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精霊暴走編

第9話 精霊集結と仮初めの死

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女神の塔。
ここはかつて人々が女神様に祈り思いを伝える場所だった。
今は誰一人訪れる事のない場所。

「ここ?」

「ああ、女神の塔の最上階ならカリンの言う場所に近いかと思う」

フレディーは塔を見上げ、切なげに何かを考えているようだった。
そんな彼に気付いていたのに、私は見て見ぬふりをして逃げるように塔の中へと走っていった。

そして私は最上階で歌う。
帰りたい、ただその想いだけで…

約小一時間ほど…

《カリン様…いくらなんでも無理ですよ》

フワリと私に近寄り心配してシツジが声をかけてきた。
そんな彼を軽く手であしらい、歌い続ける。

シツジは諦めて少し離れた所にいる子供達の元へと飛んでいった。

私が何をしているか。
それはもちろん精霊歌を歌っている。
この国で暴れる全ての精霊を呼び出す為に。

(いい加減さっさと私の前に来なさいよ~!!)

正直言うとかなり辛い、そんな簡単に行くとは思ってはいないけど巡礼なんて面倒なこと絶対したくなかったし、なにより早く帰りたかった。

(大体、なんで私がわざわざ暴走してる精霊に面会しに行くのよ~!!……こっち来いや~!!!!)

「私がぶちギレる前に来なさいよ?」

顔を引きつらせながら歌を歌っていると一陣の風が吹いた。

《こりゃカリン!誰をそんなに呼んでおるのじゃ?》

それは、風の精霊だった。

「んっ?なんだ、風の精霊かぁ~」

《なんじゃ、失礼な。呼ばれたから来てやったのに》

あからさまに、がっかりすると怒られた。

(今の私、余裕ないのよ…)

「ごめん。暴れてる他の精霊呼びたいのよ」

半ばもう疲れたと言わんばかりに風の精霊を見る。

《なんじゃ、そのような事なら手伝えるぞえ》

「ホント!?」

私はガシッと力強く風の精霊の手をとった。

《うっうむ。風に乗せてそなたの歌を届けようぞ》

風の精霊は手を繋いだまま……捕まれたまま、私に合わせて精霊歌を歌いだした。
2人の声が重なり、不思議な音が風に乗って消えていく。

私は全く気付いてなかったのだけど、精霊が見えないルゥくんとフレディーにもわざわざ見えるように姿を表していたようだった。

私達の回りを風が描くように舞い、響き合う歌声。

「――美しいな」

フレディーの私を見る目が違っていたのに、ルゥくんだけが気が付いていた。

(冗談じゃなかったのか…)

風の精霊と精霊歌を歌いだしてどれくらいたっただろう。
歌っている間、時間の間隔がなくなっていく。
今日はもう諦めようかとさえ思いだした頃だった。

私達の回りに沢山の気配を感じた。

(…キター!!)

とりあえず、来てくれたと安堵する。
そして私を取り囲むように精霊達はフワリと降り立った。

光の精霊、闇の精霊、大地の精霊、水の精霊、火の精霊、風の精霊。
精霊達は、お互いの顔を見ると口々に騒ぎだした。

《…何故お前達がいる?》

あからさまに嫌な顔をする闇の精霊。

《あ~何だよ!!お前らいるなら来るんじゃなかったぜ!!》

今にも誰かに突っかかりそうな火の精霊

《困りましたわねぇ~》

と何もかも面倒臭そうな水の精霊。

ぎゃーギャーわーワー!!

「…やかましいわぁ~!!」

私の存在を無視して、ガヤガヤと騒ぐ精霊達。
こっちは長い間、現在進行形で歌い続けてものすごく疲れていた。

 精霊達は一斉にこっちを、私を見る。

「はぁ~。私が貴方達を呼んだのよ。はっきり言うわよ!!今すぐ、暴れるのやめて!!」

《何故貴女の願いを聞かなくてはならないの?》

光の精霊が言った。

「勘違いしないでね」

私はにこやかに微笑んだ。

「これは、命令よ!!」






精霊との話し合い?を終えふらふらとフレディーのもとへ行き、彼に言った。

「精霊はもう暴走しないわ。私達を帰して!!」

(苦しい…)

「…分かった。部屋に戻ろう」

先程の部屋に戻りソファーに向かい合って座った。

「還る方法を話す前に、一ついいか?どうやって精霊を静めたのだ?」

「見てたでしょう?……精霊歌よ」

「いや、精霊歌なのは分かっているのだが…その」

「あ~説教した」

「はっ!?説教!?精霊を?」

そう、説教したのだ。
精霊達があまりにもギャーギャーと口喧嘩しているので、そこへなおれ~!!と全員私の前に正座させ、お説教したのだった。

話している内容までフレディー達には聞こえなかったみたい。

大体、自然の具現体でもある精霊がおのれ自身で環境破壊ってどういう事よ。
まぁそんな話をクドクドと言ったのだけど……
気になることがある。
どの精霊も決まって言うのだ。
長がいないと…。
でもま、その辺の事は精霊の問題だし関わるつもりは微塵もない。

「それで、帰る方法は?」

(あ~もうやだ。しんどい…)

「あっああ!そうだな」

何故かフレディーは言うのをためらっているように思えた。
そして決意したように私を真っ直ぐに見つめた。

「……そうだな。誤魔化しても仕方がない。最初にはっきり言っておこう。還る為には貴女達親子と魂の繋がりが深い人間の命が必要だ」

「えっ…」

(……えっと今、何て言った?)

私が困惑している間にもフレディーは話を進めた。

「それも、何人か分からない一人なのか10人かもっとそれ以上なのか…。少なくとも、貴女達を召喚した時、此方側の人間が30人ほどその命を捧げている」

(何を、何を言っているのフレディーは…そんなの…それじゃあ…)

私は自分の体から体温が一気に冷えていくように感じていた。

「ふざけないで!!じゃあ私は、…私が殺したようなものじゃない!!な…んで、何で!!そんな酷いこと!!死ななくていい命よ!!」

(苦しい…)

今まで堪えてきた感情が爆発した。
涙はとめどなく流れ、心臓を握りつぶされたように苦しかった。

「簡単に決断したと思うか!!!!」

フレディーは今にも泣きそうな悲痛な表情をしていた。

「どうしようもなかったんだ…」

(それでも…酷い、酷すぎるよ…)

「こんなの酷いよ…」

手で顔を覆いうつ向いて、力なくポツリと呟いた。

「貴女を…。カリンを呼ばなければ、この国の人間はみな死んでいた…たった10年、10年でどれだけの人が命を落としたか…」

フレディーは王族だ。
きっと私には分からない色々な悩みを抱えて、この国の為に必死で今までやってきたのだろう。
彼の表情と、言葉は嘘をついているように思えなかった。
現に、フレディーは目に溜まる涙を必死で止めようと、目をシバシバさせていた。

「精霊歌を歌える人を育てることは出来なかったの?」

そんな彼の様子に、私は少し落ち着きを取り戻し力なく言った。

「もちろんやったさ。だが、カリンほど美しく歌える者はいなかった。…それでも、それでも必死で頼んださ!精霊達は聞こうともしなかったがな」

(きっと他にも色々、手を尽くしたんだろうな…だからって…)

沈黙が流れた。

「すまない。関係ない貴女達には酷いことをした。…還るなら手を貸す。」

「少し…考えさせて」

(考える…何を?考える必要なんてない…。もうやだ…はあ、疲れた)

「分かった。侍女に部屋を用意させよう、ゆっくり休んでくれ」

そこから先はあまりよく覚えていない。

(頭が痛い…ガンガンする。もう、気持ちがぐちゃぐちゃすぎて苦しい)

顔色の悪い私を心配して、ルゥくんが声をかけて来たのは覚えている。

「大丈夫か?」

「へーき、少し疲れただけ。精霊歌、歌うのしんどいから…」

ルゥくんは何も言わずヒョイっと私を抱き上げた。

「ルゥくん?」

「しんどいのだろう?」

私はルゥくんを見上げ、力なく笑ってそのまま身を任せた。

(そんな顔で笑うなよ…)

用意された部屋のベッドに下ろされ、クシャクシャっと頭を撫でられた。

「少し寝ろ、子供は心配するな。俺とルカが見てるから」

「でも…」

「いいから寝ろ!」

「……うん」

小さく頷くとルゥくんはとても優しい顔をした。
目を閉じるとそのまま深い眠りへと落ちていった。






彼女が眠るのを確認して俺は寝顔を眺めながらぼんやりと考えていた。

(カリンがあんなふうに声を荒げて…)

「泣くとは思わなかったな…」

いや、何処かで分かっていたはずだ…彼女が傷ついてしまうことくらい。
心の何処かで、許されるような気がしていた。
彼女の事をずっと見てきてそう思いたくなったのかもしれない。
人のことばかり心配する彼女だから、事情を知れば明るい声で「それなら仕方ないよね!」なんて言ってくれるかもしれないと思っていた。

「…ごめんな。目が覚めたらちゃんと謝るから」

涙が残る目尻を優しく拭って、髪をなでた。

(許してくれなくてもいい、嫌ってくれて構わない。尻尾に触りたいというならいくらでも触らせてやる。だから…)

「また、笑ってくれ」





ずっと側でついて居たかったが、子供達あいつらのこともある。
彼女が眠る部屋を後にし、広い城の通路を歩いている時だった。

「に~ちゃ~ん!」

「まって~」

「に~に~」

「ルカ?どうしたんだ?」

「姉ちゃんは?」

「ママは?」

カリンが心配でやって来たのだろう。
子供達は俺の足元で心配そうに見上げていた。

「大丈夫だ。少し疲れただけだ今は寝てるからそっとしておいてやろうな」

そう言うと以外にも明るく笑って返事をした。
もっとぐず付くと思っていたが。

(こういうところ似てるんだな)

「よし!遊ぶか!」

「やった~!」

俺は子供達を連れてその場を後にした。






眠りから覚めた時にはもう夕暮れ時。
ベッドから這い出ると、風に当たりたくてテラスに出た。

体が重い。

(これは、熱でも出たか…)

異世界で…ただ子供達を守る為、帰る為に必死でここまできた。
頑張ったと思う、けれど身心ともに悲鳴をあげていたのかもしれない。
産まれ育った場所とまったく違う土地なのだから当たり前か。

フワリと冷たい風吹く。寒いと感じると同時に心地よいとも思う。

(はぁ帰れない。帰れる訳がない。私達が帰れば、恐らく私の両親や元夫、親族…というか血の繋がりのある一族の全滅。もしかしたら、友達なんかも…)

ただ、涙が溢れた。
ずっと泣くのを我慢してきた。
わけも分からない世界で、子供達が居たから必死に笑って、馬鹿やって誤魔化して…。

(今ごろお母さん達も泣いてるのかな?親不孝でごめんなさい。只でさえ離婚とかで心配かけたのに…子供達と行方不明とか。元夫も彼はどう思うんだろう?離婚したけど、子供達は彼の子でもあるんだし…そりぁ、色々あったけど…。自分のせいとか考えてなければいいな…)

せめて、せめて私達を愛してくれた人達の記憶を、消してくれたら…どんなにマシだろう。
もう、帰れないなら日本では死んだも同然。

(どうか、私達を思って悲しむ人がいませんように)

「……体が重い。ちょっとヤバイかも」

額からは滝のように嫌な汗が出て、体は燃えるように熱いはずなのに凍えるくらい寒かった。

ベッドに戻ろうと体を動かした時、目の前が真っ暗になった。
体に力が入らない。
そのまま崩れるように倒れ、私の意識も遠退いていった。

(辛い…苦しい…さむ、い。……さみしい…よ)







次に気が付いた時、辺りは真っ白だった。

「あ、やばっ!私、死んだ?」

直感的にそう感じた。
子供達残して死ぬとかありえない…しかも異世界で。

「まだ、死んでないですよぉ~」

何とも気の抜けた声が聞こえた。

「……天照様?」

何故かそう思った。
着物を長く引きずり、何処か洋装を感じさせるような姿をしていた。

(奇抜なファッション…なのに似合ってる)

「ピンポンピンポン!!正解!天照よ~」

ふんわりとした笑みを浮かべてパチパチと手を叩く天照様。

「えっと、どうリアクションしたらいいか…」

「ふふふ、驚かせすぎちゃったかしらぁ」

確かに驚きはした。
何処をどう突っ込んでいいのか分からない、コスプレのような衣装に、後光と言っていいのか…彼女自身が発光しているのか、貴女の回りの謎の光に。
一見歩いているように見えるのにふわふわと浮かび、そこに存在しているのに質量がないように思えた。

(……何て言うかイメージが)

黙っていれば凄く綺麗なのに、ものすごく気の抜けた話し方をされる姿に、何処か親しみやすさを感じた。

「さっきも言ったけど~まだ戻れるからね」

「本当ですか!」

「嘘なんか言わないわ~だって、カリンちゃんの体が弱ってたからラッキーってな感じで、私がここに呼んだのだもの」

「え…ラッキーって熱だして苦しんでたところトドメ刺したんですか!?」

(なんて神様よ…)

「だってぇ、心配だったのよ~シツジがね~役に立てないって悩んでたからぁ」

「そっそうですか。」

(…ごめんシツジ、あなたほんとぉ~に何の役にも立ってないよね)

「だから~シツジをレベルアップしたあげるわ~」

「えぇ!?」

(それは何だか嫌な予感しかしないのですが?)

これ以上可笑しな事になっても困るので非常にご遠慮申し上げたくなった。
シツジは友として側にいてくれるだけで充分だ。
なんだかんだで私の側にずっと居てくれて救われている部分もある。
そんな私の気持ちとは反対に日本の最高女神様は愉快そうにされている。

「バグって単語が理解できなくなっちゃってるでしょ~?」

「直るんですか?」

「ううん!直らな~い」

(じゃあ何で言った!)

「その代わり~命名権を与えるわ~本当は神様だけの特権なんだけどねぇ~あっちの世界、神様いないからぁ~」

「ふふふ、自分で名前つけちゃって~」

(えっ…自分で?丸投げですか!?)

「あれ?神様いないんですか?」

たしか精霊歌を歌った場所、女神の塔という名前だったはず。
フレディーがそんなことを言っていたような気がする。
あの時の私は一杯一杯で回りの事を気にする余裕もなかったけど、あの時のフレディーは何処か寂しそうに塔を見上げていた。

(帰ったら…聞いてみようかな)

天照様の顔は、あの時のフレディーのように少し寂しそうに微笑んでいた。

「そうなの…もういないの。人になるんだって言って、神の力を人や精霊に与えて転生しちゃったわ。仕方ないわよね、寂しかったんだと思うの。ウチは神の力とっても弱いけど、沢山の神様がいるでしょう~?」
 
「確かに…日本の神様は家族でしたっけ?」

「そうなのよ、パパとママも早く仲直りしてくれたらいいんだけど…それに、北欧とか地球にはいっぱい神様いるでしょ~?」

「そうですね。人と子供作っちゃったりしてますね。地球の神様ってけっこう自由ですよね」

「そうなのよ!最近では食べ歩きだけじゃなくてファッションも真似したりするのよ~」

(最近の神様は洋服着るんですね。威厳無くなりそう…)

そしてどんどん脱線して行ってる。

「あぁー!!大変!!」

突然、天照様が大声で叫んだ。

「どうしたんですか?」

「カリンちゃんの体が、死後硬直し始めちゃった…」

「えぇー!!それって危ないんじゃ…」

「ごめんね!シツジはこっちでレベルアップしとくから、急いで戻って!!」

「いや、ちょっ戻ってって言われても!!」

天照様は何処から出したのかハリセンを取りだし、私が何かを思うより前に思いっきり私をしばいた。

「いったあぁぁ!!」

「しばらく体動かないかもしれないけど大丈夫だからね~」

意識が遠退いていく間に、「家族に私は元気だと大丈夫って伝えて~」と叫んでいた。
天照様に届いたかは分からないが…。






外はもうすっかり暗く、今夜は雲で星も月も見えない闇に包まれていた。

あれからずっと俺はルカと共に、アンズとイチゴの面倒を見ていた。
面倒を見るとは言っても二人は聞き分けもよく特に困るような事はなかった。

「ルゥにぃ、大丈夫だよ」

気がつくとアンズが目の前で何かを見据えるように俺の前にいた。

「ママのこと心配?大丈夫なのよ。ママはすぐに帰ってくるから」

どうやら俺の心がここに在らずなのを感じ取ったらしい。
苦笑するしかなかった。
子供に分かるほどそんなに顔に出ていたのだろうか。

「寂しくないのか?」

「どうして?ママはぜったいあんちゃんといっちゃんの傍からいなくならないもん。それに、ルゥにぃもルカにぃもいるもん。ねぇ~いっちゃん」

「ねぇ~ねぇね」

二人は顔を見合わせてにぃ~と満面に笑った。

「だからルゥにぃも大丈夫なのよ」

(はは、俺の方が慰められたな…)

「兄ちゃん、気になるなら様子見にいったら?」

「そうだな、お前達が寝たらな」

そう言ってアンズとイチゴの頭を撫でてやると、二人とも嬉しそうに寝台へと元気に走っていった。

「ルカ兄ちゃん早く~尻尾ぎゅってして寝る~」

「いっちゃんも~」

「ええ~!」

カリンの尻尾好きは遺伝するのだろうかと苦笑するしかなかった。

それから一時間もしないうちに規則正しい寝息が聞こえてくる。

(ルカがいれば大丈夫そうだな)

眠る三人の姿に、ルカを連れて来て良かったと今さらながら思った。
本当はカリン達と関わらせるつもりなどなかった。
いつものように一人置いてくるつもりだった。
カリンの怒る姿を思い出して苦笑した。
なんだかんだとルカに頼っている自分がいるからだ。

カリンから言わせれば、ルカはまだまだ子供で守るべき存在なのだろう。
確かにそうなのだが、獣人と人間を一緒にしてもらっては困ることもある。
ルカは七歳だが人間で言うなら十歳前後の精神と肉体に至っては人間の大人よりも卓越した運動能力を持っている。
見た目よりもずっと大人なのだ。
だから知らず知らず任せてしまっている。

(カリンは子供だけでって心配ばかりだがな)

結局最後には彼女の事を考えていると気付いてしまい笑うしかなかった。

(様子を見に行くか)

さっきからどうしようも無いくらいに気になって仕方がなかった。
胸騒ぎがする…とでも言えばいいのだろか。

何故か焦る気持ちを押さえて部屋を出た。






何もないはずだ。
彼女は寝台で眠っているはずで、起きていたとしても迎え入れてくれるはずだ。
夜遅くに訪れた事に文句は言われるかもしれないが…

彼女のいる部屋の前で止まり、軽く戸を叩いたが返事がない。
眠っているのだろうと気にせず開かれた扉の先に…彼女は居なかった。

「カリン?」

寝台には彼女の姿は無く、触れると時間がたっているのか冷たかった。

ふわりと風が髪に揺れた。
誘うようにカーテンレースが風で広がり、テラスが開け放たれている事を知る。
同時に凍りついたように目が離せなくなった。
揺れるカーテンの先に横たわる彼女の姿があった。

「カリン!!」

(なんで!なにがあったんだ!!)

駆け寄って抱き起こした彼女の顔には血の気はなく…冷たかった。

「カリン!!しっかりしろ!カリン!!」

彼女の胸に耳を押し付け本来なら聞こえるはずの音を探した。

(嘘、だろ…冗談だろ!!)

力なくぐったりとその身を任せる姿に激しい恐怖と悲しみが襲ってくる。
……それは死を意味していた。

「カリン!!」

(違う!こんな…)

「…こんなつもりじゃなかった!!死なせる為に喚んだんじゃない!!」

後悔。
どう言い訳してもある程度、彼女には犠牲になってもらうしかないと理解はしていた…分かっていた。
カリン自身の命を奪う訳じゃないから、怒っても憎まれても傍で助けるつもりだった。

「……俺はまだ何も言ってない…」

謝罪も感謝も――ずっと隠していた感情も…

抱き締めてしまえば自分の腕の中にすっぽりと入ってしまう華奢な体。

(こんなにも小さかったのか…ごめん、な。辛かったよな…)

「クソッ!!……畜生!!」

震える体ですがるように抱き締めて…俺は泣くしかなかった。
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