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82.南雲竜哉は剣を振る
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そこは戦場だった。
無数の兵士が戦っており、鉄サビに似た血の匂いが充満している。
地面には幾人もの戦士の亡骸が転がっており、あちこちから怨嗟の苦悶の声が上がっていた。
そんな戦場の真ん中。
一人の人間と一匹の怪物がしのぎを削って激しい戦いを繰り広げている。
「ハアアアアアアアアアアアッ!」
「ギャアアアアアアアアアアッ!」
少年が剣を振るう。
十分な気合を載せた一撃が目の前の敵を両断する。
白く輝く閃光によって分かたれたのは、漆黒の肌をしたゴブリンの肉体である。
明らかな致命傷を受けた黒ゴブリンが地面に倒れて、苦しげに呻く。
「グッ……ウ……まさか、このオレが……」
「…………」
「魔王様に、ワレラガ魔族にエイコウ……アレ……」
地面に倒れたゴブリンは有り得ないことに、人間の言葉でそんなふうに言い残してから絶命した。
どこか物悲しい表情でそんな敵の骸を見下ろして、激戦を制した少年……南雲竜哉は長い長い息を吐いた。
「……ごめん」
謝罪をしたのは一つのけじめである。
場所はファーブニル王国。王都のすぐ近くにある平原。
竜哉の周囲には無数の死体が散乱していた。人間の物もあるが、大半は緑色の肌をした子供くらいの体躯の魔物……ゴブリンだった。
彼らは王都を襲撃しようとした魔族の軍勢である。
竜哉はファーブニル王国の兵士を率いて、勇者として魔族の軍勢を迎え撃っていた。
魔族というのは魔物が突然変異して生まれたものと言われている。
同族である魔物を統括する力を持っており、闇の女神の眷属として人間を含めた他種族に戦争を仕掛けている。
(これが戦争か……思ったよりも……)
「ウプッ……」
竜哉は急な吐き気に襲われて、胃からせり上がってきた物をぶちまける。
戦闘中はアドレナリンが出ていたからだろうか、無我夢中で耐えることができていたのだが……戦いが終わった今になって思い出したように嘔吐した。
「竜也、大丈夫!?」
「ち、千花……」
竜哉に呼びかけ、駆け寄ってきたのは幼馴染である北川千花だった。
「怪我はない? 魔族は倒したの?」
「あ、ああ……大丈夫だ。魔族も倒したよ」
竜哉が少し離れた場所に転がっている黒ゴブリンの方を示した。
「そう……やったのね。私達の勝利よ」
千花が戦場である平原を見回した。
指揮官である魔族を失ったことで、王都に攻め込もうとしていたゴブリンの大群は散り散りとなって逃げている。
ファーブニル王国の兵士達が逃げるゴブリンを追撃し、怪我人を収容しているのが見えた。
「そっか……終わったんだな……」
竜哉は深く溜息を吐く。
敵を倒した。勝利した……それなのに、竜哉の胸にあるのは達成感ではなく、徒労感や虚脱感というものである。
戦いに勝った喜びよりも、この手で命を殺めてしまったことへの罪の意識が勝っていた。
「胸を張りなさい。そんな情けない顔をしないの!」
今にも自殺しそうなほど暗い表情をしている竜哉に、千花が呆れた様子で眉を吊り上げた。
「私達は勝った。王都を攻め落とそうとしている魔物をやっつけて、大勢の人達を守ったのよ! 勇者である貴方がそんな顔をしていたら、死んでいった人達も報われないわ!」
「そう、だな……ごめん」
竜哉が両手で自分の頬を叩いて、喝を入れる。
今回の戦闘で何人もの兵士が死んだ。その中には顔見知りもいる。
彼らの犠牲によって勝利したというのに、生き残った自分が落ち込んでばかりはいられない。
「千花は強いな。俺と同じ立場だっていうのに……少しも堪えてないなんて」
千花のジョブは『剣聖』。竜哉の『勇者』がそうであるように、前線に出て戦うことを生業とする職業だった。
実際、今回の戦争では千花は積極的に前に出て、ゴブリンを剣で斬り伏せていた。
「別に強くなんてないわよ……そもそも、こうなることは覚悟しておいたはずでしょう?」
千花がツリ目がちな瞳で戦場を見回して、淡々と言う。
「この世界に召喚されて、勇者として戦うように求められて……それを了承した時から、こうやって敵と殺し合うことはわかっていたはず。覚悟を決める時間はたくさんあったじゃないの。美湖や和葉だって前線に出てはいないけれど、後ろで必死に戦っているわ」
「……そうだよな。覚悟がなかったのは俺だけか」
竜哉が肩を落として、しょんぼりとする。
竜哉だってわかっていたはず。だけど、千花ほどの覚悟はなかった。
勇者といういかにもファンタジーな職業に任じられたことで、ゲームやマンガの主人公にでもなった気でいたのかもしれない。
「……これからも、こんな戦いが続いていくんだよな。俺だって覚悟を決めないと」
「ええ、それでいいわ……だけど、今日はもう大丈夫よ」
改めて覚悟を固める竜哉に、千花が微笑んだ。
ほんの少しだけ成長した友人を称えるかのように。
「逃げるゴブリンへの追撃は兵士さんがやってくれるそうよ。後方に帰還するように将軍様が言っていたわ」
「わかった……帰ろう」
初戦に勝利したが……まだ魔族との戦いは始まったばかり。
課題は多く、道先は暗い。
それでも……竜哉は生きている。戦い続けなければいけない。
それが勇者となった竜哉の選択の結果。
他でもない、自分自身の意思で選び抜いた道なのだから。
無数の兵士が戦っており、鉄サビに似た血の匂いが充満している。
地面には幾人もの戦士の亡骸が転がっており、あちこちから怨嗟の苦悶の声が上がっていた。
そんな戦場の真ん中。
一人の人間と一匹の怪物がしのぎを削って激しい戦いを繰り広げている。
「ハアアアアアアアアアアアッ!」
「ギャアアアアアアアアアアッ!」
少年が剣を振るう。
十分な気合を載せた一撃が目の前の敵を両断する。
白く輝く閃光によって分かたれたのは、漆黒の肌をしたゴブリンの肉体である。
明らかな致命傷を受けた黒ゴブリンが地面に倒れて、苦しげに呻く。
「グッ……ウ……まさか、このオレが……」
「…………」
「魔王様に、ワレラガ魔族にエイコウ……アレ……」
地面に倒れたゴブリンは有り得ないことに、人間の言葉でそんなふうに言い残してから絶命した。
どこか物悲しい表情でそんな敵の骸を見下ろして、激戦を制した少年……南雲竜哉は長い長い息を吐いた。
「……ごめん」
謝罪をしたのは一つのけじめである。
場所はファーブニル王国。王都のすぐ近くにある平原。
竜哉の周囲には無数の死体が散乱していた。人間の物もあるが、大半は緑色の肌をした子供くらいの体躯の魔物……ゴブリンだった。
彼らは王都を襲撃しようとした魔族の軍勢である。
竜哉はファーブニル王国の兵士を率いて、勇者として魔族の軍勢を迎え撃っていた。
魔族というのは魔物が突然変異して生まれたものと言われている。
同族である魔物を統括する力を持っており、闇の女神の眷属として人間を含めた他種族に戦争を仕掛けている。
(これが戦争か……思ったよりも……)
「ウプッ……」
竜哉は急な吐き気に襲われて、胃からせり上がってきた物をぶちまける。
戦闘中はアドレナリンが出ていたからだろうか、無我夢中で耐えることができていたのだが……戦いが終わった今になって思い出したように嘔吐した。
「竜也、大丈夫!?」
「ち、千花……」
竜哉に呼びかけ、駆け寄ってきたのは幼馴染である北川千花だった。
「怪我はない? 魔族は倒したの?」
「あ、ああ……大丈夫だ。魔族も倒したよ」
竜哉が少し離れた場所に転がっている黒ゴブリンの方を示した。
「そう……やったのね。私達の勝利よ」
千花が戦場である平原を見回した。
指揮官である魔族を失ったことで、王都に攻め込もうとしていたゴブリンの大群は散り散りとなって逃げている。
ファーブニル王国の兵士達が逃げるゴブリンを追撃し、怪我人を収容しているのが見えた。
「そっか……終わったんだな……」
竜哉は深く溜息を吐く。
敵を倒した。勝利した……それなのに、竜哉の胸にあるのは達成感ではなく、徒労感や虚脱感というものである。
戦いに勝った喜びよりも、この手で命を殺めてしまったことへの罪の意識が勝っていた。
「胸を張りなさい。そんな情けない顔をしないの!」
今にも自殺しそうなほど暗い表情をしている竜哉に、千花が呆れた様子で眉を吊り上げた。
「私達は勝った。王都を攻め落とそうとしている魔物をやっつけて、大勢の人達を守ったのよ! 勇者である貴方がそんな顔をしていたら、死んでいった人達も報われないわ!」
「そう、だな……ごめん」
竜哉が両手で自分の頬を叩いて、喝を入れる。
今回の戦闘で何人もの兵士が死んだ。その中には顔見知りもいる。
彼らの犠牲によって勝利したというのに、生き残った自分が落ち込んでばかりはいられない。
「千花は強いな。俺と同じ立場だっていうのに……少しも堪えてないなんて」
千花のジョブは『剣聖』。竜哉の『勇者』がそうであるように、前線に出て戦うことを生業とする職業だった。
実際、今回の戦争では千花は積極的に前に出て、ゴブリンを剣で斬り伏せていた。
「別に強くなんてないわよ……そもそも、こうなることは覚悟しておいたはずでしょう?」
千花がツリ目がちな瞳で戦場を見回して、淡々と言う。
「この世界に召喚されて、勇者として戦うように求められて……それを了承した時から、こうやって敵と殺し合うことはわかっていたはず。覚悟を決める時間はたくさんあったじゃないの。美湖や和葉だって前線に出てはいないけれど、後ろで必死に戦っているわ」
「……そうだよな。覚悟がなかったのは俺だけか」
竜哉が肩を落として、しょんぼりとする。
竜哉だってわかっていたはず。だけど、千花ほどの覚悟はなかった。
勇者といういかにもファンタジーな職業に任じられたことで、ゲームやマンガの主人公にでもなった気でいたのかもしれない。
「……これからも、こんな戦いが続いていくんだよな。俺だって覚悟を決めないと」
「ええ、それでいいわ……だけど、今日はもう大丈夫よ」
改めて覚悟を固める竜哉に、千花が微笑んだ。
ほんの少しだけ成長した友人を称えるかのように。
「逃げるゴブリンへの追撃は兵士さんがやってくれるそうよ。後方に帰還するように将軍様が言っていたわ」
「わかった……帰ろう」
初戦に勝利したが……まだ魔族との戦いは始まったばかり。
課題は多く、道先は暗い。
それでも……竜哉は生きている。戦い続けなければいけない。
それが勇者となった竜哉の選択の結果。
他でもない、自分自身の意思で選び抜いた道なのだから。
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