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70.お説教をされたよ

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 ステラとグラスがシリアスな話をしているというのに、ウータは知らぬ存ぜぬで蝶を追いかけていた。
 普段は大人しくてウータに逆らうことのないステラも、これにはさすがにイラッとしたようである。
 ウータを捕まえて地面に体育座りさせて、目を吊り上げてお説教をする。

「ウータさん! 何をやってるんですか!?」

「いや、なんかすごい綺麗な蝶がいたから……」

「そんなことをしている場合じゃないでしょう!? この町が滅びるかどうかという話をしているんですよ!」

 人が生きるか死ぬか、町が滅びるかどうかという状況だというのに、いったい何をしているのだろう。
 有用な意見を述べろとは言わないまでも、もっと然るべき態度があるのではないか。

「ウータさんがマイペースであることはよくわかっています。それでも、最低限に時と場合を選ぶ時だと思うんですよ。話の内容がわからなくても、私達が真剣な話をしていることは雰囲気でわかりますよね? だったら、神妙な顔で黙って立っていることくらいできないんですか?」

「えっと……ごめんなさい」

 ウータがシュンとした様子で肩を落とす。
 珍しく落ち込んだ様子のウータを見て、ステラもやれやれと首を振った。

「わかってくれたら良いです……私もちょっと言い過ぎたかもしれません。そのことについてはごめんなさい」

「いや……今のは僕が悪かったよ。ごめんね」

「いえいえ、私の方こそごめんなさい」

「いやいやいや」

「いえいえいえいえいえ」

「……君達は本当に仲が良いんだな」

 謝罪しあっている二人を見て、グラスがポツリと言う。
 呆れたような、微笑ましそうな、それでいて懐かしそうな……何とも言えない表情で。

「……私にも昔、仲の良い幼馴染がいたんだ。男の子だったんだけど、関係なかった。毎日のように一緒に遊んだ」

 グラスが櫓の上に腰かけて、遠い目を海の方に向ける。

「だけど、あの子は死んだ。父親と一緒に漁に出たところで、魔物に襲われて船が沈んでしまったんだ。マーマンが海で死ぬなんておかしな話だと思わないかい?」

「それは……」

「あの資料にそのことも書いてあったよ。海生マーマンは『海捌』の際に大侵攻で一気に私達を殺すが、それ以外にも不定期に魔物を嗾けて殺すことがあると。来たるべき大侵攻までの間のガス抜きというわけさ」

「それじゃあ、その幼馴染の人も……」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……いったい、どうなんだろうね。もう何を信じて良いか分からなくなってしまったよ」

「…………」

 ステラが沈痛な面持ちで黙り込む。

「わっ」

 一方で、ウータはまた蝶の方に気を取られていた。
 先ほど怒られたばかりなので、追いかけることはなかったが。

「もしも『海捌』によって死んだら、あの子に会えるかもしれないね……」

「……グラスさん」

「すまないね。湿っぽいことを言ってしまった。これじゃあ、話の内容までマーマンじゃないか」

「…………」

 笑えないジョークであるが、マーマン族にはウケるのだろうか?

「……これで私の話は終わりだ。悪いことは言わないから、早くこの町を出なさい。今夜零時、日付が変わると同時に儀式が行われて、『海捌』が始まってしまうからね。津波に巻き込まれないように少しでも高い場所に逃げるんだ」

「……お気遣い、ありがとうございます」

 ステラが頭を下げた。
 実際に街から逃げるかどうかは別として、厚意は素直に受け取っておいた方が良いと思ったのだ。

「失礼します……行きましょう、ウータさん」

「え? 蝶を追いかけに?」

「……好きにしてください」

「わあい、じゃあ行ってくるねー」

 ウータが蝶を追いかけて、高台を下る道に走っていった。
 溜息を吐いて後に続くステラであったが、彼女の背中にグラスが声をかける。

「あれは『深海蝶』と呼ばれる蝶だ。あまり縁起の良い虫ではないよ」

「そうなんですか?」

「ああ……津波や大嵐などの災害の前に群れを成して現れるという伝承がある。迷信だと思うけどね」

「…………」

 街が滅びるかもしれないこの状況では、ただの迷信だと切って捨てられない情報である。
 ステラは蝶を追いかけて駆けていくウータを見失わないよう、小走りになって坂道を駆け下りていくのだった。
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