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24.ビーフシチューを作ってよ

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 ウータが村の廃墟から転移して、『赤の火』を追いかけていった。
 惨劇の跡が色濃く残っている村の中、一人の少女が膝を抱えて座っていた。

「ハア……私、何してるんだろ……」

 服が汚れるのも構わず、地面に座り込んでいるのは赤のローブに身を包んだ少女。
『フレアの御手』のNo.7。『白の火』だった。
『白の火』は普段は目深にかぶっているフードを外しており、真っ白な髪と赤い瞳をさらしている。

「私、何してるんだろ……」

 もう一度、誰にともなくつぶやく。
 ウータは『白の火』を殺さなかった。
 見逃されたというわけではなく、優先順位を後に回されただけだろう。
 逃げるのであれば今なのだろうが……そんな気にもなれなかった。

『白の火』……彼女の本名はステラという。
 神殿に飼われている奴隷の両親の間に生まれた卑しい身分の子供であり、年齢は今年で十五歳。
 魔法無効化能力という稀有な才能が見つからなければ、今頃は両親と同じようにドブや煙突の掃除をさせられていたことだろう。

 ステラの髪は白、瞳は赤。
 国によっては、アルビノと呼ばれる容姿の持ち主である。
 両親とも異なる髪と瞳の色をしていたため、二人からは随分と煙たがられていた。
 そんなステラは『フレアの御手』に選ばれた時、これで辛い生活からおさらばできると小躍りして喜んだ。
 両親から虐待まがいの扱いを受ける日々、誰もが嫌がるような奴隷の仕事から抜け出すことができる……そんなふうに思った。

 嬉しかった。
 誇らしかった。
 下賤な自分に、神が手を差し伸べてくれた……そんなふうに思った。

 しかし、蓋を開けてみれば『フレアの御手』の仕事もまた汚れ仕事だった。
 神殿にとって邪魔になる人間を殺す仕事。
 自分の手を血で汚して、汚れた手を血で洗うような日々。
 ステラが『フレアの御手』に入って最初に命じられたのは、背信者である裏切り者の拷問だったのだ。

 仕事に就いて、すぐに自分に向いていないとわかった。
 それでも、一度その仕事に就いたら抜け出すことはできなかった。
 もしも辞めたいなどと言おうものなら、口封じのために殺される恐れがある。

 やりたくなかった。
 人を傷つけたくなんてなかった。
 それでも、生きるために嫌な仕事をやるしかなかった。
 毎日のように涙を流して。仕事の後は決まって吐しゃ物を撒き散らして。
 それでも、『フレアの御手』の一員として働いてきた。

「その結果がこれですか……」

 よくわからない敵に、よくわからないやり方で殺される。
 これが、辛い仕事を頑張って耐えてきた結果だというのだろうか。

「……最悪、です」

「何が最悪なのかな?」

「……戻ってきたんですね。あの人はどうなりましたか?」

「塵になったよ。さっきの緑色の人と一緒だね」

 ステラが顔を上げると、そこにウータがいた。
 人を殺してきたようには見えない穏やかな笑顔で立っている。

「……あとは私一人ですね」

「そうだねー」

「それじゃあ……どうぞ」

「うん?」

「抵抗はしません。好きなようにしてください」

 ステラはすでに覚悟を決めていた。
 多くの人の命を奪ってきたのだ、自分の順番がやってきただけ。
 抵抗してしまえば、これまで傷つけた人たちに申し訳なかった。

「あーあ……結局、夕飯は食べそびれちゃったなー。今日も携帯食料かー」

「え……?」

 ウータがガッカリしたように言いながら、テクテクとどこかに歩いていく。
 座り込んでいるステラを放置して。

「あ、あのっ!」

「うん?」

「こ、殺さないんですか……私のこと……?」

 自分でも間抜けな質問をしていると思う。
 わざわざ虎の尾を踏みに行くだなんて、どうかしている。

「えっと……何で?」

「何でって……」

「何で、僕が君のことを殺さなくちゃいけないの?」

 ウータが不思議そうに、眉をへの字にする。

「君、何もしてないよね? 別に殺す理由とかなくないかな?」

「わ、私は貴方の敵ですけど……」

「そうなの? 何か白い火を出してただけで、特に何かされた覚えはないけど?」

 ステラの白い火には魔法を無効化する効果がある。

 しかし、その力はウータには効かない。
 ウータからしてみれば、ステラは急に白い炎を出してきただけの手品師のようなものである。

「でも……私、この村の人達を……」

「殺してないよね? 別に」

「え……?」

「君からは死の匂いがしないよー。この村の人達、誰も殺してないよねー」

 そう……ステラは殺していない。
 この村の人間を焼いたのは『赤の火』と『緑の火』であって、ステラは何もしていなかった。

「で、でも、私はこれまでたくさんの人を……」

「いや、それはどうでもいいかな」

「ど、どうでもいい?」

「君がどこで誰を殺そうが知ったことじゃないよ。ビーフシチューを殺してないのなら関係ない」

「ビーフシチュー……」

「あーあ、ビーフシチュー食べたかったなー」

 ウータは「うがー」と叫んだ。
 村が焼け落ちていることも、村人の大部分が殺されていることも。
『フレアの御手』がどうして、自分を狙っていたのかどうかすらもどうでもいい。
 最初から最後まで、ウータの頭の中にはビーフシチューのことしかなかったのである。

「ビーフシチューでしたら……私、作れますけど……」

 ステラがポロリとそうつぶやく。
 ウータが弾かれたように振り返った。

「ホント!? 作れるの!?」

「は、はひっ!」

 詰め寄られて、ステラがビクリと肩を跳ねさせる。

「わ、私は料理とか野営の準備とか雑用を任されていましたから。アイテムバッグの中に材料もありますし、時間を貰えたら……」

「やった、ありがとう!」

「ええ……」

 ウータがステラの両手を掴んで、バンザイをする。

「作って! 作って作って! ビーフシチュー、ビーフシチュー!」

「わ、わかりました……少々、お待ちください」

「やったー!」

 子供のように喜んでいるウータに、ステラは不思議と心が洗われるのを感じた。
 一時間後、ウータは大好物のビーフシチューを笑顔で頬張るのであった。
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