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18.(クリスside)

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 記憶は少しづつでも薄れていくもの。
 あの事件から2年もの月日が経てばクレアの中で外に出るという恐怖心が薄れていったのか、よく父の仕事について王宮へ訪れるようになった。

 庭がよく見渡せる部屋の中、マティスとレヴィの声を後ろに窓の外を見てみればちょうどクレアとアルチュールの姿が目に入る。
 今は薔薇が美しい季節だから、きっとクレアも楽しんでいることだろう。

「何か見えるんですか?」
「……下の庭にクレアがいる」

 そう言って静かに笑えば、いつの間にか横にきていたマティスがあり得ないものを見た、なんて顔をしているけど僕だって笑うときは笑う。

「そういえば、……僕の勘違いじゃなかったら妹君はクリスと同じ黒髪だった気がするんだけど……」
「そうなんですか?」

 ひょっこりと、僕とマティスの間から顔を覗かせてクレアを見ながらレヴィが首を傾げた。

 確かにその通り。……4歳の頃に魔力暴走を起こすまでは、クレアの髪はクリュッグ家特有の黒髪だった。

「そうだけど、マティスはなんで知ってるの?」

 そう答えるよりも先に疑問に思った事を聞けば、

「ああ、それはほら、僕が6歳だった頃かな? お茶会が開かれた時に、妹君の存在を知ったんだよ。……残念ながら妹君が体調を崩してしまったらしく、話す事ができなかったから今も名前を呼ぶことはできないけど」

 めんどくさい決まり事だよね。と言ったのは、互いに挨拶をするまで名を呼んではいけないという貴族特有の決まり事に対してだろう。
 予想外にすらすらと答えが返ってきたのになるほど。納得を覚えた。
 名前を呼んでないのに、何故僕が話してもいないのにクレアの容姿を知っているのかと思ったらこう言う理由だったのか。それにそういえば、そんな出来事もあったような気がする。

「……で、何かあったの?」

 元々の髪色が黒であってるなら、今の色に変わった理由を知りたいのだろう。まぁ、別に隠している訳ではないから、話しても問題ない事は確かだ。

「マティスがクレアに会ったのは、クレアが4歳の頃にあったお茶会だよね? その年にクレアは魔力暴走を起こして今の状態になったんだ」

 そう言うと、マティスとレヴィが驚きで息を飲んだ。

「4歳で魔力暴走……? 相当負荷がかかったんでしょうね」
「いやそれよりも、4歳で魔力暴走を起こすに至る方が規格外すぎる。一体何があってそんな事になったんだ?」

 理解できない。という顔をする2人に僕も同意した。
 何故なら通常生まれ持って魔力があるとわかっている貴族の子どもでも、5歳の適性検査の後から学院に入るまで訓練してようやく魔力を理解し魔法が使えるようになると言った程度なのに、魔力を使わなければ起こらない魔力暴走を適性検査をする前に起こしているのだ。

 ーー驚かない方がおかしい。

 実際、僕ら3人は適性検査をして1年かけて魔法が使えるようになって天才と呼ばれている、さらにその上の話だ。

「魔法陣が書かれた本があるだろう? 魔法に興味を持ったクレアが目で見て楽しめるようにと渡したそれを通してクレアが魔力を使ったんだ。……不慮の事故、……というしかない。僕の父ですら予測しなかった事だから」

 そう言えば、レヴィとマティスがすかさず同意を入れる。

「それはさすがに、ティメオ様でも予測できないでしょう」
「しかも4歳で1つの魔法を発動させて、なおかつさらに引き出される分の魔力量があるのもクリュッグ家とはいえ驚きだね」

 そして魔力があると言ってもやはり幼い体は耐えきれず、生死をさまようまでの事になった結果だった。

「正直、僕よりもクレアの方が魔力が多いと思う。でも今はもうクレア自身魔力の制御はできているし、念の為に負荷が高い攻撃系統の魔法は教えていないから安心してほしい」
「今、妹君に問題ないならよかったです」

 ほっと2人が息を吐く。そうして肩の力を抜いたかと思えば、コンコン、と部屋がノックされた。
 人が近寄らないように頼んでいたのに一体誰が? と首を傾げる2人とは違い、慣れ親しんだ魔力を感じた僕は笑顔を浮かべた。

「入っていいよ」

 すると半分ほど開けられたドアからクレアが顔をのぞかせたと思えば、見知らぬ人がいて戸惑ったのだろう。どうすればいいのかと困惑した表情を浮かべた。

「おいで」

 近づき、そう声をかければ少しは安心したようだ。
 部屋の中にアルチュールと共に入り、

「……お初にお目にかかります。クリュッグ家長女のクレアノーラともうします」
「クレアノーラ様の従者をさせていただいております。アルチュール・シャンドンです」

 緊張した面持ちだったが、礼をしてから安心したのかほっとしたように笑顔を浮かべた。その横ではクレアに続きアルチュールも挨拶を終えていく。

「はじめまして。僕がマティス・ヴェルモットで、彼がーー」
「ーー私はレヴィ・ベルトーニです。マティス、自分の挨拶くらい自分でします」

 隣にいるマティスをレヴィが肘で黙らせるアクションが入ったものの、つつがなく挨拶が終えた。

「それでクレアは何かあったの?」

 そうして聞けば、ハッとしたようにクレアが口を開く。

「……! さっき窓からお兄様が庭を見ているのに気がついて、お兄様にも近くで薔薇を見てもらいたいと思ったのです」

 そう言って少し恥じらったようにクレアが後ろを向けば、今日のクレアの髪型である編み込みのハーフアップのちょうど結んでいるところに赤い薔薇があり、編み込みの部分には小さな花が施されていた。

「とても綺麗だったので、庭師の方に薔薇を一輪もらう事ができるかと聞けば、たまたま近くにいたメイドの方が髪に飾ってくれたのです」

 よほど嬉しかったようだ。聞けば保護魔法までかけてくれたらしく、今日1日楽しめるようだ。

「似合ってるよ」

 そう声をかければ、はにかむクレアが可愛らしい。
 思わずいつものように頭を撫でたくなるが、せっかくの髪型が崩れてしまうのでぐっとこらえる。

「……よかったら、お父様にも見せてきたらどうだい?」

 僕もとても似合ってると思うし、きっと喜ばれると思うよ。そうマティスが提案すればパッと笑顔を見せてから、照れたようにクレアが返す。

「……ありがとうございます! ではお父様にも見てもらいにいってきますね」

 どうやら早速見てもらうようだ。
 お邪魔しました、と一礼して部屋を出ていくクレアの後をアルチュールが追う。



「……クリスがこうなるのも理解できた気がする」

 その姿を目で追いかけつつ、真正面からクレアの可愛らしさに触れてしまったマティスがそう言う。

「ようやくわかったのか……」
「そんな事より、本当にクレアノーラ様、クリュッグ家の血を継いでます?」

 クレアの前とは打って変わって、胡乱げな表情でレヴィがこちらを見つめてきた。

「繋がっている、はずだ……。たぶん」
「そこ、自信をなくしてはいけないところだよね……」

 歯切りが悪い返答に、マティスが可哀想なものを見る目で見てきたが仕方ない事だと思う。純粋無垢なクレアを見ていると、自分でも不思議でしょうがないのだから。

「性格はともかく容姿は似ているのですから、……たぶん、大丈夫でしょう」

 きっとお母様に似ているのですよ。そう言ったレヴィの言葉は、後に付け足された「これからあなた方に似ない事を祈るしかありませんね」なんて一言によって台無しになったのは言うまでもない。






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