37 / 116
連載
70.お説教をされたよ
しおりを挟む
ステラとグラスがシリアスな話をしているというのに、ウータは知らぬ存ぜぬで蝶を追いかけていた。
普段は大人しくてウータに逆らうことのないステラも、これにはさすがにイラッとしたようである。
ウータを捕まえて地面に体育座りさせて、目を吊り上げてお説教をする。
「ウータさん! 何をやってるんですか!?」
「いや、なんかすごい綺麗な蝶がいたから……」
「そんなことをしている場合じゃないでしょう!? この町が滅びるかどうかという話をしているんですよ!」
人が生きるか死ぬか、町が滅びるかどうかという状況だというのに、いったい何をしているのだろう。
有用な意見を述べろとは言わないまでも、もっと然るべき態度があるのではないか。
「ウータさんがマイペースであることはよくわかっています。それでも、最低限に時と場合を選ぶ時だと思うんですよ。話の内容がわからなくても、私達が真剣な話をしていることは雰囲気でわかりますよね? だったら、神妙な顔で黙って立っていることくらいできないんですか?」
「えっと……ごめんなさい」
ウータがシュンとした様子で肩を落とす。
珍しく落ち込んだ様子のウータを見て、ステラもやれやれと首を振った。
「わかってくれたら良いです……私もちょっと言い過ぎたかもしれません。そのことについてはごめんなさい」
「いや……今のは僕が悪かったよ。ごめんね」
「いえいえ、私の方こそごめんなさい」
「いやいやいや」
「いえいえいえいえいえ」
「……君達は本当に仲が良いんだな」
謝罪しあっている二人を見て、グラスがポツリと言う。
呆れたような、微笑ましそうな、それでいて懐かしそうな……何とも言えない表情で。
「……私にも昔、仲の良い幼馴染がいたんだ。男の子だったんだけど、関係なかった。毎日のように一緒に遊んだ」
グラスが櫓の上に腰かけて、遠い目を海の方に向ける。
「だけど、あの子は死んだ。父親と一緒に漁に出たところで、魔物に襲われて船が沈んでしまったんだ。マーマンが海で死ぬなんておかしな話だと思わないかい?」
「それは……」
「あの資料にそのことも書いてあったよ。海生マーマンは『海捌』の際に大侵攻で一気に私達を殺すが、それ以外にも不定期に魔物を嗾けて殺すことがあると。来たるべき大侵攻までの間のガス抜きというわけさ」
「それじゃあ、その幼馴染の人も……」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……いったい、どうなんだろうね。もう何を信じて良いか分からなくなってしまったよ」
「…………」
ステラが沈痛な面持ちで黙り込む。
「わっ」
一方で、ウータはまた蝶の方に気を取られていた。
先ほど怒られたばかりなので、追いかけることはなかったが。
「もしも『海捌』によって死んだら、あの子に会えるかもしれないね……」
「……グラスさん」
「すまないね。湿っぽいことを言ってしまった。これじゃあ、話の内容までマーマンじゃないか」
「…………」
笑えないジョークであるが、マーマン族にはウケるのだろうか?
「……これで私の話は終わりだ。悪いことは言わないから、早くこの町を出なさい。今夜零時、日付が変わると同時に儀式が行われて、『海捌』が始まってしまうからね。津波に巻き込まれないように少しでも高い場所に逃げるんだ」
「……お気遣い、ありがとうございます」
ステラが頭を下げた。
実際に街から逃げるかどうかは別として、厚意は素直に受け取っておいた方が良いと思ったのだ。
「失礼します……行きましょう、ウータさん」
「え? 蝶を追いかけに?」
「……好きにしてください」
「わあい、じゃあ行ってくるねー」
ウータが蝶を追いかけて、高台を下る道に走っていった。
溜息を吐いて後に続くステラであったが、彼女の背中にグラスが声をかける。
「あれは『深海蝶』と呼ばれる蝶だ。あまり縁起の良い虫ではないよ」
「そうなんですか?」
「ああ……津波や大嵐などの災害の前に群れを成して現れるという伝承がある。迷信だと思うけどね」
「…………」
街が滅びるかもしれないこの状況では、ただの迷信だと切って捨てられない情報である。
ステラは蝶を追いかけて駆けていくウータを見失わないよう、小走りになって坂道を駆け下りていくのだった。
普段は大人しくてウータに逆らうことのないステラも、これにはさすがにイラッとしたようである。
ウータを捕まえて地面に体育座りさせて、目を吊り上げてお説教をする。
「ウータさん! 何をやってるんですか!?」
「いや、なんかすごい綺麗な蝶がいたから……」
「そんなことをしている場合じゃないでしょう!? この町が滅びるかどうかという話をしているんですよ!」
人が生きるか死ぬか、町が滅びるかどうかという状況だというのに、いったい何をしているのだろう。
有用な意見を述べろとは言わないまでも、もっと然るべき態度があるのではないか。
「ウータさんがマイペースであることはよくわかっています。それでも、最低限に時と場合を選ぶ時だと思うんですよ。話の内容がわからなくても、私達が真剣な話をしていることは雰囲気でわかりますよね? だったら、神妙な顔で黙って立っていることくらいできないんですか?」
「えっと……ごめんなさい」
ウータがシュンとした様子で肩を落とす。
珍しく落ち込んだ様子のウータを見て、ステラもやれやれと首を振った。
「わかってくれたら良いです……私もちょっと言い過ぎたかもしれません。そのことについてはごめんなさい」
「いや……今のは僕が悪かったよ。ごめんね」
「いえいえ、私の方こそごめんなさい」
「いやいやいや」
「いえいえいえいえいえ」
「……君達は本当に仲が良いんだな」
謝罪しあっている二人を見て、グラスがポツリと言う。
呆れたような、微笑ましそうな、それでいて懐かしそうな……何とも言えない表情で。
「……私にも昔、仲の良い幼馴染がいたんだ。男の子だったんだけど、関係なかった。毎日のように一緒に遊んだ」
グラスが櫓の上に腰かけて、遠い目を海の方に向ける。
「だけど、あの子は死んだ。父親と一緒に漁に出たところで、魔物に襲われて船が沈んでしまったんだ。マーマンが海で死ぬなんておかしな話だと思わないかい?」
「それは……」
「あの資料にそのことも書いてあったよ。海生マーマンは『海捌』の際に大侵攻で一気に私達を殺すが、それ以外にも不定期に魔物を嗾けて殺すことがあると。来たるべき大侵攻までの間のガス抜きというわけさ」
「それじゃあ、その幼馴染の人も……」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……いったい、どうなんだろうね。もう何を信じて良いか分からなくなってしまったよ」
「…………」
ステラが沈痛な面持ちで黙り込む。
「わっ」
一方で、ウータはまた蝶の方に気を取られていた。
先ほど怒られたばかりなので、追いかけることはなかったが。
「もしも『海捌』によって死んだら、あの子に会えるかもしれないね……」
「……グラスさん」
「すまないね。湿っぽいことを言ってしまった。これじゃあ、話の内容までマーマンじゃないか」
「…………」
笑えないジョークであるが、マーマン族にはウケるのだろうか?
「……これで私の話は終わりだ。悪いことは言わないから、早くこの町を出なさい。今夜零時、日付が変わると同時に儀式が行われて、『海捌』が始まってしまうからね。津波に巻き込まれないように少しでも高い場所に逃げるんだ」
「……お気遣い、ありがとうございます」
ステラが頭を下げた。
実際に街から逃げるかどうかは別として、厚意は素直に受け取っておいた方が良いと思ったのだ。
「失礼します……行きましょう、ウータさん」
「え? 蝶を追いかけに?」
「……好きにしてください」
「わあい、じゃあ行ってくるねー」
ウータが蝶を追いかけて、高台を下る道に走っていった。
溜息を吐いて後に続くステラであったが、彼女の背中にグラスが声をかける。
「あれは『深海蝶』と呼ばれる蝶だ。あまり縁起の良い虫ではないよ」
「そうなんですか?」
「ああ……津波や大嵐などの災害の前に群れを成して現れるという伝承がある。迷信だと思うけどね」
「…………」
街が滅びるかもしれないこの状況では、ただの迷信だと切って捨てられない情報である。
ステラは蝶を追いかけて駆けていくウータを見失わないよう、小走りになって坂道を駆け下りていくのだった。
177
お気に入りに追加
1,193
あなたにおすすめの小説
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。
下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。
豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。