黒猫は闇に泣く

ギイル

文字の大きさ
上 下
3 / 3
午前零時

玩具売り I

しおりを挟む
アルコールの匂いが鼻にこべりつく。
国境を挟んだ隣国、時代の流れに取り残された遺物だと皮肉を込めて呼ばれる国。未だ嘗ての神々を信じ、崇め奉る古臭いこの国を訪れるのは頭の可笑しな旅芸人か芸術家くらいだ。
「ねえ、お兄さん。寄ってかない?」
すっかり酒の回った男たちに囲まれた、店の女が声を掛けてきた。大きなジョッキを腕いっぱいに抱えて看板娘は来店を促す。
「いや、いいよ。お酒はちょっとね」
「やだ、未成年?」
返事をすることなく薄い笑みではぐらかす。小さく手を振ると女も顔を赤らめて手を振り返した。周囲の旅芸人達がはやし立てているのを横目に、街の散策を再開した。
路上販売が盛んなこの街は王都に一番近い城下町。路肩にガラクタにも近い商品を並べた老若男女が、客を呼び込む声を上げていた。
「これ、義手?」
路上で売買する物ではないと思うのだが。人の手足を陳列した店に、咄嗟に足を止めていた。
「そう。義足もあるよ」
座り込んでいた男がそう答えた。低いどちらかと言えば嗄れた声だった。適当な相槌を打ちながら、木製の手足をまじまじと見つめていると今度は男が声をかけた。
「お前さん能力者か?」
「……内緒」
男の問いかけに笑い返し、はぐらかす。察したかのように男は口を開いた。
「俺も能力者だ」
人間の多いこの街で、能力者ははぐれ者の扱いを受けるのは有名な話だ。もっとも、男は気にしていない様子だったが。
「俺はロキ。お前さんは?」
今度は笑って誤魔化すこともできなさそうだ。暫く考え込む仕草をした後、口を開く。
とき。能力者だけどこれは秘密」
口の前で指を立てて、艶やかに口角を上げてみせる。自身の容姿の良さを活かした人と親密になる、幼い頃身につけたちょっとした秘訣だった。
「声からしてお前さん男か」
男にしては少し長めに、一つに纏めれば短い尻尾ができる程度に切った金の髪。琥珀色の目は切れ長でその風貌は美人とも取れる。中性的な見た目は刻の商売道具だ。
「よくどっちって聞かれるのに。すごいね」
「その辺には敏感なんだよ」
鼻で笑ったロキは展覧用の義足を弄る。
「義肢装具士なんて珍しいね」
「この街では良くある職だよ」
ロキは義眼や各パーツまでも取り扱っているらしく、自身の身体より一回りも大きい木の箱から色々と取り出しては見せてくれた。
「この国は工業が主流でな。よく身体の一部が飛んだ人間が来るんだよ」
刻はテントの屋根の陰に屈んでロキの話に耳を傾ける。
「最近、隣の国との国境線で戦争やるって話だった。なのに結局向こうが一時撤退して発注されてたのはキャンセルだよ」
「災難だったね」
「だからこうして売れなくなった義肢を売ってるってわけさ」
義肢の付け根に彫られている印。おそらくこの国の紋章だろう。それをじっと見つめる刻をロキは苦く笑った。
「お前さんは旅の芸人か?」
「……どうして?」
「ナイフ持ってるだろ。しかも結構な本数だな」
刻は驚いた顔をしてみせる。ロキは自身の指で耳を軽く小突いてみせた。
「耳いいの?」
「なにぶん目が不自由なもんでな」
ロキは深く被った草臥くたびれた帽子をくいと指で持ち上げてみせる。良く見てみれば目は焦点を合わせていない、作り物の淡淡しい色をした義眼だった。試しに手を振ってみてもロキは手を振り返さない。視力を失った人は代償に他の感覚が研ぎ澄まされると聞いたことがある。
どうやらロキは聴力が非常に発達しているらしく、刻の装備も、ナイフの微かな金属音で聞き分けたようだった。
「で、どうなんだ?」
返答を待つロキ。刻はゆっくりと立ち上がると、薄い笑いを浮かべてみせた。
「ナイフ投げは得意だよ」
既に日は空高く上がっていた。もう昼を過ぎてしまうが、そろそろ戦争が始まる頃だろうか。燈は普遍戦域ヴァルハラに到着している頃だ。
刻を含む各ギルドお抱えの裏方は数刻早く隣国へ潜入し、一度普遍戦域ヴァルハラで宣戦布告を待ってから党首の首を取る計画だ。議会が練り上げた残酷だが効率の良い作戦は、今同じくして水面下で遂行されているところだろう。
「友人との待ち合わせがあるんだ」
刻は僅かに口角を上げる。
「じゃあね」
「ああ」
短く返事をしたロキに、刻はわざと手を振ってみせた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

異世界転生 転生後は自由気ままに〜

猫ダイスキー
ファンタジー
ある日通勤途中に車を運転していた青野 仁志(あおの ひとし)は居眠り運転のトラックに後ろから追突されて死んでしまった。 しかし目を覚ますと自称神様やらに出会い、異世界に転生をすることになってしまう。 これは異世界転生をしたが特に特別なスキルを貰うでも無く、主人公が自由気ままに自分がしたいことをするだけの物語である。 小説家になろうで少し加筆修正などをしたものを載せています。 更新はアルファポリスより遅いです。 ご了承ください。

“絶対悪”の暗黒龍

alunam
ファンタジー
暗黒龍に転生した俺、今日も女勇者とキャッキャウフフ(?)した帰りにオークにからまれた幼女と出会う。  幼女と最強ドラゴンの異世界交流に趣味全開の要素をプラスして書いていきます。  似たような主人公の似たような短編書きました こちらもよろしくお願いします  オールカンストキャラシート作ったら、そのキャラが現実の俺になりました!~ダイスの女神と俺のデタラメTRPG~  http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/402051674/

異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家
ファンタジー
 科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。  実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。  無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。  辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。

あるギルドの一日

空知音
ファンタジー
 舞台はとある世界のとあるギルド。 そこには、とても小さなギルマスがいます。  彼女がギルドの仕事や様子について教えてくれるお話です。  

HEAD.HUNTER

佐々木鴻
ファンタジー
 科学と魔導と超常能力が混在する世界。巨大な結界に覆われた都市〝ドラゴンズ・ヘッド〟――通称〝結界都市〟。  其処で生きる〝ハンター〟の物語。  残酷な描写やグロいと思われる表現が多々ある様です(私はそうは思わないけど)。 ※英文は訳さなくても問題ありません。むしろ訳さないで下さい。  大したことは言っていません。然も間違っている可能性大です。。。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...