1 / 7
1
しおりを挟む
『訃報』
その二文字に俺……時田信也は心臓が握りつぶされたような衝撃を感じた。
死んだ。
幼馴染が。
かつて、好きだった女の子が死んだ。
俺が春香と最後に会ったのはもう十年も前。
高校の卒業式。
俺が地元から出て、東京で暮らすようになる前のことだ。
『ねえ、信也。私達……付き合わない?』
『これで信也とお別れだなんて寂しいよ。恋人同士になったら、別々の進路に進んでも、ずっと一緒に入れるでしょ?』
照れて視線を逸らしながら、春香は緊張した声でそんなことを言った。
彼女の思いに応えることができたら……俺は狂おしいまでにそう思った。
『……ごめん』
だけど、俺は春香の告白を断った。
断らなければいけない理由があったのだ。
『え……』
その時の絶望に満ちた春香の表情は忘れられない。
結局、春香とはそれきりだった。
大学を卒業してからも、東京の企業に就職。
何度か実家には帰ったものの、あえて春香と会うことはなかった。
俺は今年で二十八歳。
いまだ、独身のままである。
その後、俺は慌てて地元に帰った。
葬式に参列した俺であったが……そこで、彼女の両親からさらに衝撃的な事実を聞かされる。
「春香はね、自殺してしまったんだ」
彼女の父親が疲れ切ったような表情で、俺にそう告げた。
自殺。
浴室で手首を切って死んでいたのは、春香の母親が見つけたらしい。
「自殺って……どうしてそんな……!」
俺は拳を握りしめた。
爪が掌に刺さり、血がにじんでくる。
「娘はね……DV、虐待されていたようなんだ。結婚相手、あの子の夫からね」
「…………!」
「少し前に夫からの暴力に耐えかねて家に帰ってきていたんだが……まさか、こんなことになるなんて……」
春香は高校を卒業後しばらくして、一人の男性と交際を始めたようだ。
専門学校を出て、地元企業に就職してから結婚したのだが……新婚生活は幸福なものではなかったらしい。
春香の遺体には殴られた痕が無数にあったようだ。
古いもの、新しいもの。刃物で切られたような傷さえあったとのこと。
春香の夫は暴行・傷害の容疑で逮捕されているらしい。
「何で……どうして、春香がそんなことに……何で、そんな男と結婚なんてしちゃったんだ……!」
「……娘は自暴自棄になっていたからな。高校を卒業してからずっと」
「…………!」
「専門学校に通いながら、盛り場に顔を出して夜遅くまで酒を飲んでいたこともあった。まるで現実から逃げるようにね」
自暴自棄。
高校を卒業してから。
それが意味すること、原因に心当たりがあった。
「恨み言というわけではないが……君があの子と結婚してくれていたら、どれだけ良かったかと思うよ」
「…………」
「……すまない。忘れてくれ。今さらの話だったな」
春香の父親は目頭を押さえて、話を終えた。
そこから先のことはあまり覚えていない。
どのようにして戻ってきたのだろう……いつの間にか、東京にある社宅の部屋に帰ってきていた。
「春香……」
彼女はこの十年間、何を思って生きていたのだろう。
辛いだけの人生だったのか。
今日、死ぬために生きていたとでもいうのだろうか。
もしも、あの日……卒業式の日に彼女の告白を受け入れていたら、何かが変わっていただろうか。
「クソ……そんなつもりじゃなかったのに……!」
俺は吐き捨てるように言って、テーブルの上にある缶ビールに手を伸ばす。
すでに中身が空になった缶が、床にいくつも転がっている。飲まなければやっていられない。
あの時はそうするしかないと思っていた。
それが正しい決断だと思っていた。
だけど……こんな未来が待っているのなら、やっぱり間違いだったのだろうか?
「春香……」
俺は身を裂くような後悔に苛まれながら、缶ビールをプシュリと開けた。
その二文字に俺……時田信也は心臓が握りつぶされたような衝撃を感じた。
死んだ。
幼馴染が。
かつて、好きだった女の子が死んだ。
俺が春香と最後に会ったのはもう十年も前。
高校の卒業式。
俺が地元から出て、東京で暮らすようになる前のことだ。
『ねえ、信也。私達……付き合わない?』
『これで信也とお別れだなんて寂しいよ。恋人同士になったら、別々の進路に進んでも、ずっと一緒に入れるでしょ?』
照れて視線を逸らしながら、春香は緊張した声でそんなことを言った。
彼女の思いに応えることができたら……俺は狂おしいまでにそう思った。
『……ごめん』
だけど、俺は春香の告白を断った。
断らなければいけない理由があったのだ。
『え……』
その時の絶望に満ちた春香の表情は忘れられない。
結局、春香とはそれきりだった。
大学を卒業してからも、東京の企業に就職。
何度か実家には帰ったものの、あえて春香と会うことはなかった。
俺は今年で二十八歳。
いまだ、独身のままである。
その後、俺は慌てて地元に帰った。
葬式に参列した俺であったが……そこで、彼女の両親からさらに衝撃的な事実を聞かされる。
「春香はね、自殺してしまったんだ」
彼女の父親が疲れ切ったような表情で、俺にそう告げた。
自殺。
浴室で手首を切って死んでいたのは、春香の母親が見つけたらしい。
「自殺って……どうしてそんな……!」
俺は拳を握りしめた。
爪が掌に刺さり、血がにじんでくる。
「娘はね……DV、虐待されていたようなんだ。結婚相手、あの子の夫からね」
「…………!」
「少し前に夫からの暴力に耐えかねて家に帰ってきていたんだが……まさか、こんなことになるなんて……」
春香は高校を卒業後しばらくして、一人の男性と交際を始めたようだ。
専門学校を出て、地元企業に就職してから結婚したのだが……新婚生活は幸福なものではなかったらしい。
春香の遺体には殴られた痕が無数にあったようだ。
古いもの、新しいもの。刃物で切られたような傷さえあったとのこと。
春香の夫は暴行・傷害の容疑で逮捕されているらしい。
「何で……どうして、春香がそんなことに……何で、そんな男と結婚なんてしちゃったんだ……!」
「……娘は自暴自棄になっていたからな。高校を卒業してからずっと」
「…………!」
「専門学校に通いながら、盛り場に顔を出して夜遅くまで酒を飲んでいたこともあった。まるで現実から逃げるようにね」
自暴自棄。
高校を卒業してから。
それが意味すること、原因に心当たりがあった。
「恨み言というわけではないが……君があの子と結婚してくれていたら、どれだけ良かったかと思うよ」
「…………」
「……すまない。忘れてくれ。今さらの話だったな」
春香の父親は目頭を押さえて、話を終えた。
そこから先のことはあまり覚えていない。
どのようにして戻ってきたのだろう……いつの間にか、東京にある社宅の部屋に帰ってきていた。
「春香……」
彼女はこの十年間、何を思って生きていたのだろう。
辛いだけの人生だったのか。
今日、死ぬために生きていたとでもいうのだろうか。
もしも、あの日……卒業式の日に彼女の告白を受け入れていたら、何かが変わっていただろうか。
「クソ……そんなつもりじゃなかったのに……!」
俺は吐き捨てるように言って、テーブルの上にある缶ビールに手を伸ばす。
すでに中身が空になった缶が、床にいくつも転がっている。飲まなければやっていられない。
あの時はそうするしかないと思っていた。
それが正しい決断だと思っていた。
だけど……こんな未来が待っているのなら、やっぱり間違いだったのだろうか?
「春香……」
俺は身を裂くような後悔に苛まれながら、缶ビールをプシュリと開けた。
10
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!
冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。
しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。
話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。
スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。
そこから、話しは急展開を迎える……。
悪役公爵の養女になったけど、可哀想なパパの闇墜ちを回避して幸せになってみせる! ~原作で断罪されなかった真の悪役は絶対にゆるさない!
朱音ゆうひ
恋愛
孤児のリリーは公爵家に引き取られる日、前世の記憶を思い出した。
「私を引き取ったのは、愛娘ロザリットを亡くした可哀想な悪役公爵パパ。このままだとパパと私、二人そろって闇墜ちしちゃう!」
パパはリリーに「ロザリットとして生きるように」「ロザリットらしく振る舞うように」と要求してくる。
破滅はやだ! 死にたくない!
悪役令嬢ロザリットは、悲劇回避のためにがんばります!
別サイトにも投稿しています(https://ncode.syosetu.com/n0209ip/)
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。
レオナール D
ファンタジー
大切な姉と妹、幼なじみが勇者の従者に選ばれた。その時から悪い予感はしていたのだ。
田舎の村に生まれ育った主人公には大切な女性達がいた。いつまでも一緒に暮らしていくのだと思っていた彼女らは、神託によって勇者の従者に選ばれて魔王討伐のために旅立っていった。
旅立っていった彼女達の無事を祈り続ける主人公だったが……魔王を倒して帰ってきた彼女達はすっかり変わっており、勇者に抱きついて媚びた笑みを浮かべていた。
青年が大切な人を勇者に奪われたとき、世界の破滅が幕を開く。
恐怖と狂気の怪物は絶望の底から生まれ落ちたのだった……!?
※カクヨムにも投稿しています。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる