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60.よくわからないけど頼られたよ

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 フィッシュブルクの町に来て四日目。祭りまであと三日。
 昨日と同じように出かけようとしていたウータであったが、古文書とにらめっこをしているステラに首を傾げた。

「あれ? 今日も宿屋にいるのかな?」

「はい、古文書の解読が良いところなので」

「フーン、別に良いけどさ。不健康だよ、閉じこもりっぱなしって」

「……ウータさんに健康を語られると変な気分ですね。何故だかすごく納得がいかないんですけど」

 失礼な発言である。
 ウータは拗ねたように唇を尖らせてから、宿屋の一室から出て行った。

「さーて、今日は何して遊ぼうかなー」

 お祭りまであと三日ということもあって、町には観光客の姿が増えている。
 多くは人間、次にエルフ、さらにその次にドワーフが多い。

「お祭りっぽい空気になってきたなー。日本でも夏祭りとか行ったよねー」

 四人の幼馴染とは毎年のように地元の夏祭りに行っている。
 ウータと竜哉は普通の私服だったが、女子三人は浴衣を着てオシャレをしていた。
 何故だかわからないのだが……いつも途中で竜哉がいなくなってしまい、女子三人がウータを暗がりに連れ込もうとするのが謎だったか。

「早く日本に戻って、今年もお祭りに行きたいねー。夏には間に合わないかもしれないけど、秋くらいには……」

「あ、あの!」

「え?」

「助けてください! 助けてください!」

 道を歩いていたら、急に子供が腕に縋りついてきた。
 小学生くらいの男の子である。必死な様子でウータの手を引いた。

「え? 誰かな?」

「お、お兄さんってこの間、シーリザードをやっつけてた人ですよね!? 友達が魔物に襲われているんです! 助けてくださいっ!」

「ええ? 何の話かな?」

 シーリザード……どこかで聞いた単語のような気もするが、思い出そうとしても思い出せなかった。

「覚えてないってことはどうでもいいことってことだよねー。覚えがないんだけど、人違いじゃないかな?」

「え? あ、いやいやいや! 絶対にお兄さんで間違いないですって!」

 少年……青い肌で耳にヒレがあるマーマンの子供がブンブンと首を振った。

「絶対に倒してましたよ! 炎でブワアッて!」

「うーん……そこまで言うのならそうかも?」

「そうなんですっ! それで僕の友達が魔物に襲われちゃったんです! お願いですから助けてくださいっ!」

「…………何で?」

 少年の問いにウータが首を傾げた。
 淡白な反応である。本当に、どうして自分がそんなことをお願いされているのかわからないという反応だった。

「ど、どうしてって……」

「それってさ、町の警備隊の人とかにお願いすることじゃないのかな? どうして、タダの観光客の僕にお願いするのかな?」

「え、えっと……強いんですよね? 魔物を簡単に倒せるくらいに。だったら、助けてくれても良いと思うんですけど……」

「魔物退治は確かに得意だよー。でも、今日はちょっと忙しいかなー?」

 昨日のように目の前に現れたのであればちょっと倒してやろうかとも思うのだが、特に理由もないのに魔物がいる場所に行って戦うほど、ウータは暇人ではない。

「これからさ。暇つぶしに砂場に行って貝殻でも拾おうと思ってるんだ。だから忙しいんだよ」

「いや、暇つぶしって言いましたよね!? ちっとも忙しくないじゃん!?」

 いや、やっぱり暇人ではあるようだ。
 締まりのない笑顔で「それじゃあねー」と手を振って、のらりくらりと立ち去ろうとする。

「お、お願いしますよ! たすけてくれたら御礼しますから! 美味しい物をいっぱいごちそうしますから!」

「え、本当に?」

 ウータが立ち止まり、少年を振り返る。

「美味しい物って何をごちそうしてくれるのかな?」

「え、えっと……すごく甘くて……?」

「すごく甘くて?」

「く、くちどけがこう……まろやかで? 柔らかくて? しっとりとして?」

「まろやかで柔らかくてしっとりとして……よくわからないけど、すごく美味しそうだね!」

「そ、そうなんですよ! しかもいっぱい! 山ほど!」

「山ほど―!」

 ウータが少年の両手を掴んで一緒にバンザイをする。
 少年は顔を引きつらせ、困惑した様子でされるがままになっていた。

「オッケー。わかったよ。そういうことなら助けてあげるねー」

「あ、ありがとうございます……」

「それじゃあ、どこに行ったらいいのかな?」

「こ、こっちです……」

 少年が先導して、ウータを海辺の方へ連れて行く。
 ウータは疑う様子もなく、まだ見ぬ未知の美食を求めて駆けていくのであった。
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