上 下
65 / 118

65.魚のお姉さんに会いにいくよ

しおりを挟む
 宿屋を出たウータとステラは坂を上っていき、町の高台にある領主の屋敷に向かっていった。

「グーお姉さんはいるかな?」

「……誰だ、お前は」

 屋敷の前に立っている兵士にウータが話しかける。
 二人いた警備の兵士は怪訝そうな表情をして、不審者を見るような目をウータに向けた。

「あ、すみません! 私達、グラス様にお会いしたいんですけど……!」

 ステラが慌てて、ウータと兵士の間に割って入る。

「えっと……四日ほど前に町に出た魔物を倒した者です。その魔物について大事な話があって、報告に来たんですけど……」

「あー……そういえば、外から来た人間が魔物を退治したって報告があったな。ちょっと確認してくるから待ってな」

 警備の兵士の一人が屋敷に入っていき、しばらくすると戻ってくる。

「グラスお嬢様が会ってくれるそうだ。祭りの準備で忙しくしているから、あまり長居をしないようにな」

「わかりました。ありがとうございます」

 兵士が扉を開けてくれた。
 ウータとステラが門をくぐって、屋敷の方に向かっていく。
 玄関を開いてエントランスホールに入ると……そこには艶やかな衣装をまとった女性が立っていた。

「ああ、貴方達。よく来てくれたね」

「わっ……綺麗……」

 ステラが思わずといったふうにつぶやいた。
 現れた女性は領主の娘であるグラス・アクエリアである。
 グラスは薄手の水色のドレスを身にまとっており、ドレスの裾は貝殻やサンゴによって飾り付けられていた。
 透明感のある清楚なドレスは青白い肌のグラスに良く似合っており、派手さはないが不思議と目を引き付けられる魅力がある。

「ありがとう、嬉しいよ……ちょうど今、祭りで着る巫女役の衣装を試着していたんだ。誰かに見てもらいたいと思っていたんだ」

「とてもお似合いです……」

「うんうん、似合っているよ。お姉さん」

 ステラとウータが率直な感想を述べると、グラスが嬉しそうにはにかんだ。

「お世辞でも嬉しいよ。それで……今日は何の用かな? 怪物について話したいことがあると聞いたのだけど……」

「えっと……」

 ステラがウータの顔を確認すると、ウータはグラスが着ているドレスについた貝殻がきになるようで、巻貝のクルクルをしきりに見つめている。
 どうやら、話す内容についてはステラに一任されているようだ。
 ステラは持ってきた古文書を数冊差し出して、口を開いた。

「えっと……こちらの古文書をたまたま手に入れまして、気になっている記述があったので持ってきたんですけど……」

 ステラが古文書を解読した内容について説明した。
 最初は穏やかな表情で話を聞いていたグラスであったが、話が進むにつれて顔つきが険しくなっていく。
 最終的に、祭り当日に女神マリンが半魚人を率いて襲いにくるという話を聞いて、グラスが震える唇でつぶやいた。

「……ありえない」

 青白い肌をさらに白くして、かぶりを振った。

「女神マリンは私達マーマンの創造主だ。救いの手を差し伸べてくれる存在であり、マーマンでありながら海の底で生きることができない私達に、この町を安住の地として与えてくれた御方……そんな女神マリンが私達を殺そうとするはずなんてない……」

「……信じられないのは無理もないと思います。ただ、この本にはそんなふうに書いてありました」

「……その本はどこで入手したんだい?」

「神殿の……その、隠された地下室で」

 正直に話した方が信用してもらえると思ったのだろう。
 ステラはこの古文書を発見した時の経緯について、説明した。

「神殿の地下……隠し部屋……」

「……もしかして、心当たりがあるんですか?」

「ない……いや、あるというべきか……」

「…………?」

 ステラが首を傾げると、グラスが途方に暮れた様子で椅子に腰かける。

「……実を言うと、この町は過去に滅亡したことがあるんだ。詳しい記録が残っていないので正確な年代はわからないが、津波に飲み込まれたと聞いている」

「津波……ですか?」

「ああ。マーマンは海の民だ。私達のような陸生マーマンは海底で生活することこそできないが、人間よりもずっと泳ぎが上手くて、短い間であれば海中で呼吸もできる。津波だけならば町が滅びるほどの打撃を受けることはないのだが、同時に海に棲む魔物が押し寄せてきたらしい」

「…………」

 それは古文書に記載されている内容とほぼ同じである。
 抜けているのは、女神マリンと海生マーマンの侵略について。

「現在、町に住んでいる者達は町が滅んでから移住してきた者の子孫なんだ。移住してきてから長い時間をかけて現在の人口まで増えたんだが……移住してきた当初は百人ほどしかいなかったらしい」

「こちらの古文書と一緒に置かれていた手記には、女神マリンは過去に何度も『それ』を繰り返しているそうです。町に陸生マーマンを住ませて繁殖させて、十分に数が増えたら津波を起こして襲撃して滅ぼす。また移住させて、数が増えたら滅ぼす。そうやって海生マーマンの敵意と破壊衝動を満たさせていたのだと」

「…………」

「海生マーマンは人間や陸生マーマンを食べることにより、肉体が強化されるとも書かれていました。現在、魔王が現れて魔族との戦いが起ころうとしています。このタイミングで事を起こそうとしているということは、魔王との戦いのために……」

「もういい、わかった……」

 グラスが首を振って、話を打ち切った。

「……君達の言いたいことは理解した。だけど、やっぱり私には信じられない」

「…………」

「信じられないが……それでも、君から聞いた話については領主である父に話してみよう。その古文書についてもこちらで調べさせて欲しい。預かっても構わないだろうか?」

「ええ、もちろん」

 ステラが古文書を差し出した。
 グラスが受け取って、テーブルの上に置く。

「……この古文書に書かれていたという話がどこまで正しいのかはわからないが、君達はすぐに町を出た方がいい。万が一ということがあるからね」

 グラスがフラフラと立ち上がって、少し離れた場所にあるデスクまで歩いていく。
 引き出しを開けて、小さな袋を取り出してステラに握らせる。

「少ないが、色々と話をしてくれた謝礼だよ。そのお金があれば馬車を雇って、隣国まで移動することができるだろう。気をつけてね」

「グラスさん……」

「……もしもこの古文書の内容が真実であったとしても、私はここを離れるつもりはない。この町以外で生きていく方法を知らないから」

 グラスが笑った。
 どこか悲しくなるような暗い笑顔である。

「それじゃあ、また……今度は祭りが終わった後にでも遊びに来てくれ。きっとまた会えるはずだから……」

 ウータとステラは話を終えて、屋敷を出た。
 グラスが……領主や町の住民がどんな決断をするのか、全ての決断は二人の手を離れたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスで馬鹿にされてた俺、実は最強の暗殺者、異世界で見事に無双してしまう~今更命乞いしても遅い、虐められてたのはただのフリだったんだからな~

空地大乃
ファンタジー
「殺すと決めたら殺す。容赦なく殺す」 クラスで酷いいじめを受けていた猟牙はある日クラスメート共々異世界に召喚されてしまう。異世界の姫に助けを求められクラスメート達に特別なスキルが与えられる中、猟牙にはスキルが一切なく、無能として召喚した姫や王からも蔑まされクラスメートから馬鹿にされる。 しかし実は猟牙には暗殺者としての力が隠されており次々とクラスメートをその手にかけていく。猟牙の強さを知り命乞いすらしてくる生徒にも一切耳を傾けることなく首を刎ね、心臓を握り潰し、頭を砕きついには召喚した姫や王も含め殺し尽くし全てが終わり血の海が広がる中で猟牙は考える。 「そうだ普通に生きていこう」と――だが猟牙がやってきた異世界は過酷な世界でもあった。Fランク冒険者が行う薬草採取ですら命がけな程であり冒険者として10年生きられる物が一割もいないほど、な筈なのだが猟牙の暗殺者の力は凄まじく周りと驚かせることになり猟牙の望む普通の暮らしは別な意味で輝かしいものになっていく――

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

神滅の翼カイルダイン

冴吹稔
ファンタジー
 二つの太陽が輝く空の下。  拳法使いの修道僧に憑依して異世界クィル=ヤスに放り出された大学生・准(じゅん)は、廃墟に眠っていた太古の巨大ロボット『カイルダイン』と出会い、その「佩用者」となる。  身長30メートル大の巨人ロボット「護令械(ルーティンブラス)」が闊歩するこの世界は、邪神の脅威と妖魔軍の侵攻にさらされ、無力な民衆が苦難にあえぐ焦熱の大地だ。  周りに次々と集う三人の美少女たちとともに、大陸を覆う戦乱の渦中で繰り広げる冒険の旅。カイルダインの鉄拳が邪悪を撃つ!

全裸追放から始まる成り上がり生活!〜育ててくれた貴族パーティーから追放されたので、前世の記憶を使ってイージーモードの生活を送ります〜

仁徳
ファンタジー
テオ・ローゼは、捨て子だった。しかし、イルムガルト率いる貴族パーティーが彼を拾い、大事に育ててくれた。 テオが十七歳になったその日、彼は鑑定士からユニークスキルが【前世の記憶】と言われ、それがどんな効果を齎すのかが分からなかったイルムガルトは、テオをパーティーから追放すると宣言する。 イルムガルトが捨て子のテオをここまで育てた理由、それは占い師の予言でテオは優秀な人間となるからと言われたからだ。 イルムガルトはテオのユニークスキルを無能だと烙印を押した。しかし、これまでの彼のユニークスキルは、助言と言う形で常に発動していたのだ。 それに気付かないイルムガルトは、テオの身包みを剥いで素っ裸で外に放り出す。 何も身に付けていないテオは町にいられないと思い、町を出て暗闇の中を彷徨う。そんな時、モンスターに襲われてテオは見知らぬ女性に助けられた。 捨てる神あれば拾う神あり。テオは助けてくれた女性、ルナとパーティーを組み、新たな人生を歩む。 一方、貴族パーティーはこれまであったテオの助言を失ったことで、効率良く動くことができずに失敗を繰り返し、没落の道を辿って行く。 これは、ユニークスキルが無能だと判断されたテオが新たな人生を歩み、前世の記憶を生かして幸せになって行く物語。

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

聖女は断罪する

あくの
ファンタジー
 伯爵家長女、レイラ・ドゥエスタンは魔法の授業で光属性の魔力を持つことがわかる。実家へ知らせないでと食い下がるレイラだが…… ※ 基本は毎日更新ですが20日までは不定期更新となります

異世界は理不尽です ~転生して男の娘なった俺は拷問を受けたので闇に堕ちました~

もくめねたに
ファンタジー
とある青年は溜息混じりに大学の入試試験へ向かっていた。    憂鬱に見舞われながら信号待ちをしていた彼は"何者"かに背中を押された。  背中に残る手のひらの感覚。  これは過失ではなく故意だ、そう思ったときには既に遅かった。  ――そして、死んだ。いや、殺された。  前世での記憶をそのままに世界を渡り、まるで美少女のような容姿の少年へ受肉した。  これから生きていく事になるのは、魔物が蔓延る剣と魔術の異世界。    平和に過ごしたかった新しい生活。  だがそれは、叶わない。  言われようのない暴力、嫉妬、裏切り。  世界が変わらないのならば、自分が変わるしかない。    この世界は汚く、醜く、理不尽だ。  異世界を恨み始める彼は一体何を成すのか。  その瞳に鈍く宿る光は──破壊か、救いか。     彼の冒険譚が今、始まる。 ----------------------------- 小説家になろう様でも掲載中です!

処理中です...