異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。

レオナール D

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53.領主さんお宅訪問だよ

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「さあ、君達! こっちだ。入ってくれたまえ!」

 成り行きとはいえ巨大山椒魚の討伐に協力したウータ達は、領主の娘であるグラスに招かれて彼女の屋敷を訪れた。
 領主の屋敷というだけあって、そこは大きくて立派な建物である。町の高台にあって、眼下にはフィッシュブルクの街並みと青い海が望むことができた。
 ウータとステラは屋敷の応接間へと通されてソファに座らされ……改めて、礼を言われた。

「ありがとう。君達が手伝ってくれたおかげで、かなり楽にシーリザードを討伐することができたよ」

「いえ……倒したのはウータさんだけですから。ねえ、ウータさん」

「お姉さんもマーマンなの? わりと人間っぽいけど?」

 挨拶もそこそこにウータが切り出す。
 言われて見れば、グラスという名前の女性は他のマーマンよりも人間に近い。
 肌もやや青白いという程度だし、鱗やエラの数も少ない。
 不思議系なメイクをしたコスプレ美女といった雰囲気である。

「ああ、私はマーマンの中でも人間寄りでね。この町ではそれほど珍しくもないよ」

 ひょっとしたら失礼な質問だったかもしれないが、グラスは穏やかな表情で答える。

「海底都市にいけばもっと魚寄りのマーマンもいるよ。まあ、滅多に地上に上がってこないから、見る機会はないかもしれないけど」

「あ、そうなんだ」

「君達は観光客だろう? 一週間後の祭りを見にきたのかな?」

「はい、その通りです」

 ウータの代わりにステラが答える。
 これまでの付き合いから、ウータにしゃべらせておくと余計なことを言いかねないと感じ取ったのだ。

(ウータさんのことですから、『女神を殺しに来ました』とか普通に言っちゃいそうですもんね……)

「人間の国ファーブニル王国から参りました、ステラと言います。こちらはウータさんです。お祭りのために観光で来ました」

「ウータだよ。無職じゃなくて学生だよ」

「ああ、そうか。お祭りはこの町で一番の催しだからな。楽しんでいってくれ」

 グラスが朗らかに言う。
 人間族とマーマン族は友好的な関係にあるようなので、祭りには人間の観光者も珍しくないのだろう。

「ところで……お祭りには女神マリンが来ると聞いていますけど、本当ですか?」

「ああ、本当だとも。女神マリンは海底都市にある大神殿にいらっしゃるのだが、年に一度だけ陸の首都にも降臨あそばされるのだ。私達は祭りを盛り上げて女神様を出迎える準備をしている。だが……」

 ふと、グラスが表情を暗くする。

「さっきの怪物……シーリザードが何故か地上に上がってくるようになってね? 今月に入ってからもう五件だ。このままでは祭りが中止になってしまうかもしれないと、話していたところなんだよ」

「へー、大変なんだね」

 ウータが他人事のように言う。
 実際に部外者なのだから仕方がないかもしれないが。

「君達も奴らを見かけたら、すぐにその場を離れるようにして欲しい。彼らは本来であれば人を襲うような魔物ではないのだが、最近になって凶暴化しているからね」

「わかりました……ところで、お祭りまで時間があるので町を見て回りたいんですけど、歴史や信仰について調べられる場所はありますか?」

 ステラが訊ねる。
 遠回しではあるが、女神マリンについて情報収集しようとしているのだ。

「それだったら、神殿と大図書館があるよ。神殿は海底都市にあるものと比べると小規模だが、ウォーターランド王国やマーマン族の歴史について知ることができるはずだ」

 グラスが紙とペンを取り出して、サラサラと何かを記載する。

「先ほど、シーリザードを倒して町の住民を助けてくれた御礼だ。これを大通りにある宿屋に見せると良い。タダで泊めてくれるから」

「わ、タダなんだ。ありがとう、マーマンのおねえさん」

 ウータが両手を合わせて礼を言う。

「僕の故郷では『他人の金で食べるごはんが一番美味しい』ってことわざがあるんだ。すごく嬉しいよ」

「……それって本当にことわざですか? 何か違う気がしますけど」

 ステラがツッコみながら、グラスが書いてくれた紹介状を受けとった。

「お気遣い、ありがとうございます。有り難く頂戴します」

「ああ、この町を楽しんでいってくれ。祭りには私も『巫女役』になって参加するから、ぜひとも見ていって欲しい」

 朗らかな笑顔で送り出されて、ウータとステラは領主の屋敷を後にした。
 通りを歩いていき、周囲に人がいなくなったのを確認して……ステラが口を開く。

「……ウータさん、本当に女神マリンを殺すんですか?」

「うん? そのつもりで来たんだけど……何か問題あったかな?」

「いえ、女神を殺したらこの町の人達が……グラスさんが困るんじゃないかなと思いまして」

 女神フレアは神を名乗っていながら人を殺すことに容赦のない、残虐な女性だった。
『フレアの御手』として近くにいたからこそわかる。フレアは人類にとっての害悪であると。

「でも……女神マリンについては悪い噂は聞かないんですよね。とても慈悲深くて、海のように優しい御方だと聞いています。さっきのグラスさんも女神マリンを慕っているように見えました」

「そうなんだ……うん、そうかもしれないね」

 ウータが感情の読めない暢気な口調で同意した。

「そうだね、あのおねえさんを困らせてしまうかもしれないね。それはちょっとだけ嫌だねえ」

「はい、ですから……」

「だけど……気になるよね」

 ウータが立ち止まり、視線を横にずらす。
 町の高台にあるこの場所からは、陽光を反射して輝く海の景色を見下ろすことができた。
 宝石箱のような海を見つめながら、ウータが無邪気に微笑んだ。

「火の女神はスパイシーチキンみたいな味がしたけど……水の女神はどんな味がするんだろうね?」

「…………え?」

「わかったら、教えてあげるね。ステラだって気になるだろう?」

「…………」

 ペロリと舌を出しているウータにステラは言葉を失い、呆然と立ちすくんでしまうのだった。
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