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21.暑苦しい人達が来たよ

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「……この程度とはな。取るに足らぬことよ」

 そこにいたのは赤いローブを身にまとった三人組である。
 炎に包まれて倒れたウータを見下ろして、その男……『フレアの御手』のNo.2である『赤の火』は鼻を鳴らした。
 その背後には『緑の火』、『白の火』の姿もあって、フードを目深にかぶったまま立っている。

「この程度の下賤を相手に我らが出撃せねばならぬとは……ファーブニル王め、良いように使いおって」

「城の兵士を倒したとのことですが……大したことはなかったな。特筆すべき能力は転移くらいですかね?」

 軽い口調で、『緑の火』が嘲笑う。
『赤の火』が頷き、侮蔑するように唇を三日月型に歪める。

「その転移も『緑の火』の能力があれば恐れるに足りぬ。神敵が我が火で死ぬことができたのだ。感謝してもらいたいところだな」

 ウータを見下ろして、『火の神殿』の暗殺部隊……『フレアの御手』の三人がほくそ笑む。
 彼らはウータがこの村に立ち寄っていることを突き止め、村ごと焼き討ちにした。
 その後、生き残っていた村人からウータがオークに攫われた娘達を助けるために森に入ったと聞いて、待ち伏せしていたのである。
 村を焼いたことに深い理由はない。
 強いて挙げるのであれば、浄化のため。
 神敵を泊めた罪を焼くために、村ごと消えてもらったのだ。

「とにかく、任務は果たされた。神殿に帰還する」

「その前に、そっちの女達も焼いてしまって良いでしょう?」

『緑の火』が口元に笑みを湛えて言う。

「女は燃える瞬間がもっとも美しい。その女達も綺麗な炎にしてしまいましょう」

「勝手にせよ」

 指揮官である『赤の火』がどうでも良さそうに吐き捨てる。

「魔物に汚された女に生きている価値などあるまい。慈悲を以てして焼いてやれ」

「御意」

 上司の同意を得て、『緑の火』がニタリと笑った。

「これは慈悲だ。慈悲なんだ。だから恨むんじゃない……神に感謝しなよ」

『緑の火』が手を掲げて、魔法を発動させようとする。
 しかし、その手に凝った炎が放たれるよりも先に、ポツリと静かな声が響く。

「うん、わからないね」

「なっ……!」

『緑の火』が飛びのいた。
 他の『フレアの御手』の二人も警戒をあらわにする。

「わからないよ。全然、ちっともわからない」

 頭部を刺され、身体を燃やされたはずのウータが起き上がる。
 炭化していた身体が逆回しのように戻っていく。
 頭部に刺さっていたナイフが抜けて、地面に落ちる。

「わからないよ……君達はどうしてこんなことをしたのかな?」

「……どうして、生きている。確かに殺したはずだ」

「質問に質問で返すのは良くないよ。君達はパピーとマミーからそんなことも習わなかったのかな?」

 ウータが首を傾げる。
 挑発しているわけではない。心からの疑問なのだ。

「どうしたら、こんなに酷いことができるのかな? いったい、何の恨みがあるって言うんだい?」

「……この村人共のことか」

『赤の火』が両手にナイフを構えて、背後の部下二人に目配せをする。
 二人は無言で首肯して、戦闘態勢を取った。

「この村の人間は貴様という神敵を宿屋に泊めて、匿ったのだ。殺されても仕方があるまい」

「そんなことは聞いていないよ」

 ウータが顔をしかめて、焼け落ちた建物の一つ……自分が宿泊していた宿屋であった物の残骸を指差した。

「今晩の夕飯はビーフシチューだったんだよ! どうして、ビーフシチューに対してこんな酷いことが出来るんだ!」

「は……?」

「君達のおかげでビーフシチューを食べられなくなったぞ! ビーフシチューに謝れ!」

 珍しく怒りを前に出すウータであったが……問い詰められた『フレアの御手』の三人は何を言っているのかわからないという顔をしている。
 てっきり、無関係な村人を虐殺したことを責められているのだと思っていた。
 しかし、ウータが腹を立てているのは、あくまでも夕食のビーフシチューを食べられなくなったことだけ。
 村人が残らず殺されてしまったことなど、意にも介していなかった。

「……俺達もイカレているが、コイツは頭のネジが外れてやがるな」

「…………」

『緑の火』がつぶやく。
 隣にいる『白の火』は無言だったが、フードの奥で顔を引きつらせている。

「……神敵にまともな感性を期待する方が無理だったようだな」

『赤の火』が自分がやったことを棚に上げて、汚物を見るような顔をする。

「ファーブニル王を責められんな……この男は我らが殺すべき標的だ。生かしておくことはできない世界の害悪だ」

「いや、そんなことはどうでもいいから、ビーフシチューを……」

「やれ」

『赤の火』が合図を出した。
 直後、ウータの背後で緑色の炎が弾けた。

「うわあっ!」

 ウータが前方に吹き飛ばされる。
 前のめりになったウータへと、『赤の火』がナイフで斬撃を放つ。

「フンッ!」

「刃物はやだよ」

 ウータが転移する。
 十メートルほど離れた場所まで、一瞬で移動する。

「先端恐怖症になっちゃうからね。そんなに何度も刺されたら……」

「爆」

「って……わあああああああああああああっ」

 再び、ウータが緑色の炎に包まれる。
 何もない場所から炎が出てきて、回避する暇もなくウータを焼いていく。

 これが『緑の火』の能力……『転移の炎』である。
『緑の火』は空間魔法に長けた魔法使いであり、自分が放つ炎だけを転移することができるのだ。
 おまけに、空間の揺らぎを感知することで、ウータが何処に転移するのかも察知することができる。
 村に転移してきた際に不意打ちが成立したのも、転移のゆらぎを気取られたからだった。

「うー……熱いなあ、何でこんな酷いことをするのかな?」

 しかし、緑の炎で焼かれたウータはわずかに顔をしかめただけ。
 火傷の傷痕も、焦げた服すらも元通りになる。

「こういう酷いことをする人にはお仕置きしなくちゃね」

 ウータは転移して、『緑の火』の背後に移動する。
 肩に触れて塵に変えようとするが、『緑の火』もまた転移して消えた。

「ありゃ?」

「隙ありだ。愚か者め」

「わあああああああああああああっ」

 真っ赤な炎がウータを襲う。
 全身を焼いて、一気に炭化させる。

「今度は治癒する暇を与えん! このまま死ぬまで焼き尽くす!」

『赤の火』の能力は純粋な高火力。純粋な破壊の炎。
 単純に攻撃力が並外れて高く、この世界においてもっとも硬い金属であるミスリルすらも融解することができるほどの熱量の火を操ることができた。
 その炎の前では、一人の人間など紙屑も同じ。
 一秒と耐えることができずに、絶命させることができるはずだった。

「うっわー。暑い、これは暑い。まるでサウナみたいだー」

 しかし、ウータは炎に焼かれながらもいっこうに死ぬ様子はない。
 多少は効いているらしく焦った口調になっているのだが、身体が焼ける速度を治癒の速度が上回っていた。

「これはキツイ。水風呂に入りたいよー」

「何故、死なぬ……この小僧……!」

「うーん……これはちょっと本腰を入れなくちゃヤバいかな? このままだと、整っちゃうじゃないか」

 ウータは赤い炎に焼かれながら、「よし!」と軽く気合を入れた。

「どうして襲われているのかわからないけど……ビーフシチューの仇討ちだ! ちょっとだけ本気を出しちゃうぞ!」

 あくまでも軽い態度で宣言して、ウータは目の前にいる三人を敵として認定した。

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