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64.古文書、解読できたってよ

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 フィッシュブルクの町に来て五日目。祭りの開催まであと二日となった。
 今日もどこかに出かけようと思っていたウータであったが、朝からステラが目の下にクマを作って話しかけてきた。

「か、解読が終わりました……」

「あ、終わったんだ」

 もしかして、夜遅くまで解読していたのだろうか。
 ウータがフラフラとしているステラの顔を心配そうに覗き込む。

「顔色、悪いね。寝不足なんじゃないの?」

「は、はい……いえ、ちょっとだけ夜更かしをしてしまいまして。体調は全然大丈夫ですから、気にしないでください……」

「あんまり大丈夫に見えないんだけどね。無理はしない方が良いよ?」

 ウータなど、昨晩は八時間は寝ている。
 隣でゴソゴソとステラが何かをしていたのは気づいていたが、いったい何時までやっていたのだろう。

「気にしないでください……それよりも、大変なことがわかりました」

 ステラは「フウ……」と息継ぎをしてから、その大変なこととやらを話し始めた。

「この町はじきに海の中に沈みます。明後日の祭りの日に」

「え、そうなの?」

 ウータが驚いて瞬きを繰り返した。
 確かに、沿岸部にある町だ。津波などがきたら大変だろうなとは思っていた。

「古文書に天気予報でも書いてあったのかな? 津波警報みたいな?」

「そもそも、この町にいるマーマンはマーマンとして認められていないんですよ。女神マリンにとって」

 ステラは話し始めた。
 この町の……マーマンという種族の歴史について。

 そもそも、マーマンという種族は女神マリンが人間と魚を混ぜ合わせて生み出したものである。
 彼らは最初、全てが海の中で生活をしていた。
 しかし、海の底で数が増え、町が増えるごとにマーマン同士で争いが起こるようになり、殺し合いが勃発した。

 心優しい女神マリンは自分の配下の種族が殺し合っていることに心を痛めて、どうしたら争いを止められるか父神である闇の女神に相談をした。

『共通の敵を作れば、争いは止められるだろう。マーマンにとって差別できる存在、敵意を向けることができる存在を生み出すといい』

 闇の女神の助言に従って、女神マリンはマーマンでありながら海に棲むことができない者達を生み出した。
 それが陸生マーマン。
 海生マーマンにとっての差別の対象であり、共通の敵意を向けさせるためのスケープゴート。
 女神マリンは数百年に一度、地上に繁殖させた陸生マーマンをハンティングさせることによって、海生マーマンの敵意や戦闘意欲を別の場所に移すことにしたのだ。

「シーリザードの襲撃はその前触れです。彼らは来たるべき狩猟解禁日……祭りの日の前にシーリザードを町に放つことで戦えるマーマンの数を減らして、戦力を削っているのです」

「…………」

「祭りの当日、この町は海に沈みます。そして、女神マリンに率いられた海生マーマンが押し寄せてきて、『人狩り』の祭典が開かれるのです」

「…………なるほどね、よくわかったよ」

 ウータはステラの話を神妙な面持ちで聞いていたが、やがてしっかりと頷いた。

「要するに……女神マリンが何かこう、すっごい暇つぶしをしているってことだね」

「ものすごく、よくわかっていないということがわかりました。予想通りですからご心配なく」

 それなりに付き合いが深くなり、ステラもウータのことがわかってきたようである。

「要約すると……『明後日のお祭りの日に津波が起こる』『半魚人が襲ってくる』『女神マリンもやってくる』……以上です」

「うん、今度こそすごっくわかったよ。ステラって説明が上手だね」

「……ウータさんのおかげですよ。本当に」

 ステラが溜息を吐きながら、テーブルの上に積まれた古文書を撫でる。

「それで……これから、どうしましょうか。順当に考えるのなら、町の人に避難を呼びかけるとかですけど……」

「うんうん。でも……僕達のことを信じてくれるかな?」

「……信じてくれないと思います。この町の人達は普通に女神マリンを信じているようですし、お祭りを楽しみにしているように見えます。急に津波が来るとか、女神マリンと海生マーマンが襲いにくるとか言っても、たぶん信じないですね」

 ステラが眉間にシワを寄せて悩ましげに唸る。

「だからといって……見捨ててしまうのも心が痛みます。どうしましょう」

「別に良いんじゃない。その辺は適当で」

「適当って……?」

「まずは、あの領主さんのところのお姉さん……ぐ、ぐぐ、グーさんに話そう」

「グラス・アクエリアさんですね」

「そうそう、その人。そのお姉さんに古文書のことを話しておいて、後は判断を任せればいいんだよ。アッチが信じないのなら、それはアッチの責任。津波に飲み込まれたとしても、半魚人に食べられたとしても……信じなかった方が悪いってことで。僕達が気にする必要はないんじゃない?」

「…………」

 ウータの言葉にステラは沈黙する。
 その言い分はわかるのだが、ドライ過ぎるような気がする。

「いえ……ウータさんはそういう方でしたね。それで私達はどうするんですか?」

「僕は女神マリンをテイスティングしなくちゃいけないから、この町に残るよー。鴨が葱を背負ってランバダを踊るってやつだね。ステラは逃げちゃってもいいよー」

「……いえ、私も残ります。ウータさんがそうするというのなら」

「いいの? 別に良いんだけど……」

「いえ、私にも出来ることがあると思います。ウータさんだけを危険な場所に残すわけにはいきません」

「フーン……じゃあ、それでいいや」

 ウータは不思議そうな顔をしつつも、納得して頷いた。
 思考を放棄したともいえる。

「それじゃあ、とりあえずは領主様の御屋敷にいきましょう。グラスさんに会いに」

「そうだねー。あ、帰りにレストランに寄っていこっか。昨日、美味しそうなところを見つけたんだよね」

「…………はい。そうしましょう」

 あくまでもマイペースを崩すことのないウータに、ステラは何度目になるかわからない溜息を吐くのであった。
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