上 下
8 / 104

8.少女と城下町。そして、裏切り

しおりを挟む
「こっち、こっちですっ。ここが『栄光通り』という場所です!」

 少女の案内を受けて、ウータは城下町を散策することになった。
 望んできたわけではないが……人として生を受けて、初めてやってきた海外(?)である。
 いずれは元の世界に戻るにせよ、多少の観光くらいはしておかないともったいない。

 少女の名前は『マリー』というらしい。
 城下町の生まれであり、この町にはそれなりに詳しいようだ。
 観光スポットなども知っていて、観光客が必ず訪れるという『栄光通り』という場所にやって来ていた。

 レンガで舗装された広い道の左右にはたくさんの銅像が並んでいて、道行く人々を見下ろしている。

「通りの左右に銅像が並んでますよねっ。右にあるのが歴代の王様のもので、左にあるのが国のために戦った英雄のものです」

「へえ……なかなか立派だね」

「そうなんですよっ! ほら……あっちの奥にあるのが初代国王様。向かい合っているのが、五百年前に魔王を倒した勇者様ですっ!」

「勇者ね……へえ……」

 かつての勇者の銅像に近寄って、下から見上げる。
 台座の上に立っている等身大の銅像は、涼しげな相貌の美男子の姿をしていた。
 剣を高々と掲げており、いかにも勇敢そうである。

「……これだけじゃあ、日本人かどうかわからないね」

 一緒に戦った大賢者とやらが自分や友人達と同じ異世界人であるとして、勇者もまた同じように召喚された人間だと思ったのだが。
 この銅像の容姿を見るだけでは、判断が付きそうもなかった。

「初代国王様は勇者様に協力して魔王を倒して、この国を建国したんです! 今年で建国五百年になるから、たくさんの人が来てるんですよっ!」

「メモリアルイヤーってことだね。それにしても……えらく平和だねえ。新しい魔王が出てきたんじゃないのかな?」

「え、新しい魔王? 何の話ですか?」

「うん?」

 マリーは不思議そうにウータのことを見つめている。
 何を言っているのかわからないというような顔だった。

(もしかして、魔王のことを知らないのかな?)

 魔王が復活して人間の国々に攻め込んできていると聞いたが、その情報は一般人には明かされていないのかもしれない。
 この国はまだ戦火にさらされていないようだし、軍事的な機密情報として秘匿されている可能性がある。

(王様が騙しているという可能性もあるけど……問い詰めたときの様子を見る限り、魔王が攻め込んできているってのは嘘じゃないんだよね)

「……大賢者様に聞かなくちゃいけないことが増えたかな?」

「どうしたんですか、お兄さん?」

「いや、何でもない……良い物を見せてもらったよ。ありがとう」

「あ、はいっ! 喜んでもらえて良かったですっ!」

 ……と、マリーが笑顔になったタイミングで彼女のお腹が可愛らしく鳴る。
「クーッ」と小動物の泣き声のような音を立てて、空腹を訴えてきた。

「あ……」

「あははは、お腹空いたの?」

「はう……恥ずかしいっ」

「そこの露店で食べていこうか。甘い匂いがする」

 顔を赤くしたマリーを連れて、近くにあった露店まで連れて行った。
 その店では焼き菓子を売っているようだ。
 丸く焼いた小麦粉に砂糖をまぶしたお菓子が袋に詰められ、甘い匂いを周囲に漂わせている。

「さっき昼ご飯を食べたばっかりだけど……やっぱり、甘い物は別腹だよねー」

「わ、私も食べて良いんですか……?」

「もちろん、美味しいよ?」

「…………」

 ウータが勧めると、マリーがモクモクと丸いカステラのようなお菓子を食べる。

「甘い、美味しい……!」

「うん。蜂蜜も入っているのかな? 美味しいね」

「…………」

 甘いお菓子を食べながら……不思議と、マリーの表情は曇っている。
 さっきまであんなに楽しそうに案内をしてくれていたのに、急に思いつめた表情。
 その顔を例えるのであれば……まるで、犯した罪の告白を前にした罪人のようだった。

(どうして、こんな顔をしてるのかな? 甘い物を食べているんだから、もっと嬉しそうな顔をしたらいいのに)

 ウータは不思議そうに首を傾げながら、「そういえば……」とマリーに頼み事をする。

「僕は明日にでも東にあるオールデンという町に旅立つつもりなんだ。旅の準備がしたいんだけど、必要な物を売っているお店はあるかな?」

「オールデンに……町を出てしまうんですかっ?」

「うん、そのつもりだけど?」

「そ、そうなんですか……」

 またしても、マリーが表情を暗くさせた。
 しかし、すぐに笑顔になって挙手をする。

「……はいっ! それじゃあ、案内しますねっ!」

「…………?」

 どうにも、ウータの目にはマリーが無理しているように見えた。
 先ほどから、年齢に似合わない憂いの顔を見せている。
 そんな少女らしからぬ反応を不思議に思いながら……ウータはマリーの案内を受けて、とある店を訪れた。
 その店は大通りから外れた場所にあり、やや寂れた雰囲気がある店だった。

「いらっしゃい……って、アンタかい。マリー」

「こんにちは、お婆ちゃん」

 店内にいたのは魔女のような黒いローブを身に付けた老婆である。
 どうやら、マリーと顔見知りのようだった。

「お客さんを連れてきたよ。この人、旅に必要な荷物が欲しいんだって」

「ふうん……見ない顔だねえ。その服といい、黒髪といい、おかしな奴が来たもんだよ」

 老婆がジロジロと不躾にウータのことを観察する。

「まあ、客だっていうのなら歓迎するさ……金はあるんだろうね」

「まあ、わりと」

 ウータが国王から貰った金袋を取り出して、老婆がいるカウンターに置いた。
 開いた口から数枚の金貨がこぼれ出る。

「おお?」

「…………!」

 老婆とマリーがそろって目を剥いた。
 いきなり札束を取り出したようなものなので、この反応も当然である。
 老婆はしばし驚きに固まっていたが、すぐにクシャリと表情を歪めて笑顔になった。

「金払いの良い奴だったら、どんな怪しい奴だって大歓迎だよ。すぐに旅に必要な物を持ってきてやるから、そこで待っていな」

「あ、はい」

 老婆がテキパキとした動きで棚から物を持ってきて、カウンターの上に並べる。
 大きなリュックサック、テント、寝袋、外套、カンテラ、食料品、水筒、ナイフ……それなりに大量の物品がカウンターに積まれていく。

「一通り揃えたら、かなりの量になるけど……アンタ、馬か騎竜は持っているのかい?」

 騎竜というのは、ここに来る途中にも見かけた小型の竜のような生き物だろう。
 馬のように人を乗せていたり、荷物を運んでいたりしていた。

「ないけど……別に問題ないよ」

 ウータが荷物を掴んで、虚空に放り込む。
 テーブルに並べられた大量の荷物が見えない怪物に食べられているかのように、次々と数を減らしていく。

「アイテムボックス……アンタ、空間魔法を使えるのかい!?」

 老婆が驚いた様子で叫んだ。

「それは『賢者』か『冒険王』のジョブについた人間しか使えないはずなのじゃが……アンタ、まさか高位職に就いているのかい!?」

「んー? 僕は学生で『無職』のはずだけど?」

「『無職』にアイテムボックスが使えるわけないだろう!? 年寄りを騙すんじゃないよ!」

「そもそも、ジョブって何なのかな? 王様にも言われたけど?」

「王様……? アンタ、ジョブのことを知らないのかい? アンタ、いったいこれまでどうやって生きてきたんだい?」

 老婆が呆れた顔をして、ウータに説明してくれた。

 この世界の人間は生まれながらにして『ジョブ』というものを持っており、それによって人生がほぼ決まってしまうらしい。
 ジョブには『剣士』や『魔法使い』のような戦闘に長けたもの、『商人』や『職人』のように人の生活を支えるものなど様々である。
 基本的に生まれながらのジョブを変える方法はないのだが、神が生み出した特別な魔法を使うことで、特別に変更することもできるとか。

「『無職』は何の力も持たず、魔法を使うこともできないジョブだよ。役に立たないから、神に見放された職業なんて言われているねえ」

「へー、それであんな反応だったのか」

 あからさまにウータのことを蔑む顔をしていた国王を思い出す。
 この世界において、『無職』は差別される存在なのだろう。

「よくわかったよ。ちなみに、お婆さんの職業とか聞いたら失礼になるのかな?」

「アタシは普通に『商人』だよ。珍しくもないねえ」

「へー。それじゃあ、マリーは…………あれ?」

 マリーの方を見やるウータであったが、すぐに目を瞬かせた。
 いつの間にか、そこにいたはずのマリーがいなくなっている。
 少し前から会話に参加してこなかったが……いつからいないのだろう?

「あれ、あれれ? そういえば……」

 ウータが横に視線をスライドさせる。
 カウンターに置いていたはずの金貨の袋が消えていた。
 この世界におけるウータの全財産が入った布袋が、跡形もなく無くなっている。

「もしかして……盗まれた?」

 またしても、お金を盗難されたらしい。
 会ったばかりだったが、それなりに好意を抱いていた少女の裏切りを受けて、ウータは呆然と立ちすくむのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

両親が勇者と魔王だなんて知らない〜平民だからと理不尽に追放されましたが当然ざまぁします〜

コレゼン
ファンタジー
「ランス、おまえみたいな適なしの無能はこのパーティーから追放だ!」  仲間だと思っていたパーティーメンバー。  彼らはランスを仲間となどと思っていなかった。  ランスは二つの強力なスキルで、パーティーをサポートしてきた。  だがそんなランスのスキルに嫉妬したメンバーたちは洞窟で亡き者にしようとする。  追放されたランス。  奴隷だったハイエルフ少女のミミとパーティーを組み。  そして冒険者として、どんどん成りあがっていく。  その一方でランスを追放した元パーティー。  彼らはどんどん没落していった。  気づけはランス達は、元パーティーをはるかに凌駕していた。  そんな中、ある人物からランスは自身の強力なスキルが、勇者と魔王の固有のスキルであることを知らされる。 「え!? 俺の両親って勇者と魔王?」  ランスは様々な争いに次々と巻き込まれていくが――  その勇者と魔王の力とランス自身の才によって、周囲の度肝を抜く結果を引き起こしてゆくのであった。 ※新たに連載を開始しました。よければこちらもどうぞ!  魔王様は転生して追放される。今更戻ってきて欲しいといわれても、もう俺の昔の隷属たちは離してくれない。  https://www.alphapolis.co.jp/novel/980968044/481690134  (ページ下部にもリンクがあります)

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

S級スキル【竜化】持ちの俺、トカゲと間違われて実家を追放されるが、覚醒し竜王に見初められる。今さら戻れと言われてももう遅い

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
 主人公ライルはブリケード王国の第一王子である。  しかし、ある日―― 「ライル。お前を我がブリケード王家から追放する!」  父であるバリオス・ブリケード国王から、そう宣言されてしまう。 「お、俺のスキルが真の力を発揮すれば、きっとこの国の役に立てます」  ライルは必死にそうすがりつく。 「はっ! ライルが本当に授かったスキルは、【トカゲ化】か何かだろ? いくら隠したいからって、【竜化】だなんて嘘をつくなんてよ」  弟である第二王子のガルドから、そう突き放されてしまう。  失意のまま辺境に逃げたライルは、かつて親しくしていた少女ルーシーに匿われる。 「苦労したんだな。とりあえずは、この村でゆっくりしてくれよ」  ライルの辺境での慎ましくも幸せな生活が始まる。  だが、それを脅かす者たちが近づきつつあった……。

妾の子だった転生勇者~魔力ゼロだと冷遇され悪役貴族の兄弟から虐められたので前世の知識を活かして努力していたら、回復魔術がぶっ壊れ性能になった

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
◆2024/05/31   HOTランキングで2位 ファンタジーランキング4位になりました! 第四回ファンタジーカップで21位になりました。皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 『公爵の子供なのに魔力なし』 『正妻や兄弟姉妹からも虐められる出来損ない』 『公爵になれない無能』 公爵と平民の間に生まれた主人公は、魔力がゼロだからという理由で無能と呼ばれ冷遇される。 だが実は子供の中身は転生者それもこの世界を救った勇者であり、自分と母親の身を守るために、主人公は魔法と剣術を極めることに。 『魔力ゼロのハズなのになぜ魔法を!?』 『ただの剣で魔法を斬っただと!?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ……?』 『あいつを無能と呼んだ奴の目は節穴か?』 やがて周囲を畏怖させるほどの貴公子として成長していく……元勇者の物語。

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

追放された幼女(ロリ)賢者は、青年と静かに暮らしたいのに

怪ジーン
ファンタジー
魔王倒すべく結成された勇者パーティーを、ワガママという理由から追放された幼女。冒険者ギルドのパーティーが国から公式に認定されるSランクになった途端に追い出された青年。 二人が出会う時、パーティーを見返す為に魔王を倒しに──出かけない。 「魔王? それより、お菓子はまだか!」 「今用意してますからお皿を並べておいてください」 二人は異世界スローライフを目指す! 毎日0時、投稿予定。 「ついロリ」をよろしくお願いします。 完結しました。第二部、4/15スタート予定

処理中です...