異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。

レオナール D

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56.隠し部屋を見つけたよ

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 ひとしきり露店の料理を楽しんでから、ウータは神殿へと足を向けた。
 白亜の大理石の神殿には多くの観光客が足を踏み入れて、出てきている。

「はいはい、入場料は銀貨一枚ね」

 受付にいた若いマーマンの神官に銀貨二枚を渡して、神殿の中に入る。
 他の観光客の列に並んで神殿の廊下を歩いていくと、マーマン族や女神マリンにまつわる歴史が過去から現代にわたって並べられていた。

『最初に世界があった。そこに光と闇の女神が生まれた』

『夫婦として交わった女神はさらに四人の女神を産み落とした。地水火風の四女神である』

『空っぽだった世界に女神は『人』を生み出した。水の女神マリンが創りだしたのは海で暮らす人……マーマンである』

『最初、全てのマーマンは海で暮らしていた。海底都市アタラ=テティスを中心とした水の都に』

『しかし、マーマンの中から海で生きることのできないものが現れた。海底の水圧に適合できず、呼吸もできずに死ぬ者達が』

『女神マリンは慈悲を込めて、海の水を引いて彼らが暮らせる都市を作った』

『それが陸の首都であるフィッシュブルクである』

「わかりやすい展示だね。観光客のことをよく考えてあって良いね」

「はい。ただ……私が知っている情報とは大差ありませんね。真新しいことは書いてなさそうです」

 絵画と説明文に書かれた歴史に目を通し、ウータとステラはそんなふうに会話する。

「これが女神マリンか。優しそうなおっぱい美人さんだね」

「はい、優しそうな人ですね」

 展示物の中には女神の肖像画もあった。
 そこに描かれていたのは水色の柔らかな髪を背中に伸ばした美貌の女性。
 ふくよかな胸をしており、火の女神フレアとは違ったタイプの巨乳な美女である。

「この奥は……関係者以外立ち入り禁止ですか。入れそうもありませんね」

 神殿の奥は聖職者以外、入ることができないようだ。
 もしも重要な情報があるとすれば、この先なのだろうが……。

「ん?」

 しかし、ウータが気になったのは別方向だった。
 何もない壁に手をついて、怪訝に眉をひそめる。

「ここ……何かあるね」

「え? 別に何もありませんけど……?」

「たぶん、ステラじゃわからないと思うよ。あ、別にマウント取っているわけじゃなくてね」

 ウータがペタペタと壁に触れる。

「特殊な転移装置かな? 魔方陣を描いて白い墨で塗りつぶして、微量の空間の歪みに気がついた人しか起動できなくなっているみたいだ……僕じゃなきゃ見逃しちゃうよ」

「…………」

 言われたステラも壁に触れてみるが……やはり、異常は見られない。
 ウータが言うような空間の歪みを感じ取ることはできなかった。

「……本当にあるんですか?」

「うん、ちょっと起動させてみるね」

「ちょ……あっ……」

 ウータが壁に手を当てて力を流し込み、そこに隠されているという転移装置を起動させてしまった。
 二人の身体が黒い闇に呑まれて、一瞬で周囲の気配が切り替わる。

「ここは……?」

「地下室だね。場所は……水の神殿の真下っぽいよ」

 転移してきたのは暗い部屋の中だった。
 長らく空気の入れ替えをしてないのか、ホコリとカビの臭いが鼻を突く。

「うん。階段とかエレベーターで外とつながっているわけじゃなさそうだ。たぶん、転移装置を使わないと来られないようになっているんじゃないかな?」

「……この場所には見張りなどもいませんでした。ひょっとすると、神官もこの部屋の存在に気づいてないんじゃないですか?」

「そうかもしれないねー……えっと、明かりあるかな?」

「とりあえず……これで」

 ステラが火の魔法を発動させた。
 白い炎によって、部屋の中が照らされる。
 熱のない炎によって浮き彫りになったのは狭い正方形の書庫だった。
 四方の壁のうち三つを本棚が覆っていて、残る一面にはテーブルが置かれていた。

「……古い本ばかりですね。この古代文字は火の神殿で見たことがあります」

「読めるの?」

「時間をかければどうにか……最低でも五百年以上は前の本だと思います。文字もかすれていますし、かなり読みづらいです」

「どうして、こんな部屋が放置されていたんだろうね。結構、大切な資料だと思うんだけど?」

「……よほど、隠したい事情があるのでしょうか? それこそ、同じ水の神殿の身内にも」

「へえ、興味深い……と言いたいところだけど、あんまり興味ないかな?」

 どうでもいい、それがウータの考えである。
 女神マリンについての情報は欲しいところだが……もっと優先させることがあった。

「観光が途中だからね。こっちは後回しで良いかな?」

「……とりあえず、めぼしい物をいくつか持ち帰りますね。本棚の本をいくつか。それと……こっちの書き物も」

 机に広げられていた書きかけの書物。
 この部屋の主だった人間が書いていたものだろう。
 彼が何者でどこに行ってしまったのかは不明であるが、確実にこの部屋について重要な何かが書いてあるはず。

「へえ、じゃあ入れておくね」

 ウータが本を虚空に放り込んだ。
 空中に口を開いた黒い穴が本を飲み込む。

「何冊かなんてケチなことは言わないで、ここにあるやつ全部持っていこうよ。減るもんじゃないからね」

「……確実に減ると思いますけどね」

 ウータとステラは謎の書庫から本を持ち去り、神殿の外に出た。

 外に出るとすでに西の海に日が暮れようとしており、海がオレンジ色に染まって鮮やかに輝いている。

「わっ……」

「綺麗……」

「うん、綺麗だね。この景色が見れただけでもこの町に来た甲斐があるってもんだよ」

 大気汚染が進んでおらず、空気が澄んでいるからだろうか。
 その夕陽は日本で見たものよりもずっと美しいものに見えたのであった。

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