黒猫は闇に泣く

ギイル

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午前零時

玩具売り I

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アルコールの匂いが鼻にこべりつく。
国境を挟んだ隣国、時代の流れに取り残された遺物だと皮肉を込めて呼ばれる国。未だ嘗ての神々を信じ、崇め奉る古臭いこの国を訪れるのは頭の可笑しな旅芸人か芸術家くらいだ。
「ねえ、お兄さん。寄ってかない?」
すっかり酒の回った男たちに囲まれた、店の女が声を掛けてきた。大きなジョッキを腕いっぱいに抱えて看板娘は来店を促す。
「いや、いいよ。お酒はちょっとね」
「やだ、未成年?」
返事をすることなく薄い笑みではぐらかす。小さく手を振ると女も顔を赤らめて手を振り返した。周囲の旅芸人達がはやし立てているのを横目に、街の散策を再開した。
路上販売が盛んなこの街は王都に一番近い城下町。路肩にガラクタにも近い商品を並べた老若男女が、客を呼び込む声を上げていた。
「これ、義手?」
路上で売買する物ではないと思うのだが。人の手足を陳列した店に、咄嗟に足を止めていた。
「そう。義足もあるよ」
座り込んでいた男がそう答えた。低いどちらかと言えば嗄れた声だった。適当な相槌を打ちながら、木製の手足をまじまじと見つめていると今度は男が声をかけた。
「お前さん能力者か?」
「……内緒」
男の問いかけに笑い返し、はぐらかす。察したかのように男は口を開いた。
「俺も能力者だ」
人間の多いこの街で、能力者ははぐれ者の扱いを受けるのは有名な話だ。もっとも、男は気にしていない様子だったが。
「俺はロキ。お前さんは?」
今度は笑って誤魔化すこともできなさそうだ。暫く考え込む仕草をした後、口を開く。
とき。能力者だけどこれは秘密」
口の前で指を立てて、艶やかに口角を上げてみせる。自身の容姿の良さを活かした人と親密になる、幼い頃身につけたちょっとした秘訣だった。
「声からしてお前さん男か」
男にしては少し長めに、一つに纏めれば短い尻尾ができる程度に切った金の髪。琥珀色の目は切れ長でその風貌は美人とも取れる。中性的な見た目は刻の商売道具だ。
「よくどっちって聞かれるのに。すごいね」
「その辺には敏感なんだよ」
鼻で笑ったロキは展覧用の義足を弄る。
「義肢装具士なんて珍しいね」
「この街では良くある職だよ」
ロキは義眼や各パーツまでも取り扱っているらしく、自身の身体より一回りも大きい木の箱から色々と取り出しては見せてくれた。
「この国は工業が主流でな。よく身体の一部が飛んだ人間が来るんだよ」
刻はテントの屋根の陰に屈んでロキの話に耳を傾ける。
「最近、隣の国との国境線で戦争やるって話だった。なのに結局向こうが一時撤退して発注されてたのはキャンセルだよ」
「災難だったね」
「だからこうして売れなくなった義肢を売ってるってわけさ」
義肢の付け根に彫られている印。おそらくこの国の紋章だろう。それをじっと見つめる刻をロキは苦く笑った。
「お前さんは旅の芸人か?」
「……どうして?」
「ナイフ持ってるだろ。しかも結構な本数だな」
刻は驚いた顔をしてみせる。ロキは自身の指で耳を軽く小突いてみせた。
「耳いいの?」
「なにぶん目が不自由なもんでな」
ロキは深く被った草臥くたびれた帽子をくいと指で持ち上げてみせる。良く見てみれば目は焦点を合わせていない、作り物の淡淡しい色をした義眼だった。試しに手を振ってみてもロキは手を振り返さない。視力を失った人は代償に他の感覚が研ぎ澄まされると聞いたことがある。
どうやらロキは聴力が非常に発達しているらしく、刻の装備も、ナイフの微かな金属音で聞き分けたようだった。
「で、どうなんだ?」
返答を待つロキ。刻はゆっくりと立ち上がると、薄い笑いを浮かべてみせた。
「ナイフ投げは得意だよ」
既に日は空高く上がっていた。もう昼を過ぎてしまうが、そろそろ戦争が始まる頃だろうか。燈は普遍戦域ヴァルハラに到着している頃だ。
刻を含む各ギルドお抱えの裏方は数刻早く隣国へ潜入し、一度普遍戦域ヴァルハラで宣戦布告を待ってから党首の首を取る計画だ。議会が練り上げた残酷だが効率の良い作戦は、今同じくして水面下で遂行されているところだろう。
「友人との待ち合わせがあるんだ」
刻は僅かに口角を上げる。
「じゃあね」
「ああ」
短く返事をしたロキに、刻はわざと手を振ってみせた。
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