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31.山登りは危険がいっぱい

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 デーモンエイプが生息しているのは魔法都市・オールデンの北にある岩山だった。
 ウータとステラは一緒に岩山まで歩いていき、登山に臨んだ。

「フウ、フウ……これは思ったよりも大変ですね」

 ステラが杖を突いて歩きながら、息を切らす。
 ステラは奴隷の子として生まれて幼少時から厳しい労働を強いられてきた。
 そのおかげで人よりも体力はある方だったが、慣れない登山にかなり疲れているようだ。

「うん、結構きついね。ちょっと休憩しようか?」

 一方で、ウータはそれほど大変そうには見えない。
 いつもと同じくのんびりとした顔をしており、ピクニックでもするような足取りで剥き出しの岩の上を歩いている。

「い、いえ……大丈夫です。頑張りますから」

「そう? キツくなってきたら無理せずに言ってね」

 ステラはウータの足手纏いにならないよう、必死な様子で食い下がる。
 急峻な岩稜帯を一歩一歩慎重に歩いていくが、困ったことに、二人はピッケルやアイゼンなどの登山道具を所持していない。
 そもそも、この世界にはそんなものは存在していなかった。

「キャアッ!」

 剥き出しの岩尾根は風の影響も受けやすい。
 突風にあおられて、ステラがバランスを崩して滑落しそうになる。

「ほら、危ないよー」

 しかし、ウータがステラのすぐ下に転移して身体を支える。

「あ、ありがとうございます……」

「うん、それにしても……デーモンエイプだっけ? 魔物を倒すよりも山登りの方が大変そうだね」

 その通り。
 実のところ、デーモンエイプは必ずしも強い魔物というわけではない。
 群れで行動して知能が高く、魔法を使うことはできるものの、ベテラン冒険者であればさほど苦も無く倒せる敵だった。
 しかし、問題なのは生息地が岩山の高所であること。
 魔物を倒すよりも、彼らの生息地帯までの登山の方が危険度が高かった。

「ごめんなさい……足手纏いになってしまって……」

「別に良いけど? それよりも、そろそろお弁当にしないかな? この辺りだったら眺めとか良くない?」

「そう、ですね……」

 ウータとステラは手頃な岩の上に腰かけて、昼食を摂ることにした。
 弁当のメニューはステラのお手製のサンドイッチである。宿屋の厨房を貸してもらって作ったものだった。

「あ、美味しい」

 卵のサンドイッチには特製のマスタードが入っていて、ウータの好みと良く合っていた。
 幸せそうな笑顔を浮かべて、モシャモシャとサンドイッチを食べる。

「……ウータさんは元気ですね」

 ステラが溜息混じりに言う。
 疲れすぎていて食欲がなく、ステラはサンドイッチ半分でお腹いっぱいという気分だった。

「そんなんじゃ上まで保たないよー。ほらほら、景色綺麗だから見てごらん」

「え……」

 ウータに促されて、ステラが顔を上げた。
 すると……そこには絶景としか言いようのない景色が広がっている。

「わ……すごい……」

「すごいよね。綺麗だよね」

 岩山の向こう、緑の平原が広がっている。
 青々と生い茂る木々がどこまでも鮮やかな色彩を広げており、そんな景色の中を人間が築いた道が縦断していた。
 そして、地平線で分かたれた景色の上方には青い空が広がっており、雲が風に流されて空の海を泳いでいる。
 美しい景色だ。この高さまで登ってこなければ、決して見ることができなかっただろう。

「はい……綺麗です……」

「僕はあまり興味がなかったんだけど……山登りが好きって人の気持ちがわかるよね。もっと高い場所、富士山とかエベレストの頂上から見下ろしたら、どんな光景が見えるんだろうねえ」

 ウータは上機嫌で言いながら、水筒をステラに手渡す。

「あ、ありがとうございます……」

「目的の場所まであとちょっとだよ。もう少しだけ、頑張れるかな?」

「……はい、頑張れる気がしてきました」

 ステラが微笑んで、水筒に口を付けた。
 食欲がなかったが、もう少しだけ食べられそうだ。
 ほんのわずかではあるが、疲れが楽になったような気がする。

(……やっぱり、不思議な人ですね。ウータさんは)

 人を笑顔で殺す冷酷な面もあれば、こうやって優しく慈悲深い面も持ち合わせている。
 知れば知るほど、花散ウータという人間がわからなくなっていく。

「……ねえ、ウータさん」

「うん? 何かな?」

「あなたは、いったい……」

 ステラは何事かをウータに口にしようとする。
 しかし、その言葉を続けることはできなかった。

「あ……」

「ありゃ?」

 グシャリと音が鳴った。
 山の上方から転がってきた岩が、ステラの頭部を容赦なく破壊したのである。
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