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55.日本人はやっぱり醤油だよ

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 ウータは逆上せてしまったステラに服を着せて、同じベッドで横になって眠った。
 どうやら、その部屋は恋人が泊まるための部屋だったらしく、最初からベッドは一つしかなかったのだ。
 ステラは朝まで目を回しており、起きることはなかった。
 朝になってようやく目を覚ますとひたすら恐縮しており、昨晩の出来事を思い出しては悶絶していた。

「それじゃあ、観光にいくよー」

「…………はい、行きましょう」

 ウータの呼びかけに、顔を赤くしながら右手を上げる。

「どうかしたの? まだ体調が悪い系かな?」

「い、いえ。体調は良いのですが……その、昨晩はご迷惑をおかけいたしました」

「別に良いよー。大したことはしてないし」

「そ、そうですか?」

「うんうん。まあ、服を着せるのはちょっと大変だったかな? 意外と人にパンツ履かせるのとか手間がかかるよね」

「はう~……!」

 ステラがその場にうずくまり、またしても悶絶する。
 ウータはどうしたのだろうと首を傾げつつ、ステラが回復するまでたっぷり十分ほど待たされてしまった。

 ステラが回復したら観光開始。
 二人は昨日、グラスから聞いていたポイントに向かうことにした。

「まずは神殿とやらに行ってみようか」

「……はい、そこに女神マリンについての展示があるんですよね?」

「うんうん、そうらしいね。仏像でもあるのかな?」

「さあ……それは知りませんけど」

 二人は並んで歩いていき、海のすぐ傍にある神殿にやってきた。
 白い大理石の神殿には大勢の観光客の姿がある。
 人口の割合としては人間とマーマンが多いが、少し違う種族もいた。
 いわゆるエルフやドワーフと呼ばれる種族だったが、ウータは興味がないのであまり意識はしなかった。

 それよりも気になるのは神殿の前に並んでいる露店である。謎の像や御札のようなもの、そして海の幸を売っていた。

「結構、キチンと観光地になっているんですね……火の神殿とはちょっと違う感じです……」

「火の神殿は気軽に入れないのかな?」

「えっと……まず、基本的には女人禁制です。働かされている奴隷は別ですけど……それと一定以下の容姿の男性もダメです。『イケメンはブサイクを殺しても罪にならない』とか掟もあるくらいで」

「すっごいところだね。僕は正義感とかあんまりないけど、アレは殺して正解だったと思うよ」

 言いながら、ウータは露店の一つに目を止めた。
 金属の網の上でハマグリやサザエによく似た貝を焼いており、香ばしい海の幸とバターの匂いが香ってくる。

「あ、美味しそう」

「いらっしゃい。食ってってよー」

 中年男性のマーマンが貝を焼きながら誘ってくる。
 ウータがチラリとステラに目を向けると、溜息を吐きながら財布を取り出す。

「……良いですよ。買っても」

「やった。おっちゃん、二つ……じゃなくて四つおくれ」

「はいよー。すぐに焼きあがるから待っててくれよー」

 店主が貝を焼いて、紙皿によそって渡してくれる。
 焼きあがった貝にはバターと茶色のソースがかけられていて、食欲を誘う匂いがした。

「はい、ステラの分」

「ありがとうございます」

 ステラに半分渡して、ウータは木の串を貝の身に刺して口に運んだ。

「美味っ……!」

 途端に口いっぱいに広がる海の味。
 バターの風味が魚醤ベースのソースの味を引き立てている。

「ナンプラーっていうのかな? タイ料理のソースとよく似た味がするね」

「タイという料理は知りませんけど、美味しいですね……塩味が効いてます」

 二人はペロリと貝を食べてしまった。
 まだまだ食い足りなかったので、追加で二つずつ焼いてもらう。

「あーあ、美味しいけどお醤油が欲しくなるねー。やっぱり日本人だもの」

「お醤油……ですか?」

「そうそう。僕の故郷のソースなんだけど、こっちの世界じゃさすがに…………あ、思いついた」

 ウータはふと思い立った様子で転移を発動させた。
 ステラを置いて、一人きりで。

「失礼しまーす」

「ヒャアッ!」

 転移で飛んできたのは魔法都市オールデン、賢者の塔にある朽葉由紀奈の研究室である。
 そこには朽葉がいて、まさに着替えの真っ最中だった。
 パンツ一丁の年上美女が急に現れたウータに悲鳴を上げる。

「え、ええっ!? あなた、ウータ君!?」

「こんにちは、朽葉さん。お醤油ってない?」

「おしょ……ええ?」

 着替え中に飛び込んできた少年の言葉に朽葉が錯乱するが、それでも少し離れた場所にあるテーブルを指差した。

「あ、ちょっと分けてもらうね。代わりにお土産買ってくるから」

「え、ええ? ええっ!?」

「それじゃあ、また」

 ウータが転移する。
 フィッシュブルクの町にある神殿前の露店まで。

「ただいま」

「お帰りなさい……どこに行ってたんですか?」

「ちょっとそこまでね……おっちゃん。今度は焼いた貝にこれをかけておくれ」

「あ、ああ……いいけど……」

 露店の店主は驚きながらも、言われたとおりに焼いた貝に醤油をかけてくれた。

「お、おお……こりゃあ、たまらん匂いだな。エールが欲しくなるぜ」

「そうでしょ? はい、そこでバターを付けて……完成!」

 ハマグリもどきのバター焦がし醤油の完成である。
 ウータは受け取った貝をステラと分け合って食べた。

「「美味しいっ!」」

 ウータは久しぶりの、ステラは初めての醤油の味に絶賛して、幸せそうに相貌を緩めるのであった。
 その笑顔の陰に、着替え中に突入されて裸を見られた美女の犠牲があることを知らずに。
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