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84.北川千花は疑問を抱く

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 戦いを終えて、ウータの四人の幼馴染……竜哉、千花、美湖、和葉は王都へと凱旋した。
 王都に攻め込んできたゴブリンの魔族、それに率いられていたゴブリンおよそ一万。
 小さな都市であれば容易に落とせる戦力の敵を撃退して戻ってきた英雄を、民衆が出迎える。

「勇者様ー!」

「ありがとう、ありがとう!」

「よくぞやってくれました!」

 大通りを馬に乗った騎士が進み、その後ろを同じく馬に乗った竜哉と千花が。さらに後ろを馬車に乗った美湖と和葉が進んでいく。最後尾に続いているのは徒歩の一般兵士……つまり雑兵である。
 敵を撃退してやってきた彼らを大通りの左右に並んだ民衆が言祝ぎ、喝采を浴びせてくる。

「さすがは勇者様だ! 魔族なんてイチコロだな!」

「勇者様、バンザイ! ファーブニル王国、バンザイ!」

「聖女様! こっち見てくれー!」

「千花さま、抱いてー!」

「美湖ちゃん、脱げー!」

 興奮した民衆達に四人は居心地の悪い思いをしながら、城に向かって進んでいく。
 四人はいずれも美男美女。日本にいた頃も何かと注目をされていた。
 それでも……これだけの人数に、ここまで拍手喝采で出迎えられたのは初めてのことである。

「息子は!? 息子はいないの!?」

 勝利に興奮する民衆の中には、兵士達の中に自分の身内を探している者もいる。
 顔見知りなのだろう……兵士の一人がその女性に近づいて何事かを話すと、膝をついて泣き崩れてしまった。
 勝利という光の影の下にも、戦死者という影がある。
 戦場に立った人間の一人として、竜哉達もそれを忘れてはいけないのだろう。

「竜也様! ご無事ですか!?」

 やがて凱旋した英雄達は王城に到着した。
 城門の前にいたドレス姿の女性が駆け寄ってくる。
 リフィナ・ファーブニル。ファーブニル王国の王女であり、プラチナブロンドの髪を伸ばした美しい女性である。

「リフィナ殿下!」

 竜哉がパッと表情を明るくさせて、馬から飛び降りた。
 勢いよく駆けてきたリフィナが竜哉の腕の中に飛び込んでくる。

「竜也様……無事でよかった……!」

「ふひゅっ!」

 リフィナを抱きしめた竜哉がビクリと背筋を伸ばす。
 秘めたる想い……周囲の人間にはバレバレだったが、竜哉はリフィナに恋をしているのだ。
 リフィナに抱き着かれ、谷間の開いたドレス越しに胸を押しつけられ……竜哉はわかりやすく狼狽していた。

「え、えっと……で、殿下……その、俺達は、ゴブリンの軍勢を無事に討伐しまして、その……」

「フフ……」

 口ごもりながらも戦いの結果を報告してくる竜哉に、リフィナは男の胸板に押しつけた顔をそっと歪める。
 まるでチェシャ猫のような嗤い。子供じみていながら、悪意のある笑みだった。
 しかし、顔を上げた時にはそんな邪悪な笑みは消えていた。

「はい。すでに報告を受けております。よくぞ王都を守ってくださいました。勇敢なる異世界人の皆様に心より感謝を申し上げます」

 リフィナが竜哉から離れる。
 竜哉は「あ……」と残念そうに声を漏らす。

「千花様、美湖様、和葉様……御三方も無事で何よりでございます」

「ええ……私達は生き残ることができたわ。兵士さんは何人か死んじゃったけれど」

 千花が代表して、リフィナに応じる。
 多くの戦友を目の前で失い、辛そうに拳を握りしめた。

「……痛ましいことですが、やむを得ないことです。それに皆様の活躍のおかげで戦死者は想定よりもずっと少なかったと聞いておりますわ」

 リフィナは悲しそうに瞳を伏せながら、静かな口調で説明する。

「どうにか、最初の襲撃を越えることができました。大規模な侵攻は三ヵ月はないでしょうから、皆様はゆっくりと身体を休めてください」

「ちょっと待って、どうして侵攻が三ヵ月間ないってわかるの?」

「過去の記録ではそうなっておりますから。魔族は何度かに分けて各国に侵攻してきており、それぞれの侵攻には三ヵ月間の空白がある。襲撃してくる魔族は徐々に強くなっていくので、いっそう防備を固める必要があります」

「…………?」

 千花が眉をひそめる。
 どうして、敵はあえて戦力を小出しにしてくるのだろう。
 それに「徐々に強くなっていく」だなんて、まるでゲームのイベントではないか。

(時間が経つごとに魔王が力を取り戻して強化されるとか、そういう理屈かしら? でも、各国に同時に攻撃するんじゃなくて、一つずつ的を絞って戦いを仕掛けてきた方が戦力が集中できるんじゃ……)

 まるで最初から勝つ意思がないような戦い方。手を抜かれているような気がする。

「千花様?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ」

「いえ、説明を続けますね。あくまでも大規模な侵攻が三ヵ月間はないというだけで、嫌がらせのような小さな襲撃はあると思います。また、私達は防備を整えて襲撃を防ぎながら、逆侵攻して魔王を討つ方法を考えなくてはいけません。魔王を倒さない限り、いつまでも侵攻は続きますから」

「……もっともっと、強くならなくちゃいけないということね」

 脳裏に浮かんだ疑問をひとまずは棚上げして、千花は頷いた。
 魔族の侵攻に疑問はあったが……やるべきことは変わらない。
 この国を守り、魔王を倒す。そして……元の世界に戻る。それだけだった。

(ウータもきっと、この世界のどこかで戦っているはず。私達だけが足踏みをして待っているわけにはいかないわ!)

 千花は闘志に瞳を燃やして、決意を新たにする。

「ウフフ……」

 リフィナが愉快そうに双眸を細めて、自分のことを見つめていることに気がつかないまま。
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