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15.誰が相手でも落とし前はつけるよ

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 テントから出てきた盗賊が銀髪の少女を羽交い絞めにして、ナイフを突きつけて人質に取っている。

「いやあ、メアリ!」

「イリーア様!」

 どうやら、捕まっている少女がイリーアであるらしい。
 中学生くらいの少女は怪我もなく、乱暴を受けた様子はなかった。
 察するに……身代金を要求するための人質として、最低限の無事を保障されていたのだろう。

「動いたら、このガキを殺す! 微動だにするんじゃねえぞ!」

「む……」

 イリーアの首にはナイフが突きつけられている。
 少しでも動かせば、鋭く磨かれた刃が柔肌を切り裂くことだろう。
 転移して、盗賊に触れて、塵にする……おそらく大丈夫だろうが、まったく傷つけずにやってのけられる保証はない。

「まあ、やってみれば良いかな?」

 失敗したらナイフが少女の首を刺すだろうが、それはそれで仕方がない。
 このまま盗賊に降伏するよりもよほど良いだろう。

「そこの女! ガキを殺されたくなかったら、そっちの男を斬れ!」

 しかし、盗賊がとんでもない指示を出してきた。
 メアリに対して、ウータを斬るように要求してきたのだ。

「クッ……卑怯な!」

「えー……マジで?」

「早く殺れ! さもないと……!」

「痛っ……!」

 ナイフの切っ先がイリーアの首に突き刺さる。
 血が流れ、身に付けているドレスに赤い血が広がっていく。

「イリーア様……!」

 メアリが悲痛に表情を歪めて、ウータの方を見やる。
 躊躇うような瞳。迷いがまなこに浮かんでいた。
 盗賊の要求に従うべきか、拒むべきか……天秤が左右に揺れている。

「許せ……!」

 どうやら、天秤は盗賊の言いなりになる側に傾いたらしい。
 メアリが苦悶の色を顔に浮かべたまま、ウータに剣を振るってきた。

「わっ……」

 鋭い斬撃がウータの胸を斬り裂いた。
 真っ赤な血が飛び散って、地面を赤黒く染める。
 ウータが仰向けに倒れて、そのまま動かなくなった。

「どうだ、やったぞ! イリーア様を離せ!」

「ククッ……おいおい、俺はそいつを殺したら解放するなんて言ってねえぞ!」

「クッ……卑劣な……!」

「今度は武器を捨てろ。そして、服を脱いで裸になれ」

「何だとッ……!」

「俺は臆病者だからな! 完全に無力化させないと気が済まないんだよ!」

「クッ……!」

 メアリが言われたとおりに武器を捨てて、服を脱いだ。
 鎧を外し、上着を脱ぎ、白い下着姿となる。
 やせた体型ではあるが、メアリは意外なほど胸が大きい。
 形の良い豊満な胸を盗賊が舐めるように視線を這わせる。

「よーし……良い子だ。そのまま、地面に膝をつけ」

「…………」

「あ、メアリ……」

「イリーア様……どうか、見ないでください……」

 主から視線をそらし、メアリが目を伏せる。
 下着姿で膝をついたメアリはもはや抵抗できる状況ではない。
 人質がいなかったとしても、どうにもならなかっただろう。

「へへっ……」

「きゃ……」

 盗賊が人質のイリーアを捨てて、メアリへと近づいていく。
 ワキワキと妖しく指を動かし、メアリの乳房に手を伸ばす。
 あと少しで指が届く……メアリが表情を歪めて、唇を強く噛んだ。

「クッ……殺せ!」

「おお、くっ殺いただきました」

「へ……?」

「女騎士って本当にそれを言うんだね。ちょっと感動だよ」

 メアリに斬られたはずのウータがいつの間にか起き上がっており、盗賊の背後に立っていた。

「テメ……」

「はいはい。そういうのはもういいよー」

 盗賊が叫ぶよりも先に、ウータが背中を軽く叩く。
 盗賊が塵となって地面に散らばり、戦闘が終了。
 後に残されたのは斬られた傷すら残っていないウータと、下着姿のメアリ、地面に転んでいるイリーアの三人だけである。

「……無事だったのだな、君は」

「そりゃあ、無事だよ。そもそも……君だって殺す気はなかったんだろう?」

 ウータは邪神であるがゆえに滅多に怪我をすることはないが、それでなくとも、先ほどのメアリの斬撃は命を奪えるようなものではなかった。
 派手に剣を振ったように見えて、実際には浅くしか斬っていない。
 最初から、ウータを殺すふりをしたようだ。

「とはいえ……一発は一発だよね。どう落とし前をつけようか?」

 ウータが首を傾げて、訊ねる。

 メアリの判断がさほど間違っているとは思わない。
 人質であるイリーアの身の安全を優先させて、ウータを殺さない程度に斬った。
 ウータが治癒魔法(のようなもの)を使えることをメアリは知っている。間違っても死ぬことはないだろうと判断したのだ。
 イリーアの護衛としては、やむを得ない決断だったに違いない。

「結果的にも良かったと思うよ。盗賊は人質を捨てて、こうやって隙だらけになったんだからねー」

 だけど……ウータとしては、あまり納得がいかない。
 メアリの判断が正しかったとしても、斬られたのは事実だからだ。

「無論のこと。償いはさせてもらう」

 メアリが下着姿のまま、先ほど捨てた剣を拾う。

「コレで私のことを刺し殺してくれ。貴方を斬った侘びだ」

「へえ、ちゃんと覚悟はあるわけだ」

「もちろんだ。協力者である人物に対して、恩を仇で返した。命を差し出すくらいしなければ、釣り合わないだろう?」

 ウータに剣を渡して、メアリがいつでもやれと言わんばかりに両手を広げた。

「あっそ、そこまで言うのなら……」

「待って、やめて!」

「わっ」

 しかし、そこでウータとメアリの間に小柄な影が割り込んできた。
 先ほどまで盗賊に囚われていた少女……イリーアが盾となって、メアリを守るようにして立ちふさがったのだ。

「やめてくださいっ!」

「イリーア様!?」

 自分の前に躍り出てきた主人の姿に、メアリが悲鳴じみた声を上げる。

「メアリが私のために貴方に酷いことをしてしまったというのは、わかります。だけど……それはメアリのせいじゃない。わたしのせいなんです!」

「イリーア様、何を言って……!」

「臣下がしたことは主人である私の責任……だから、罰するのであれば、私を代わりに罰してください!」

 イリーアは小刻みに震えて、顔を青ざめさせている。
 それでも、メアリを守るために必死になって、ウータの前に立っていた。

「うんうん、美しい主従愛だね」

 ウータは感心した。
 かつて、城の兵士がウータのことを殺害しようとしたことがあった。
 その際、主人である国王を咎めたところ、国王は「自分は知らない。部下が勝手にやった」と見苦しい言い訳を吐いていた。
 その国王と比べて、イリーアという少女の何という高潔なことか。

「それはそうとして……えいっ」

「あ……」

 ウータはイリーアを刺した。
 メアリから渡された剣で、迷うことなく心臓を刺し貫く。

「イリーア様!」

 血を流して倒れるイリーアをメアリが抱きとめた。
 メアリの手がイリーアの血で濡れる。命を呈してでも守ろうとした主君が、腕の中で徐々に冷たくなっていく。

「どうして、どうして……イリーア様……!」

「いや、だってやれって言うからさあ」

「貴様っ……!」

「えいっ」

「グッ……!」

 続いて、メアリのことも刺しておく。

「カハッ……」

「これでまあ、チャラということで」

 折り重なって倒れる主従に、ウータがにこやかに笑う。

(ああ……失敗した……)

 人を殺して、平然として笑う。
 この男は邪悪だ。

 自分は助けを求める人間を間違えたのだと、メアリは死の寸前になってようやく気がついたのであった。
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