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69.シリアスな話をしているよ
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その女性は木で組まれた櫓の上に立っていた。
マーマン族特有の青白い肌、耳にはエラのようなものがついており、青みがかった柔らかそうな髪が潮風に吹かれて揺れている。
この町の領主の娘……グラスだった。
グラスはどこか憂いのある瞳で、高台に組まれた櫓から町を見下ろしている。
「グーお姉さん、こんにちは」
「グラス様……」
「え……?」
ウータとステラが櫓の階段を上っていき、グラスに声をかけた。
グラスが振り返って、驚きに目を見開いた。
「君達……どうして、まだ町にいるんだい!? この町から避難するようにと言ったじゃないか!」
「僕達が了解した覚えはないよー。まだお祭りを楽しんでいないのに、簡単に出てはいけないかなー?」
「そんなことを言っている場合じゃないだろう……命がかかっているかもしれないんだよ!?」
グラスが必死の形相で言ってきた。
ウータが困ったように首を傾げて、「えー……」と助けを求めるようにステラの方を見やる。
「グラス様、貴女は女神マリンが陸に生きているマーマンを裏切っているという話を信じていないのではなかったはずですよね?」
「それは……」
「それなのに、今は女神マリンが攻めてくると信じているように見えます。どうしてですか?」
「…………」
ステラが問うと、グラスが痛いところを突かれたように視線を逸らす。
「……君達が持ってきた資料を読ませてもらった。アレを書いたのは私の祖先だった」
「祖先……?」
「ああ」
グラスが頷いて、抑揚のない声で話し始めた。
「あの手記によると、かつて女神マリンと海生マーマンの侵攻……『海捌』と呼ばれる事象によって、この町にいた陸生マーマンは絶滅した。しかし、生き残った一部の人間は後世の陸生マーマンのために、女神マリンの裏切りについて記したらしい。それがあの資料さ。君達が教えてくれたように……私達、陸生マーマンは海生マーマンに狩られて、喰われ、肥やしとなるために生み出されたようだね」
グラスが櫓の上から、悔しそうに海を睨みつけた。
「私達は殺されるために生きている。女神マリンは私達のことなんて愛してはいなかった。彼女の寵愛は海の底に住んでいる海生マーマンにだけ向けられているんだ。この祭りによって、再び、この地に生きている者達は殺し尽くされることだろう」
「その……この地を去り、女神マリンから離れて生きることはできないんですか?」
ステラが控えめに訊ねると、グラスがゆっくりと首を振った。
「それは無理だよ。私達、陸生マーマンは海で生きられないくせに『海の民』なんだ。海から離れた場所に行くと、徐々に衰弱して死んでしまうから」
「それって、もしかして……」
ステラが息を呑む。
海から離れられない。女神マリンの目の届く範囲から逃れられない。
まるで家畜小屋の獣を柵で囲っておくような処置である。
「最初から、私達は狩りの獲物だったのだろうね。柵の中で繁殖させて、狩る……ただそれだけのために生み出された存在なんだよ」
「…………」
「許可なく町を出て、別の海沿いでひっそりと暮らそうとした陸生マーマンもいたようだが……すぐに海生マーマンによって狩りだされ、命を落としたようだ。神殿の隠し部屋に資料を隠しておいたのも、女神マリンの目から逃れるためだったのだろう」
「その資料のこと、領主様には話したんですか……?」
ステラが訊ねた。
それはすでに答えのわかっている問いだったが。
「もちろん。ただ……信じてはもらえなかったな。予定通り、祭りは実行される」
「そんな……それじゃあ、この町は……」
「祭りでは私が海に向かって祝詞を唱えることになっている。すると、この町を結界が覆って、女神マリンとその眷属以外は出入りすることができなくなってしまうんだ。狩りの始まり……津波と一緒に海生マーマンと海の魔物が押し寄せてきて、この町は壊滅するだろう」
「…………」
悲痛な表情を浮かべるグラスに、ステラもまた凍りついたように言葉を失う。
「この町の人間はまだ女神マリンを信じているようなんだ……自分達に安息の地を与えてくれた慈悲深き女神だってね。だから、たぶん誰も逃げない。それが破滅に繋がっていると知らされたとしてもね……」
「グラスさん……」
「だから、君達は逃げなさい。私達は海からは逃れられない種族だ。海を司る女神が『死ね』と言っているのならば、そうするしかない。でも……君達は違う。どこにだって行くことができるだろう?」
グラスが笑った。
死を決意した人の笑み。美しいが、泡となって消えてしまいそうなほど儚い笑顔である。
グラスはすでに生きることを放棄していた。
どんな悲劇的な結末になったとしても、明日の祭りで起こることを肯定することだろう。
「あの……どうしましょうか、ウータさん……あれ、ウータさん?」
グラスにつられたように悲しい顔になったステラがウータの方を窺うが……そこにウータの姿はなかった。
いつからそこにいなかったのだろ……ウータはいつの間にか消えていた。
「ウータさん? ウータさん!」
ステラがキョロキョロとウータのことを探すと……櫓の下、少し離れた場所にウータはいた。
「あはははは、待て待てー」
ステラとグラスが真剣に話をしているのを尻目に、ウータは珍しい蝶を追いかけ回していたのである。
マーマン族特有の青白い肌、耳にはエラのようなものがついており、青みがかった柔らかそうな髪が潮風に吹かれて揺れている。
この町の領主の娘……グラスだった。
グラスはどこか憂いのある瞳で、高台に組まれた櫓から町を見下ろしている。
「グーお姉さん、こんにちは」
「グラス様……」
「え……?」
ウータとステラが櫓の階段を上っていき、グラスに声をかけた。
グラスが振り返って、驚きに目を見開いた。
「君達……どうして、まだ町にいるんだい!? この町から避難するようにと言ったじゃないか!」
「僕達が了解した覚えはないよー。まだお祭りを楽しんでいないのに、簡単に出てはいけないかなー?」
「そんなことを言っている場合じゃないだろう……命がかかっているかもしれないんだよ!?」
グラスが必死の形相で言ってきた。
ウータが困ったように首を傾げて、「えー……」と助けを求めるようにステラの方を見やる。
「グラス様、貴女は女神マリンが陸に生きているマーマンを裏切っているという話を信じていないのではなかったはずですよね?」
「それは……」
「それなのに、今は女神マリンが攻めてくると信じているように見えます。どうしてですか?」
「…………」
ステラが問うと、グラスが痛いところを突かれたように視線を逸らす。
「……君達が持ってきた資料を読ませてもらった。アレを書いたのは私の祖先だった」
「祖先……?」
「ああ」
グラスが頷いて、抑揚のない声で話し始めた。
「あの手記によると、かつて女神マリンと海生マーマンの侵攻……『海捌』と呼ばれる事象によって、この町にいた陸生マーマンは絶滅した。しかし、生き残った一部の人間は後世の陸生マーマンのために、女神マリンの裏切りについて記したらしい。それがあの資料さ。君達が教えてくれたように……私達、陸生マーマンは海生マーマンに狩られて、喰われ、肥やしとなるために生み出されたようだね」
グラスが櫓の上から、悔しそうに海を睨みつけた。
「私達は殺されるために生きている。女神マリンは私達のことなんて愛してはいなかった。彼女の寵愛は海の底に住んでいる海生マーマンにだけ向けられているんだ。この祭りによって、再び、この地に生きている者達は殺し尽くされることだろう」
「その……この地を去り、女神マリンから離れて生きることはできないんですか?」
ステラが控えめに訊ねると、グラスがゆっくりと首を振った。
「それは無理だよ。私達、陸生マーマンは海で生きられないくせに『海の民』なんだ。海から離れた場所に行くと、徐々に衰弱して死んでしまうから」
「それって、もしかして……」
ステラが息を呑む。
海から離れられない。女神マリンの目の届く範囲から逃れられない。
まるで家畜小屋の獣を柵で囲っておくような処置である。
「最初から、私達は狩りの獲物だったのだろうね。柵の中で繁殖させて、狩る……ただそれだけのために生み出された存在なんだよ」
「…………」
「許可なく町を出て、別の海沿いでひっそりと暮らそうとした陸生マーマンもいたようだが……すぐに海生マーマンによって狩りだされ、命を落としたようだ。神殿の隠し部屋に資料を隠しておいたのも、女神マリンの目から逃れるためだったのだろう」
「その資料のこと、領主様には話したんですか……?」
ステラが訊ねた。
それはすでに答えのわかっている問いだったが。
「もちろん。ただ……信じてはもらえなかったな。予定通り、祭りは実行される」
「そんな……それじゃあ、この町は……」
「祭りでは私が海に向かって祝詞を唱えることになっている。すると、この町を結界が覆って、女神マリンとその眷属以外は出入りすることができなくなってしまうんだ。狩りの始まり……津波と一緒に海生マーマンと海の魔物が押し寄せてきて、この町は壊滅するだろう」
「…………」
悲痛な表情を浮かべるグラスに、ステラもまた凍りついたように言葉を失う。
「この町の人間はまだ女神マリンを信じているようなんだ……自分達に安息の地を与えてくれた慈悲深き女神だってね。だから、たぶん誰も逃げない。それが破滅に繋がっていると知らされたとしてもね……」
「グラスさん……」
「だから、君達は逃げなさい。私達は海からは逃れられない種族だ。海を司る女神が『死ね』と言っているのならば、そうするしかない。でも……君達は違う。どこにだって行くことができるだろう?」
グラスが笑った。
死を決意した人の笑み。美しいが、泡となって消えてしまいそうなほど儚い笑顔である。
グラスはすでに生きることを放棄していた。
どんな悲劇的な結末になったとしても、明日の祭りで起こることを肯定することだろう。
「あの……どうしましょうか、ウータさん……あれ、ウータさん?」
グラスにつられたように悲しい顔になったステラがウータの方を窺うが……そこにウータの姿はなかった。
いつからそこにいなかったのだろ……ウータはいつの間にか消えていた。
「ウータさん? ウータさん!」
ステラがキョロキョロとウータのことを探すと……櫓の下、少し離れた場所にウータはいた。
「あはははは、待て待てー」
ステラとグラスが真剣に話をしているのを尻目に、ウータは珍しい蝶を追いかけ回していたのである。
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