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『訃報』

 その二文字に俺……時田信也は心臓が握りつぶされたような衝撃を感じた。

 死んだ。
 幼馴染が。
 かつて、好きだった女の子が死んだ。

 俺が春香と最後に会ったのはもう十年も前。
 高校の卒業式。
 俺が地元から出て、東京で暮らすようになる前のことだ。

『ねえ、信也。私達……付き合わない?』

『これで信也とお別れだなんて寂しいよ。恋人同士になったら、別々の進路に進んでも、ずっと一緒に入れるでしょ?』

 照れて視線を逸らしながら、春香は緊張した声でそんなことを言った。

 彼女の思いに応えることができたら……俺は狂おしいまでにそう思った。

『……ごめん』

 だけど、俺は春香の告白を断った。
 断らなければいけない理由があったのだ。

『え……』

 その時の絶望に満ちた春香の表情は忘れられない。

 結局、春香とはそれきりだった。
 大学を卒業してからも、東京の企業に就職。
 何度か実家には帰ったものの、あえて春香と会うことはなかった。
 俺は今年で二十八歳。
 いまだ、独身のままである。

 その後、俺は慌てて地元に帰った。
 葬式に参列した俺であったが……そこで、彼女の両親からさらに衝撃的な事実を聞かされる。

「春香はね、自殺してしまったんだ」

 彼女の父親が疲れ切ったような表情で、俺にそう告げた。

 自殺。
 浴室で手首を切って死んでいたのは、春香の母親が見つけたらしい。

「自殺って……どうしてそんな……!」

 俺は拳を握りしめた。
 爪が掌に刺さり、血がにじんでくる。

「娘はね……DV、虐待されていたようなんだ。結婚相手、あの子の夫からね」

「…………!」

「少し前に夫からの暴力に耐えかねて家に帰ってきていたんだが……まさか、こんなことになるなんて……」

 春香は高校を卒業後しばらくして、一人の男性と交際を始めたようだ。
 専門学校を出て、地元企業に就職してから結婚したのだが……新婚生活は幸福なものではなかったらしい。
 春香の遺体には殴られた痕が無数にあったようだ。
 古いもの、新しいもの。刃物で切られたような傷さえあったとのこと。

 春香の夫は暴行・傷害の容疑で逮捕されているらしい。

「何で……どうして、春香がそんなことに……何で、そんな男と結婚なんてしちゃったんだ……!」

「……娘は自暴自棄になっていたからな。高校を卒業してからずっと」

「…………!」

「専門学校に通いながら、盛り場に顔を出して夜遅くまで酒を飲んでいたこともあった。まるで現実から逃げるようにね」

 自暴自棄。
 高校を卒業してから。
 それが意味すること、原因に心当たりがあった。

「恨み言というわけではないが……君があの子と結婚してくれていたら、どれだけ良かったかと思うよ」

「…………」

「……すまない。忘れてくれ。今さらの話だったな」

 春香の父親は目頭を押さえて、話を終えた。

 そこから先のことはあまり覚えていない。
 どのようにして戻ってきたのだろう……いつの間にか、東京にある社宅の部屋に帰ってきていた。

「春香……」

 彼女はこの十年間、何を思って生きていたのだろう。
 辛いだけの人生だったのか。
 今日、死ぬために生きていたとでもいうのだろうか。

 もしも、あの日……卒業式の日に彼女の告白を受け入れていたら、何かが変わっていただろうか。

「クソ……そんなつもりじゃなかったのに……!」

 俺は吐き捨てるように言って、テーブルの上にある缶ビールに手を伸ばす。
 すでに中身が空になった缶が、床にいくつも転がっている。飲まなければやっていられない。

 あの時はそうするしかないと思っていた。
 それが正しい決断だと思っていた。
 だけど……こんな未来が待っているのなら、やっぱり間違いだったのだろうか?

「春香……」

 俺は身を裂くような後悔に苛まれながら、缶ビールをプシュリと開けた。
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