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48.南雲竜哉は恋をする

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 廊下を歩いてきたリフィナ王女が二人に微笑みかけてくる。

「竜也様、千佳様、こんにちは」

「こんにちは、王女様……ごめんなさいね、ちょっと用事があるから私は失礼するわ」

「あ……はい、また今度」

 余計な気を利かせたのだろう。
 千花が竜哉とリフィナを残して、さっさと廊下を歩いて行ってしまった。

「り、りりりり、リフィナ殿下! ごきげんようっ!」

 竜哉がいつになく緊張に強張った様子で挨拶をする。
 イケメンで貴公子風の顔立ち、いかにも女性にモテそうな竜哉であったが……実のところ、かなり初心な性格。自分がモテる男子だという意識はない。
 それというのも、竜哉は幼馴染の女子三人……千花・美湖・和葉の三人に惚れて告白しており、玉砕した過去を持っている。
 中学・高校でも他の女子生徒から告白された経験は意外と少ない。
 竜哉は学校では幼馴染といつも行動を共にしていた。
 同級生の女子はみんな、竜哉が千花・美湖・和葉の誰かとくっつくだろうと勝手に推測しており、竜哉のことを好きになっても告白する者はいなかった。

 そのため、恋愛に関しては敗北の経験しか持っておらず、自分が女子から好かれる男であるという発想がないのだ。

「ごきげんよう……訓練の後ですか、精が出ますわね」

「は、はひっ、頑張ってます!」

「あら、額から汗が出ていますわ。動かないで……」

「うひっ」

 リフィナがハンカチで竜哉の額を拭く。
 竜哉がコチンコチンに身体を強張らせて、おかしな声を発した。

「はい、これで大丈夫ですわ……どうかいたしましたか?」

「な、何でもないでひゅ……」

「おかしな竜也様ですこと。そうだ、今日はこれから時間がありますか?」

「は、はいっ! 時間、いくらでもあります。作ります!」

「でしたら、一緒にお茶会でもどうでしょう。魔法都市から『ちょこれーと』というお菓子を仕入れたんです。一緒に食べませんか?」

「喜んでっ……!」

 意中の女性からの誘いに竜哉は舞い上がる。
 背中から羽が生えて城の屋根まで飛び上がってしまいそうなほどに。

「フフ……それじゃあ、シャワーを浴びたら中庭まで来てください。準備をして待っていますから」

「はい! 必ず行きます……!」

「それでは、また後で」

「はひっ!」

 竜哉が滑るような足取りで廊下をかけていく。
 一秒でも早くシャワーを浴びて、リフィナと一緒にお茶会をするために。
 リフィナは去っていく竜哉を笑顔で見送って……その姿が見えなくなると、ニタリと笑った。

「あーあ、アレが当代の勇者か。初心で可愛いこと」

 実に揶揄からかい甲斐のありそうな少年だ。

「ヒヒッ、この娘が服を脱いで迫ったらどんな顔をするかねえ。あるいは、裏切って刃物で刺してやったら、惚れた女が別の男とまぐわっているところを見せたら……考えただけでも愉快だよ」

『やめてくださいっ!』

 邪悪な笑みを浮かべているリフィナの心中、もう一人の彼女が叫び声を発した。

『お願いだから、私に身体を返して! どうしてこんなことをするんですか!?』

「どうしてって……アンタはチェスやトランプをするのに『好きだから』という以外の理由を求めているのかい?」

 胸の中で泣き叫ぶもう一人の自分に、リフィナがニチャアと粘着質に微笑みかける。

「好きなんだよ。他人の人生を弄ぶのが。人間の尊厳を踏みにじるのが楽しくって仕方がない。それが美貌と才能を併せ持った人間であればなおさらにね」

『ッ……!』

 もう一人の自分が絶句した。
 ああ、なんて愉快なことだろう。
 美貌の王女が自分の一挙手一投足によって悩み、苦しみ、嘆いているのだ。
 その感情のなんて甘美なことだろう。

「…………ん?」

 悦に浸っていたリフィナであったが……ふと窓の外に目を向ける。
 愉しそうな顔から一変。怪訝に眉をひそめた。

「……フレアの波動が消えた?」

 眠ったり、隠れたりしているわけではない。
 六大神の中で誰よりも鋭敏な感覚を持つ『彼女』が、姉妹の気配を感じ取れないわけがなかった。

「まさか……死んだ? 神なのに、あの子が?」

 いかに迂闊で愚かな娘であるとはいえ……神が簡単に死ぬとは思えない。

「封印されたか、それとも私の感知の外に飛ばされたか……誰に?」

 リフィナはしばし考えこんでいたが、やがて興味を失ったかのように窓から目を背けた。

「ま、どうでもいいわね。そんなことより……あの坊やを揶揄う方法を考えないと」

 気配を感じられなくなった姉妹のことなど捨ておいて、リフィナは軽い足取りで庭園に向けて歩いて行った。

 王女リフィナ・ファーブニル。
 彼女の内に巣食った存在……風の女神エアの存在に竜哉やウータが気がつくのは、まだまだ先のことである。
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