人』の成れの果てだった。

「ドリンクは魔族血のワイン。こちらは最高級のヴァンパイア、ルー・ガルー、ジャイアントの三種を用意しておりますので、ご要望の物をお申し付けください。そして、デザートですが……」

 説明をしていた天使がわずかに表情を歪めた。
 一瞬だけの変化に気がついた者はいなかったが。

「……天使の肉を使用したミートパイを用意させていただきました。また、血液をゼリーにした物もご用意してございます」

「あ、天使の血のゼリーって私の好物じゃない。お母様、ありがとう」

 エアが華やいだ声を上げる。
 娘の喜ぶ顔を見て、ライトも相貌を嬉しそうにほころばせている。

「エアちゃんが喜んでくれて良かったわー。新鮮な天使を朝一番に捌いたのよ」

「……今回、材料となった天使は私の妹になります。必ずや、皆様の舌を喜ばせることができるかと」

 配膳役の天使が頭を下げて、顔が見えないようにして言い切る。

「どうぞ、ごゆるりと食事をお楽しみくださいませ……!」

「はい。みんな、どうぞ召し上がれー」

 女神達の晩餐が始まった。
 世界を治める彼女達は『人』の血肉で作られた料理に舌鼓を打ち、和やかに食事をしたのである。


     〇     〇     〇


 女神達の晩餐会は終わりを告げた。
 一年ぶりの邂逅と団欒を終えて、四人の女神はそれぞれの神殿へと戻っていく。

「おい、どういうつもりだ?」

 そんな中、アースがエアを呼び止めた。

「あら、随分と不躾ぶしつけだけど何の話?」

「とぼけるな。どうして、フレアとマリンを庇うようなことをした」

 この場にはライトもダークもいない。
 母と父がいない場で、どうしても問い詰めなければいけないことがあった。

「二人は気がつかなかったようだが……私の目は誤魔化せない。お前が妹達を庇うような発言をするわけがないだろう」

 エアは六女神の中でもっとも奔放で自由な性格だった。
 母神・父神に対しては従順であったが、姉妹への絆は希薄。
 この場にやって来ていない二人の女神を擁護する発言をするわけがない。

「ヒヒッ、どうかしらねえ。それを話す義理はないけれど?」

「貴様……」

「私は自分が楽しければいいのよ。楽しければ、何だって構わないの」

「……私はお前のそういうところが嫌いだ」

「知ってるわ。私も堅物のアナタが嫌い……だけど、一応は姉妹だと思っているから一つだけアドバイスをしてあげるわ」

 エアがアースに近づいて、耳元で囁くようにする。

「……しばらく、人前に出ない方が良いわよ。神殿の奥にでも引きこもっていなさい」

「……何だと?」

「忠告はしたわ。それじゃあ、まったねー」

 エアの身体が風に溶けるようにして、消えていく。

「…………」

 アースは姿を消した姉妹がいた空間を無言で睨みつけるのであった。

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