上 下
6 / 104

6.異世界は治安が悪い

しおりを挟む

 路地裏に転移したウータは、そのまま城下町の大通りへと出た。
 すると、そこには賑やかな光景が広がっていた。

「おお、ファンタジーだ」

 そこにあったのはまさにファンタジーといえるような街並みだった。
 大通りには中世ヨーロッパ風の三角屋根の建物が並んでおり、そこには大勢の人々が行き交っている。
 普通の人間に混じって、いわゆるエルフやドワーフ、獣人と呼ばれるような者達も歩いており、何とも異国情緒が溢れる幻想的な光景が広がっていた。

「安いよ、安いよー! ナップルの実が安いよー!」

「奥さん、こっちの魚見ていってー。獲れたて新鮮だよー」

 通りに並んだ店からは、店主の客引きの声も聞こえてくる。
 こうして見ると、ファンタジー世界もどこかの商店街とさほど変わらない。
 どちらも大勢の人間が暮らしていて、彼らの生活の営みがあるようだ。

「おっと、ごめんな」

「わっ」

 通りをぼんやりと眺めていたら、誰かがぶつかってきた。
 その誰かは謝罪の言葉を残して、そそくさと人混みの中に消えていく。

「……へえ、治安はそれほど良くないのかな」

 ウータは小さくつぶやく。
 財布をすられてしまった。
 財布といっても、あの国王から貰った金貨の袋だが。

「えいっ」

「へ……?」

 軽く気合を入れて力を使うと……ウータのすぐ目の前に財布を盗んだスリの姿が現れる。
 スリは何が起こったのかわからないといった顔をしており、右手にはウータから盗んだ金袋を持っていた。

「ごめんね、これがないと困るから返してもらうよ」

「あ……」

 ウータがスリの手から金袋を取り返し、再びポケットに入れた。
 金さえ戻ってくれば、後はどうでもいい。
 スリを放置して去っていこうとする。

「あ、おい! 待て!」

 しかし……スリが何故か食い下がってきて、ウータの肩を掴んでくる。

「それは俺の金だ! 返しやがれ!」

「おお、文字通りに盗人猛々しいなあ。人から盗んだ物を自分のとか言っちゃうんだ」

「う、うるせえ! さっさとそれを……」

「やめておけばいいのにね、この世界も馬鹿が多いよ」

「ッ……!?」

 ウータは再度、力を行使する。
 肩を掴んでいた男の手首から指先までが、一瞬でちりに変わった。

「今はそれほど機嫌が悪くないから、左手だけでいいよ。右手は大切にしてね」

「ひ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

「すたこら、さっさ」

 悲鳴を上げる男に周囲からの視線も集まるが……ウータは素知らぬ顔で、人混みに紛れてその場を去る。
 あのスリは標的にする人間を間違えた。
 ただ、それだけのことである。


     〇     〇     〇


「とりあえず、腹ごしらえかなー。ご飯を食べよう」

 のんびりと言いながら、ウータは大通りを散策した。
 通りには露店も多く合って、串に刺した肉を焼いていたり、何かのスープを売っていたりする。
 この辺りで済ませてしまっても良いが……ふと、スパイシーな匂いが鼻を突いてきた。

「これは……」

 ウータの視線が匂いの方に視線を向けると、そこには小さな食堂があった。
 スパイスの香りはそこからしてくるようだ。

「うん、いいね」

 店構えも綺麗で、それでいて高級店というふうには見えない。
 ちょっと昼ご飯を食べるには手頃そうな店だった。
 ウータが店に入ると、恰幅の良い店主がカウンターの向こうから声をかけてくる。

「いらっしゃい! 空いている席に座ってよー!」

「あ、はい」

 ウータがカウンターの席に座った。
 メニューらしきものが置かれていたので、手に取ってみる。
 そこに書かれているのは初めて見る文字だったが、不思議と意味は理解することができた。

「カリー……?」

 予想通り。
 匂いの正体は『カリー』……つまり、カレーだったようである。
 道理で食欲をそそられるわけだ。
 メニューには『野菜カレー』や『チキンカレー』、『シーフドカレー』などが羅列されている。

「それじゃあ、チキンカレーで」

「あいよ、お飲み物は?」

「えーと、水で良いです」

「はいよ、お水ね。お題は先払いだよ。五百五十Ptペイツね」

「あー、えーと……」

 通貨がわからない。
 ウータは金袋に入っていた金貨を一枚取り出し、カウンターにおいて店主の反応を見る。

「あー、一万Ptの金貨ね。細かいのはないのかい?」

「すみません。今日はこれしかなくって」

「仕方ないなあ。お釣りを持ってくるから待っていてくれ」

 店主は受け取った金貨を持って、店の奥に消えていく。
 すぐに戻ってきて、ウータに十数枚の貨幣を渡してきた。

「はいよ、確認してくれ」

「どうも」

 ウータは渡されたお釣りを確認する。
 大きな銀貨が九枚、小さな銀貨が四枚、銅貨が五枚。
 そして……先ほど、店主は金貨のことを『一万Pt』と言っていた。

(金貨が一枚一万Ptだから……十進法として、大銀貨が一千、銀貨が百、銅貨が十ってところかな?)

 Ptの価値は『円』とそれほど変わらないと思う。
 チキンカレーが五百五十円と考えたら、それなりにお手頃価格なはず。

(王様がくれた袋には金貨が百枚くらい入っていたから……百万Ptってことね)

 それなりに大金をくれていたらしい。
 どうせ殺して、奪い返すのだからということかもしれないが。

(助かったよ、お互いにね。あまりにも少額だったら、お金を取りに戻らなくちゃいけないところだった)

 そうなれば、確実に国王は絶望の底に落とされることだろう。
 自分を二十年老化させた悪魔に、再び会うことになるのだから。

「はい、チキンカレー。お待ち」

「わっ、美味しそう!」

 考えているうちに、料理ができたようだ。
 カウンター席に皿に入ったカレーとナンが置かれる。
 食欲を誘うスパイスの匂いがさらに強くなり、胃袋が空腹を訴えてきた。

「いただきますっ!」

 これからのことなど考えることは多いが、とりあえず、今するべきことは腹ごしらえである。
 ウータはナンを千切って、カレーを付けてから口に運んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

剣と弓の世界で俺だけ魔法を使える~最強ゆえに余裕がある追放生活~

初雪空
ファンタジー
ランストック伯爵家にいた、ジン。 彼はいつまでも弱く、レベル1のまま。 ある日、兄ギュンターとの決闘に負けたことで追放。 「お前のような弱者は不要だ!」 「はーい!」 ジンは、意外に素直。 貧弱なモヤシと思われていたジンは、この世界で唯一の魔法使い。 それも、直接戦闘ができるほどの……。 ただのジンになった彼は、世界を支配できるほどの力を持ったまま、旅に出た。 問題があるとすれば……。 世界で初めての存在ゆえ、誰も理解できず。 「ファイアーボール!」と言う必要もない。 ただ物質を強化して、逆に消し、あるいは瞬間移動。 そして、ジンも自分を理解させる気がない。 「理解させたら、ランストック伯爵家で飼い殺しだ……」 狙って追放された彼は、今日も自由に過ごす。 この物語はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ないことをご承知おきください。 また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※ カクヨム、小説家になろう、ハーメルンにも連載中

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

若返った! 追放底辺魔術師おじさん〜ついでに最強の魔術の力と可愛い姉妹奴隷も手に入れたので今度は後悔なく生きてゆく〜

シトラス=ライス
ファンタジー
パーティーを追放された、右足が不自由なおじさん魔術師トーガ。 彼は失意の中、ダンジョンで事故に遭い、死の危機に瀕していた。 もはやこれまでと自害を覚悟した彼は、旅人からもらった短剣で自らの腹を裂き、惨めな生涯にピリオドを……打ってはいなかった!? 目覚めると体が異様に軽く、何が起こっているのかと泉へ自分の姿を映してみると……「俺、若返ってる!?」 まるで10代のような若返った体と容姿! 魔法の要である魔力経路も何故か再構築・最適化! おかげで以前とは比較にならないほどの、圧倒的な魔術の力を手にしていた! しかも長年、治療不可だった右足さえも自由を取り戻しているっ!! 急に若返った理由は不明。しかしトーガは現世でもう一度、人生をやり直す機会を得た。 だったら、もう二度と後悔をするような人生を送りたくはない。 かつてのように腐らず、まっすぐと、ここからは本気で生きてゆく! 仲間たちと共に!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。

暇野無学
ファンタジー
 馬鹿の巻き添えで異世界へ、召喚した神様は予定外だと魔法も授けずにテイマー神に丸投げ。テイマー神もやる気無しで、最低限のことを伝えて地上に降ろされた。  テイマーとしての能力は最低の1だが、頼りは二柱の神の加護だけと思ったら、テイマーの能力にも加護が付いていた。  無責任に放り出された俺は、何時か帰れることを願って生き延びることに専念することに。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...