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白い子供に恨まれる

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 悠が日陰を探して船の縁に座り込むと、先客がいた。
 それはまだ幼さを残した悠よりも歳下の子供だった。
 髪も、肌も、服も、まつ毛まで白い、日陰で休んでいるのも納得できる容姿の子供。緋色ひいろいろどられた両眼だけが、子供から浮いているようで、悠は少し不気味に感じた。
 子供は読みかけの分厚い本をおもむろに閉じると、悠を見てにこりと微笑んだ。

随分ずいぶんと長い眠りだったみたいですね。具合はどうです?」
「えっと……まだ本調子には遠いって感じ」

 子供にしては達観たっかんした物言いに悠は違和感を感じてしまう。
 悠をいたわるような言葉を吐いてはいるが、ちっとも心配などしていない様子なのだ。

「それは、よかった。私も本調子の貴方とは、今はまだ会いたくはありませんでしたから」
「それは、どういう……」

 言い終わらないうちに、悠の頭上に気配を感じた。
 座ったままで上を見上げれば、燈が船の縁にしゃがみ込んで悠を覗いていたのだ。
 きっとまた食堂の窓から船の外を伝って、縁へ降り立ったに違いない。
 悠を見下ろすような形で、燈は無邪気むじゃきに問いかけた。

「一人で何喋ってるんだ?」

 言われたことで、横を振り向く。
 子供はちゃんとそこにいた。
 出会って間もないが、燈は純粋無垢じゅんすいむくな少女で、嘘をつく事などあり得ない。
 では、自分の隣に座っている白い子供は何なのか。
 悠は勢いよく後ろに飛び退いた。

「酷いですね」
「君は……っ!」

 燈の言葉に機嫌をそこねたのだろう。
 悠の代わりという様で、白い子供は燈に向かって手を伸ばす。
 子供の能力は不明だが、何故か触れてはいけない気がした。
 だが燈は見えていない。
 悠は疑問符ぎもんふを浮かべる燈の手を握って勢い任せに引っ張った。

「燈!白い子供がいるんだ!」

 燈は悠の力に抵抗ていこうすることなく、素直に悠の元へ跳ぶ。
 心なしか燈の瞳がきらきらしている気がした。
 だが、そんなことを今は気にしていられない。

「これでも見えない!?」

 悠が燈に触れたことで、無効化カタストロフィが共有されたはずだ。
 不可視ふかしであることが何かの能力であるとすれば、燈はこれで子供の存在を認識できることになる。

「見えたぞ!子供か!」
「油断しちゃダメだよ。きっと脳に干渉かんしょうできる操作メトラー系の能力者だ」
「ふふふ。当たらずも遠からずってところですかね」

 子供は悪戯いたずらが成功したかのような面持おももちで笑う。
 悠は内心焦っていた。
 甲板で作業をしていた船乗り達が、騒ぎを聞きつけて集り始めているのだ。
 野次馬やじうまが集まるほど事態じたいをややこしくすることはない。

「私はね、貴方を心底恨んでいるんですよ」

 唐突な言葉だった。
 子供が悠に向けて言ったのだと、痛いほどの緋色ひいろの視線を向けられて気がついた。
 まだ年端としはもいかぬ子供が、先ほど目覚めたばかりの悠に言ったのだ。

「僕が生きてたのは110年も前だ。君は10歳にも満たないと思うんだけど」
「恨まれる理由がわかりませんか」

 子供は笑う。

「それでもいいでしょう。今日は宣戦布告ですしね」

 そう言った瞬間、背後から船乗り達の悲鳴が聞こえた。





「俺の!俺の腕が!!!」
「腕だけじゃねえ!顔もだ!どうなってやがる!」

 悲鳴が上がる真ん中にいたのは、船乗りの中でも小綺麗こぎれいな格好をした男。
 まるで抱え込むように下げられた腕は、枯れ枝そっくりに――いや、本物の枯れ枝に変わっていた。
 助けを求めるようにもたげた顔からは、穴という穴から植物が溢れ出ている。

「逃げろ!だ!誰か!ギルドの能力者を!No.10以上を呼べ!」

 船乗り達は蜘蛛くもの子を散らすように人々は逃げまどう。
 縄が離され、積荷を崩し、水の入ったバケツがひっくり返った。
 悠はもう白い子供など目もくれず、船乗りの元へ駆け寄ろうと走った。

「燈はリヒトに報告を!きっと彼は植物の能力者フローラだから、炎の能力者サラマンダーの彼を寄越して!」
すでに、って刻が言ってるから大丈夫だぞ!」

 悠に続いて燈がレヴナントの元へと辿り着く。
 船乗りの男は自分に起こっている事態じたいを飲み込めずにいるらしい。

「落ち着いてください。大丈夫です」

 そう言葉を投げかけるが、所詮しょせんは気休めだと全員が思った。

「どうやったら落ち着いてられるっていうんだ!能力が暴走したら最後!俺は死んじまうんだろ!」
「まだなんとかなるかもしれません!」

 嘘をつくな、という男の視線が突き刺さる。
 能力者がレヴナントと化すのは、能力者の寿命が尽きる時だ。しかし彼の寿命が突然終わるには、いささかタイミングが良すぎる。
 普通のレヴナント化でないのならば、助ける手がないとは言い切れなかった。

「おい!オズワルド卿が来たぞ!」

 遠巻きに見ていた船乗りから歓声が上がった。
 振り返れば、彼が胸を張って歩いてくる。まるで先程までノされていたとは思えない威張いばり様だ。
 どうやら、本当にオズワルド卿は地位が高い能力者だったようだ。

「げ、お前は!」

 オズワルド卿は植物の能力者フローラの前に立つ悠を見て顔をしかめた。
 悠としては有能なこまが現れて嬉しい限りだ。
 だが――

「俺が前に出る!お前らはひっこんでいるんだな!」

 あまりも馬鹿な宣言に、悠は溜息をつくことすら忘れていた。
 レヴナント討伐に関しては悠以上の適任者てきにんしゃはいないというのに。
 オズワルド卿が拳を突き上げると、植物の能力者フローラの頭上にいくつもの火球が生まれた。
 あれは火種だ。
 彼が拳を振り下ろすと同時に、火球は植物の能力者フローラめがけて次々と落ちる。
 燃える植物の能力者フローラ
 熱い熱いという悲鳴を轟々ごうごううなる炎の渦がかき消した。
 炎は永延えいえんと燃えている。
 まるで船を焼き尽くしてしまうのではというくらいの業火だった。
 男の声が徐々じょじょにか細い悲鳴へ変わった頃、炎の勢いも収まっていく。
 ふと感じた視線を辿ると、オズワルド卿は得意げな顔で悠を見ていた。
 悠は一連の流れを口を挟まず見ていたが、しばらくして口を開く。

「全然ダメだね」
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