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9.罪と罰みたいなもの

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「ハア、ハア、ハア、ハア……!」

 マリーは逃げていた。
 両手で金貨が詰まった袋を抱いて、夕闇に包まれた城下町を走っていく。

(やっちゃった……盗んじゃった……)

 マリーは貧しい生活をしていたが、それでも、盗みなどの悪事に手を染めたことはない。
 それなのに、手を付けてしまった。
 良くしてくれた男性の金を。お菓子を食べさせてくれた、優しい男性の金を盗み出してしまった。

(ごめんなさい、ごめんなさい……許してっ……)

 最初は、金を盗むつもりではなかった。
 裏路地で見せた、三人の男達を圧倒した謎の力。
 それを目にして、自分の姉を助けてもらおうと近づいたのだ。
 だけど……ウータは明日にでも町を出ると言っていた。姉を助ける時間はない。
 落胆していたところに大金を見せられて、その場の勢いでついつい盗んでしまったのである。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 マリーは泣きながら、スラムの中を走っていく。
 走って、走って、走って、走って……。
 息が切れて、心肺が限界を迎えた頃。
 目的の場所に到着した。
 そこは路地裏にあって、場違いなほど立派な建物。
 ファーブニル王国の裏社会を支配しているギャングの拠点だった。

「あん? お前は……?」

 丁度良く、建物の前に目的の男を見つける。
 それは数時間前、マリーに絡んでどこかに連れ去ろうとしていた男達だった。
 三人いたはずの男達は何故か一人になっており、その男も服を血に染めている。

「テメエ、どの面下げて俺の前に顔を出しやがった!? テメエが大人しくついてこなかったせいで、俺の手下が魔物に襲われて死んだんだぞ!?」

 男が顔を怒らせて、マリーを怒鳴りつける。
 マリーは知る由もないことだったが……ウータによって転移させられた男達は、城下町から少し離れた場所にある森に飛ばされた。
 ウータが意図してやったことではない。
 町の外に適当に転移させられた結果、たまたま森の中だったのだ。

 その森は城下町からさほど離れていなかったものの、それでも魔物が棲みついている危険な場所だった。
 三人組の男達のうち二人が狼の魔物に襲われて命を落として、残った一人が辛うじて町まで逃げ帰ってきたのだ。

「あの男はどこにいきやがった……見つけ出して、絶対に……!」

「あ、あのっ!」

「あん?」

「このお金で……このお金で、お姉ちゃんを返してくださいっ!」

 マリーがウータから盗んだ金袋を差し出す。
 それを盗み出した目的は、ギャングである男達に連れていかれた姉を救出するためだった。

 マリーは親のいない孤児である。
 老婆が経営している雑貨屋の手伝いなど、日雇いの仕事で生計を立てていたが……元々は、とある商家の娘だった。
 幼い頃に母親を亡くしてから、父親と姉の三人で暮らしていたのだが……父親が事業に失敗。おまけに、ギャンブルに手を出して多額の借金を作ってしまったのだ。
 父親は借金を作るだけ作って、責任を取ることなく逃げてしまった。
 そのため、五歳年上の姉が代わりに男達に連れていかれたのである。

「このお金があれば、借金を返済できるはずです……お願いしますっ。お姉ちゃんを、お姉ちゃんを返してっ!」

「…………」

 金貸しの男は先ほどまでの怒りを引っ込めて、マリーが差し出した金袋を見下ろした。
 袋を受けとって中身を検めて……皮肉そうに唇を吊り上げる。

「おいおい……ガキがどこでこんな大金を手に入れてきやがった?」

「それは……」

「まあ、いいさ。どうせどっかで盗んできたんだろ」

 男が金袋を懐に収める。
 そして、マリーに背中を向けて立ち去ろうとした。

「こっちはまっとうな金貸しだからな……返済した以上、もう用はねえ。テメエのことは売り飛ばさないでやる。さっさと消えるんだな」

「ま、待ってっ! お姉ちゃんは? お姉ちゃんはどこなのっ……!?」

「あん? テメエの姉貴なんてとっくに死んだよ」

「え……?」

 男からぶつけられた言葉に、マリーが凍りついた。
 何を言われたのかわからない。
 足が震えて、今にも地面に崩れ落ちそうだ。

「何を……え……?」

「テメエの姉貴は親父が作った借金を返すために娼館で働いていたんだが……運が悪く、性質タチの悪い客に当たっちまってな? 殴られて、そのままおっ死んじまったよ」

「そん、な……うそ……」

「嘘じゃねえよ。アイツが金を返せなかったから、代わりにお前に払わせようと思ったんじゃねえか。俺には理解できねえが……テメエみたいなガキを嬲るのが良いって好き者もいやがるからな!」

 男が顔だけ振り返り、嘲笑うような顔で告げる。

「よかったな……自分だけでも助かって。神にでも感謝しな」

「あ……ああ……」

 マリーが膝から崩れ落ち、地面に両手をついた。

 自分がやったことは無駄だった。
 盗みまでして、救い出そうとした姉はもういない。

「う……あああああああああああああああああっ!」

 マリーの絶叫が夜の町に虚しく響きわたる。

「ああああああっ! アアアアアアアアアアアアアアンッ!」

 姉が死んだ。
 助けたかった。生きていて欲しかった。
 だけど、死んでいた。

 姉を救うために頑張って働いてきたのに。
 盗みまで働いたというのに。
 全部全部、意味がなかった。
 もう、マリーが救いたかった家族は何処にもいない。

「あああああああああああああああああああああっ!」

 暗い裏路地で、マリーは泣き続けた。
 胸にどうしようもない絶望と虚無が広がっていく。
 このまま涙と一緒に流れて、消えてしまいたい気分だった。

「どうかしたのかな? 大丈夫?」

 そんな時、ふと誰かに話しかけられた。
 叫び、嘆きながらもその声だけはスウッと沁み込むようにして耳に入ってくる。

「あなた、は……」

 声をかけられ、顔を上げると見知った少年が立っている。
 黒髪黒目。
 この世界では珍しい身体的特徴を持った、それでていて平凡な体格と雰囲気の少年。

 花散ウータ。
 マリーが騙して、金を奪った少年が見下ろしていたのである。
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