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第1章 黒猫の友人
罪の子
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「師匠が手紙で仰った罪の子について調べました」
いくらかの紙の束を優はレトロに手渡した。
簡潔に纏められた文章の冒頭には罪の子という一言。
あの日優が受け取った手紙には、会合への招待状と共に小さなメモに走り書いたような字でその言葉が書かれていた。
そのメモの裏には罪の子の住むとされている場所もきっちり記されていた。
それを見た時おそらく調査依頼のはずだと踏んだが、そう確信するには言葉が足りず優は悩んだ。
一応ざっと軽く読んだだけでは、住む場所に規則性や共通点は見あたらない。
それどころか罪の子は今現在生きていたなら老婆になる者からまだ赤ん坊まで老若男女。
罪の子とは何だ、手紙に目を通した時から始まった問題が更に難易度を上げてまたやってきたようだった。
優には見覚えもましてや聞き覚えさえない言葉に頭を抱えた。
「正直試される以前に馬鹿にされているかと思いましたよ」
「失敬な。私にも優しさというものがある」
恩師の随分と的外れな応答に優は微笑を浮かべた。
「師匠でさえも得体の知れない人物を、弟子に調べさせる事のどこが優しさなんでしょうね」
皮肉ったらしい口調にレトロは眉を下げ口角を上げた。
人の意見に本当かと問いかける時よくその顔が出ることを二人は知っていた。
「いくつかの村をあたって調べてみました」
手紙が届いて三日間、優は確信の持てる場所を手当たり次第訪れた。
しかし初めの村ではそんな子供の存在は知らない。
次の村では死んだと聞かされ、永遠とそれがその後も続いたのだ。
唯一出た証言では罪の子は大人になる前に死んでしまうかいなくなる、だからすでに昔の情報では手遅れなんだろうと農夫が言った言葉だった。
そして罪の子がいたとされる村の子供が口を揃えていうには、人間は生まれた時から罪を持っているという言葉だった。
子供が覚えるにしては難しい言葉だと感じたが、どうやら小学校の教科書に載っているらしい。
優や燈は小学校はおろか学校というものに行ったことはなかったので、知らないのも無理はなかった。
「もしかすると国絡みかもしれんな」
レトロが不意に呟いた。
真意までは把握できないが、何か不穏なものを感じた優はレトロに問いかける。
「師匠は一体何を知ろうとしているんですか」
沈黙の後師匠は空になったティーカップを逆さにして、紅茶を淹れ直すことを促した。
師匠の、優と二人で話をしようという一種の合図だ。
燈はお湯をもらいに城の食堂まで行ってくると言い残し部屋を後にした。
「これから話すことはまだ私とソラスしか知らない機密情報だ」
燈の足音が遠ざかるのを確認してからレトロは優に向かってそう言った。
「今回の事件にはその罪の子が関わっているかもしれないという話が出てな」
「どういうことですか」
「まあ、聞け。私なりにも調べてみたんだ」
デスクワークが苦手な師匠が、パソコンを睨み続けて情報収集という絵面が思い浮かばない。
優が眉をひそめると、レトロは現地調査のようなものだと告げた。
レトロは数日前、この国で最も大きな図書館を訪ねた。
そして図書館が静まり返る夜まで息を潜めていたらしい。
「師匠のような人がなんでそんなことしてるんですか」
「私だって隠れるなんて性に合わん。だが、私でも見られないような書物が目的だった」
「師匠でも見られない?」
「国の最高機密が記された一冊の本。代々の国王にだけしか読むことを許されない本だ」
その本が中央図書館にあると風の噂で聞いたことがあったらしい。
警備員がいなくなるまで待つと、あらかじめ拝借していた鍵を使い秘密の書庫へと向かった。
「拝借って・・・師匠まさかスッてませんよね?」
「まあ、続きを話させろ。鍵を掛けるほどの書庫だ。それだけ重要な本棚の裏にまたもう一つ隠し扉があった。そこをこじ開けると中にはなんと本当に本があった」
紙は古びて変色し、継ぎ足されていく形の日記のような本だった。
「こじ開けた扉は戻したんですか」
「戻らなかったから無理矢理はめ込んできた」
燈と同様常識を超えた答えに、優はまた頭が痛くなる。
そんな弟子を気にする様子もなくレトロは淡々と話し続けた。
「その本の中に罪の子が出てきたんだ。私には教養がないからその意味はわからなかった」
だから信頼できる教え子に調べさせたのだ、と。
レトロは空のカップを手に取り、口の淵をなぞった。
「罪の子には何かがある、それはわかりました。けれど今回の事件との関係性が見えません」
優の一言にレトロは言葉を詰まらせた。
そしていくらか言葉を濁した後、静かに今はこれ以上はもう言えない、そう答えたのだった。
ふと廊下でまた足音が響く。
底の厚い靴の音と重さを感じさせるヒールの音。
きっと刻と燈が帰ってきたのだ。
「この話はここまでだ。ここからは久々の再会を果たした師弟の会話といこうじゃないか」
重苦しい雰囲気からは一転、レトロは陽気に優に言った。
しかし足音がまた一歩また一歩と迫る度に、優の不安は膨らむのだった。
いくらかの紙の束を優はレトロに手渡した。
簡潔に纏められた文章の冒頭には罪の子という一言。
あの日優が受け取った手紙には、会合への招待状と共に小さなメモに走り書いたような字でその言葉が書かれていた。
そのメモの裏には罪の子の住むとされている場所もきっちり記されていた。
それを見た時おそらく調査依頼のはずだと踏んだが、そう確信するには言葉が足りず優は悩んだ。
一応ざっと軽く読んだだけでは、住む場所に規則性や共通点は見あたらない。
それどころか罪の子は今現在生きていたなら老婆になる者からまだ赤ん坊まで老若男女。
罪の子とは何だ、手紙に目を通した時から始まった問題が更に難易度を上げてまたやってきたようだった。
優には見覚えもましてや聞き覚えさえない言葉に頭を抱えた。
「正直試される以前に馬鹿にされているかと思いましたよ」
「失敬な。私にも優しさというものがある」
恩師の随分と的外れな応答に優は微笑を浮かべた。
「師匠でさえも得体の知れない人物を、弟子に調べさせる事のどこが優しさなんでしょうね」
皮肉ったらしい口調にレトロは眉を下げ口角を上げた。
人の意見に本当かと問いかける時よくその顔が出ることを二人は知っていた。
「いくつかの村をあたって調べてみました」
手紙が届いて三日間、優は確信の持てる場所を手当たり次第訪れた。
しかし初めの村ではそんな子供の存在は知らない。
次の村では死んだと聞かされ、永遠とそれがその後も続いたのだ。
唯一出た証言では罪の子は大人になる前に死んでしまうかいなくなる、だからすでに昔の情報では手遅れなんだろうと農夫が言った言葉だった。
そして罪の子がいたとされる村の子供が口を揃えていうには、人間は生まれた時から罪を持っているという言葉だった。
子供が覚えるにしては難しい言葉だと感じたが、どうやら小学校の教科書に載っているらしい。
優や燈は小学校はおろか学校というものに行ったことはなかったので、知らないのも無理はなかった。
「もしかすると国絡みかもしれんな」
レトロが不意に呟いた。
真意までは把握できないが、何か不穏なものを感じた優はレトロに問いかける。
「師匠は一体何を知ろうとしているんですか」
沈黙の後師匠は空になったティーカップを逆さにして、紅茶を淹れ直すことを促した。
師匠の、優と二人で話をしようという一種の合図だ。
燈はお湯をもらいに城の食堂まで行ってくると言い残し部屋を後にした。
「これから話すことはまだ私とソラスしか知らない機密情報だ」
燈の足音が遠ざかるのを確認してからレトロは優に向かってそう言った。
「今回の事件にはその罪の子が関わっているかもしれないという話が出てな」
「どういうことですか」
「まあ、聞け。私なりにも調べてみたんだ」
デスクワークが苦手な師匠が、パソコンを睨み続けて情報収集という絵面が思い浮かばない。
優が眉をひそめると、レトロは現地調査のようなものだと告げた。
レトロは数日前、この国で最も大きな図書館を訪ねた。
そして図書館が静まり返る夜まで息を潜めていたらしい。
「師匠のような人がなんでそんなことしてるんですか」
「私だって隠れるなんて性に合わん。だが、私でも見られないような書物が目的だった」
「師匠でも見られない?」
「国の最高機密が記された一冊の本。代々の国王にだけしか読むことを許されない本だ」
その本が中央図書館にあると風の噂で聞いたことがあったらしい。
警備員がいなくなるまで待つと、あらかじめ拝借していた鍵を使い秘密の書庫へと向かった。
「拝借って・・・師匠まさかスッてませんよね?」
「まあ、続きを話させろ。鍵を掛けるほどの書庫だ。それだけ重要な本棚の裏にまたもう一つ隠し扉があった。そこをこじ開けると中にはなんと本当に本があった」
紙は古びて変色し、継ぎ足されていく形の日記のような本だった。
「こじ開けた扉は戻したんですか」
「戻らなかったから無理矢理はめ込んできた」
燈と同様常識を超えた答えに、優はまた頭が痛くなる。
そんな弟子を気にする様子もなくレトロは淡々と話し続けた。
「その本の中に罪の子が出てきたんだ。私には教養がないからその意味はわからなかった」
だから信頼できる教え子に調べさせたのだ、と。
レトロは空のカップを手に取り、口の淵をなぞった。
「罪の子には何かがある、それはわかりました。けれど今回の事件との関係性が見えません」
優の一言にレトロは言葉を詰まらせた。
そしていくらか言葉を濁した後、静かに今はこれ以上はもう言えない、そう答えたのだった。
ふと廊下でまた足音が響く。
底の厚い靴の音と重さを感じさせるヒールの音。
きっと刻と燈が帰ってきたのだ。
「この話はここまでだ。ここからは久々の再会を果たした師弟の会話といこうじゃないか」
重苦しい雰囲気からは一転、レトロは陽気に優に言った。
しかし足音がまた一歩また一歩と迫る度に、優の不安は膨らむのだった。
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