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寝起きで割に合わない

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「おい、リヒト。こいつ死んでるんじゃないか?」
「そんなはずないだろう。オズワルド卿は、結論を急ぐのが悪いくせだ」

 次第に光を見出みいだした目の前に、二人の――会話から察するにリヒトとオズワルド卿というらしい男の顔が、いぶかしげに覗き込んでいた。
 悠が微睡まどろみの中で身動みじろぐと、二人は顔を見合わせた。

「あと5分……」
「おいおい、まじか。110年も棺に入ってたのに生きてるぞ」
「古来の禁忌きんき 終寝刑しゅうしんけいだから当たり前だ」
「じゃあこいつ、110歳のじいさんってことかよ」
「いや、そうとも限らない。15歳のままで成長は止まっているはずだ」

 じゃあ僕は125歳ってことか、と悠は夢現ゆめうつつの中で考えていた。
 二度寝をかまそうと寝返りを打つと、それを察した男の片方が悠を強引に揺すってくる。
 徐々に五感が世界を捉え始めた。先程の言葉が脳内でぐるぐると反芻はんすうされる。

「待って!110年!?」
「うお……ようやくお目覚めかよ」
「いや、待ってよ……僕110年も寝てたの?」
史実しじつではそう記されている。改めて、我々は新しい大臣の命で、貴殿を眠りから解放するべくやってきた者だ」

 リヒトと名乗った灰色がかった金髪の青年が、自身の胸に手を当てて軽く頭を下げた。となると隣で腕を組み踏ん反り返っている赤髪がオズワルド卿だろう。
 洗練された所作しょさの男と傲慢ごうまんな態度の男は、なんとも凸凹コンビだ。

「貴殿は能力者、無効化カタストロフィの悠殿でお間違えないだろうか」
「……そうだけど」
「こんなガキが?信じられねえな。俺がちょっとひねれば、簡単にっちまいそうだぞ」
「……あっそう」

 オズワルド卿は鼻で笑う。こういう奴ほど能力を使えなくなった時が、一番ダメージが大きいことを悠は知っている。

「おら、起きたらさっさと行くぞ。こっちは仕事が溜まってイライラしてるんだ」
「……いや、ちょっとよく考えなよ。素直についていくと思ってるの?」
「ああ?どういう意味だ」

 オズワルド卿の機嫌を損ねたらしい。彼は腰元に帯刀している剣をちらつかせ始める。
 
「大人しく従わなければ、無理矢理にでも連れて行く!」

 突如炎の壁が悠を取り囲む。迫り来る烈火れっかの勢いに、肌の表層がじわじわと焼かれているような感覚がした。

炎の能力者サラマンダーか」

 悠は感心する。
 炎を始め、水や樹木といった自然を根源こんげんとする能力は、この国では珍しいものではない。
 ただ彼のように非常に高い火力で、能力を使える者は数少ないのだ。
 しかし悠に対して能力でおどしをかけてくるあたり、まだまだ頭の方はそれほどでもないのだろう。
 これなら丸腰の自分でも逃げおおせることは容易たやすい。

「オズワルド卿、悪いことは言わないよ。能力をしまってくれる?」
「俺に命令するとは、いい度胸だな!」

 悠は呆れを通り越して、称賛しょうさんを与えたくなった。
 それと同時に、能力者を相手にした久々の戦いに、悠は自分の感情がたかぶるのを感じている。

「忠告はしたよ」

 その言葉に我慢できなくなったのか、オズワルド卿が拳を高らかに突き上げた。
 途端に炎の勢いが増す。
 常人であれば丸焼けにでもなっていただろう。

「どうだ!身動きがとれまい!」
「連れて行こうとしてるのに、身動きをとれなくしてどうするんだか」

 悠は溜息をつきながら、手で軽く炎を払う。

「なに!?」

 炎の壁は触れた途端、ガラスが割れるような音と共に粉々にくだけ、炎色に輝くくずが空中にう。
――悠の能力、無効化カタストロフィだ。
 これは能力の基礎きそ中の基礎きそ
 能力で現れた炎に、能力を壊す能力をぶつけて無効化しただけ。無効化カタストロフィによって、炎は無にかえったのだ。
 本当だったら能力者を直接攻撃して、能力の存在ごと彼の中から消し去ってもよかったのだが。
 それをしなかっただけ、悠は褒めれてもいいと思う。
 オズワルド卿は目をひん剥いて、驚愕きょうがくを隠しきれずにいるが、悠にとってはその表情もこれまでの人生でもう何回見たか数えていない。なので若干じゃっかん面白みに欠ける。

「てめえ……なんだ、今のは。報告書にあったものと全然違うぞ」
「それはそれは、驚いてもらえて嬉しいよ」

 バカにしたわけではなかったが、また彼のしゃくに触ったらしい。突進するかのように近づいてくる。

「ふざけんな!こいつ!わからせてやる!」

 オズワルド卿は剣を抜いた。

「……は?」

 正確には抜こうとした。
 彼は手元を見てまた愕然がくぜんとしている。
 剣が抜けない。
 悠が剣の柄頭えがしら――持ち手の先端部分を押さえていたのだ。

「くそ!離しやがれ!」

 激昂げきこうしたオズワルド卿は、無理矢理にでも剣を抜こうと力を込める。
 悠はそれにともなって押さえていた手を引っ込めた。
 拍子ひょうしをつかれた彼の腰から勢いよく剣が抜ける。
 意図せぬタイミングで剣が抜けたため、彼は重さにバランスを崩し、ほんの一瞬姿勢が揺らいだ。
 その隙をついて悠はオズワルド卿の懐に飛び込む。

「それじゃ、おやすみ」

 思い切り胸のあたりに拳を突き上げる。
 オズワルド卿はしばらく何かうめいた後に、きゅっと丸まって気絶した。

「剣をちらつかせるなら、きちんと剣の鍛錬をすること。能力に驕らずにね。剣の扱いが甘い」

 聞こえてはいないだろうが、悠は一応言っておいた。

「それで?貴方も僕とやる?」
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