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7.野営
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もうじき日が暮れる。
行く先々で襲ってくる反逆者共と、連日の野営で騎士たちは疲れ切ってきた。
何より数日間体を洗えぬ状況で、辺りから漂ってくる臭いにリオリヤは顔を顰める。
「日が暮れる前に早くテントを!」
小隊を預かる副団長の声が響いた。
彼から匂う香りは他の男たちの汗臭さとは違って、どこか甘さを感じる。この匂いは花の香水に似ていて、だか香水をつけるタイプには思えなかった。
つい先程、直接本人に聞いてみたが、そんな類は使った事がないと言い切った。
最初は気づかなかった程の匂いは、次第に強くなり、今では濃くなった匂いをぷんぷんと漂わせて、まるで誘惑しているようだ。
ごくり……。
生唾を飲む音が聞こえた気がしてそちらへ目を向ければ、騎士の一人が熱い眼差しでユーイを見つめていた。
しかし見つめているのはその男だけではなかった。
これは不味いな。
リオリヤの表情がますます厳しくなった。
副団長のテントへとふらふらとした足取りで近づく男がいた。
一歩、二歩……もうすぐという距離になり白い幕へ手を伸ばすと、突然指の先にばちばちと稲光が走り、あまりの痛みに男は後退る。
「おい、こんな時間に何をしているんだ?」
「ま、魔術士殿!?」
「はぁ──今夜は見逃してやるから去れ」
リオリヤが赤い目をギラギラと輝かせれば、恐れた男は脱兎の如く逃げていった。
「これで5組目か」
それはリオリヤが追い払った騎士たちの数だ。
一人で夜這いに来る者もいれば、三人で襲いに来る者たちまでいて、完全に理性を飛ばしているのが分かる。
「欲求不満な時にあんな匂いを嗅がされてしまっては当然か。早く最後の街を急ぐしかないな」
「──その声はリオリヤか?」
テントの中から声が聞こえ、白幕の合間からユーイがひょっこりと顔を覗かせた。
少し顔を覗かせているだけだが強い匂いが香ってくる。この匂いに誘われて六組目が現れると面倒だ。
「今はテントから出るな。顔を見せるな。寝ていろ」
「何だその言い方は!こっちはお前の声が聞こえたから目が覚めたんだぞ!そもそもお前は何でこんなところにいるんだ?」
お前が夜這いされるのを防いでいた、などと言えない。言えばきっとまた怖がらせてしまうのは目に見えている。
それに、冷静になって考えてみると、この自分が守るなんて事をしていたのが死ぬほど恥ずかしくなってきた。
「……散歩だ」
誤魔化すようにそう言えば、素直なユーイは簡単に信じたようだった。
「散歩をしているならば暇なんだろう?だったら少し一緒に飲まないか?変な時間に目が覚めて、寝れそうにない」
「……散歩で忙しいから断る」
「散歩で忙しいなんて聞いた事が無いぞ。ほら入れ」
「おいっ──」
白幕から手が伸びてきて、立ち去ろうとしたリオリヤを捉えると、グッと力強く腕を引く。気を抜いていた体は後ろへと、白幕の間を抜けて盛大に倒れ込んでいた。
強く打ちつけた背中がじくじくと痛み、眉を顰めた顔の横にユーイがそっと手をついた。
見上げると、こちらを覗き込むユーイの顔がある。シャツはまた三つもボタンを外して鎖骨を覗かせて、いつもは一つに纏めた白群の長い髪も今は解いて、垂れた髪がリオリヤの顔を囲み、強く甘い匂いで誘惑する。
「嫌がっていても、ふふっ……入ってしまったぞ」
語尾にハートマークがついていそうな、弾んだ声。
片手で髪を掻き上げる仕草は婀娜やかで、瞳には妖しげな光を秘め、見下ろして浮かべる笑顔はどこか妖艶さを感じさせた。
その所為でユーイの言った先程の言葉は淫らな意味に思えてきた。
一体何処に、何をだ。
思わず心の中でそう思い、目を瞑ると深く呼吸をして熱くなる気持ちを落ち着かせる。
ユーイはそういう気がないのは分かっている。しかし無自覚で煽るような仕草は頂けない。
もしこれが騎士たちだったならば、すぐにその細く白い首根っこをつかんで、そのいたいけな唇を懲らしていただろう。
リオリヤは瞼を開くと、見下ろす体を退かして急いで体を起こした。
「僕は失礼する……」
立上がろうとすると、ユーイがそれを阻止する。振り返ると両手でリオリヤの右手を掴み、眉をハの字にさせ、どこか悲しげな顔があった。
行かないでくれ……と訴えかける瞳に、リオリヤはため息を落とした。
「……分かった。少しだけだ。少しだけなら付き合ってやる」
観念したリオリヤに、ユーイは嬉しそうに笑みを溢した。
テントの中は恐ろしい程に甘い匂いで充満していた。
通常よりも胸が速く脈を打っているが、気が狂わないのは赤い目と魔力の高さのおかげだ。
それと、少年時代に遊び尽くしたからかもしれない。
リオリヤは赤い酒を一口飲む。阿呆な男が持っていたものよりも格段と質が悪い。しかし逆にこの不味さが目を覚まさせてくれて丁度よかった。
この酒はユーイが一度眠りにつく前に飲んでいたものだった。
「物資をすくねて飲んでいたのか?悪い副団長様だ」
「……お前がそれを教えたんだろう」
ユーイは拗ねたように答えた。
数日前、リオリヤとユーイは二人で酒を飲み交わしていたが、その時にリオリヤが物資から酒をこっそりと盗んで来たのだ。
『バレない程度ならば構わないさ』
そう言ったのを覚えていて、実行していたようだ。
生真面目なユーイがそれをするとは意外で、おまけに「少しだけ、わくわくした」と言うユーイはどこか楽しげに見えて、案外、人から隠れて悪い事をするスリルが好きなタイプかもしれない。
「明日本当に早朝から出発して休憩取らずに駆けるのか?」
「あぁ。なんだ、副団長様はやる前から根を上げているのか?」
「そんな訳ないだろう……あと、ちゃんと名前で呼べと言っているだろう」
ユーイは名前を呼ばれるのを好み、呼ばないとムッとする。その表情が可愛げに見え、悪かった、と宥めた。
「明日の朝街の名前を聞いたらみんなやる気を出すさ」
「街の名前?ルジェラとい名に何があるんだ?」
小首をかしげるユーイはその街を知らない様子だった。
魔族の男にとってはとても有名な街で、それを知らないとなれば、彼の純真無垢さを物語っている。
「まぁ楽しみにしていろ」
楽しみにしているのはリオリヤの方だった。
街を見たユーイがどんな反応をするのかと想像すると、口元がにやついて、それを隠すように樽杯の酒を勢いよく呷った。
行く先々で襲ってくる反逆者共と、連日の野営で騎士たちは疲れ切ってきた。
何より数日間体を洗えぬ状況で、辺りから漂ってくる臭いにリオリヤは顔を顰める。
「日が暮れる前に早くテントを!」
小隊を預かる副団長の声が響いた。
彼から匂う香りは他の男たちの汗臭さとは違って、どこか甘さを感じる。この匂いは花の香水に似ていて、だか香水をつけるタイプには思えなかった。
つい先程、直接本人に聞いてみたが、そんな類は使った事がないと言い切った。
最初は気づかなかった程の匂いは、次第に強くなり、今では濃くなった匂いをぷんぷんと漂わせて、まるで誘惑しているようだ。
ごくり……。
生唾を飲む音が聞こえた気がしてそちらへ目を向ければ、騎士の一人が熱い眼差しでユーイを見つめていた。
しかし見つめているのはその男だけではなかった。
これは不味いな。
リオリヤの表情がますます厳しくなった。
副団長のテントへとふらふらとした足取りで近づく男がいた。
一歩、二歩……もうすぐという距離になり白い幕へ手を伸ばすと、突然指の先にばちばちと稲光が走り、あまりの痛みに男は後退る。
「おい、こんな時間に何をしているんだ?」
「ま、魔術士殿!?」
「はぁ──今夜は見逃してやるから去れ」
リオリヤが赤い目をギラギラと輝かせれば、恐れた男は脱兎の如く逃げていった。
「これで5組目か」
それはリオリヤが追い払った騎士たちの数だ。
一人で夜這いに来る者もいれば、三人で襲いに来る者たちまでいて、完全に理性を飛ばしているのが分かる。
「欲求不満な時にあんな匂いを嗅がされてしまっては当然か。早く最後の街を急ぐしかないな」
「──その声はリオリヤか?」
テントの中から声が聞こえ、白幕の合間からユーイがひょっこりと顔を覗かせた。
少し顔を覗かせているだけだが強い匂いが香ってくる。この匂いに誘われて六組目が現れると面倒だ。
「今はテントから出るな。顔を見せるな。寝ていろ」
「何だその言い方は!こっちはお前の声が聞こえたから目が覚めたんだぞ!そもそもお前は何でこんなところにいるんだ?」
お前が夜這いされるのを防いでいた、などと言えない。言えばきっとまた怖がらせてしまうのは目に見えている。
それに、冷静になって考えてみると、この自分が守るなんて事をしていたのが死ぬほど恥ずかしくなってきた。
「……散歩だ」
誤魔化すようにそう言えば、素直なユーイは簡単に信じたようだった。
「散歩をしているならば暇なんだろう?だったら少し一緒に飲まないか?変な時間に目が覚めて、寝れそうにない」
「……散歩で忙しいから断る」
「散歩で忙しいなんて聞いた事が無いぞ。ほら入れ」
「おいっ──」
白幕から手が伸びてきて、立ち去ろうとしたリオリヤを捉えると、グッと力強く腕を引く。気を抜いていた体は後ろへと、白幕の間を抜けて盛大に倒れ込んでいた。
強く打ちつけた背中がじくじくと痛み、眉を顰めた顔の横にユーイがそっと手をついた。
見上げると、こちらを覗き込むユーイの顔がある。シャツはまた三つもボタンを外して鎖骨を覗かせて、いつもは一つに纏めた白群の長い髪も今は解いて、垂れた髪がリオリヤの顔を囲み、強く甘い匂いで誘惑する。
「嫌がっていても、ふふっ……入ってしまったぞ」
語尾にハートマークがついていそうな、弾んだ声。
片手で髪を掻き上げる仕草は婀娜やかで、瞳には妖しげな光を秘め、見下ろして浮かべる笑顔はどこか妖艶さを感じさせた。
その所為でユーイの言った先程の言葉は淫らな意味に思えてきた。
一体何処に、何をだ。
思わず心の中でそう思い、目を瞑ると深く呼吸をして熱くなる気持ちを落ち着かせる。
ユーイはそういう気がないのは分かっている。しかし無自覚で煽るような仕草は頂けない。
もしこれが騎士たちだったならば、すぐにその細く白い首根っこをつかんで、そのいたいけな唇を懲らしていただろう。
リオリヤは瞼を開くと、見下ろす体を退かして急いで体を起こした。
「僕は失礼する……」
立上がろうとすると、ユーイがそれを阻止する。振り返ると両手でリオリヤの右手を掴み、眉をハの字にさせ、どこか悲しげな顔があった。
行かないでくれ……と訴えかける瞳に、リオリヤはため息を落とした。
「……分かった。少しだけだ。少しだけなら付き合ってやる」
観念したリオリヤに、ユーイは嬉しそうに笑みを溢した。
テントの中は恐ろしい程に甘い匂いで充満していた。
通常よりも胸が速く脈を打っているが、気が狂わないのは赤い目と魔力の高さのおかげだ。
それと、少年時代に遊び尽くしたからかもしれない。
リオリヤは赤い酒を一口飲む。阿呆な男が持っていたものよりも格段と質が悪い。しかし逆にこの不味さが目を覚まさせてくれて丁度よかった。
この酒はユーイが一度眠りにつく前に飲んでいたものだった。
「物資をすくねて飲んでいたのか?悪い副団長様だ」
「……お前がそれを教えたんだろう」
ユーイは拗ねたように答えた。
数日前、リオリヤとユーイは二人で酒を飲み交わしていたが、その時にリオリヤが物資から酒をこっそりと盗んで来たのだ。
『バレない程度ならば構わないさ』
そう言ったのを覚えていて、実行していたようだ。
生真面目なユーイがそれをするとは意外で、おまけに「少しだけ、わくわくした」と言うユーイはどこか楽しげに見えて、案外、人から隠れて悪い事をするスリルが好きなタイプかもしれない。
「明日本当に早朝から出発して休憩取らずに駆けるのか?」
「あぁ。なんだ、副団長様はやる前から根を上げているのか?」
「そんな訳ないだろう……あと、ちゃんと名前で呼べと言っているだろう」
ユーイは名前を呼ばれるのを好み、呼ばないとムッとする。その表情が可愛げに見え、悪かった、と宥めた。
「明日の朝街の名前を聞いたらみんなやる気を出すさ」
「街の名前?ルジェラとい名に何があるんだ?」
小首をかしげるユーイはその街を知らない様子だった。
魔族の男にとってはとても有名な街で、それを知らないとなれば、彼の純真無垢さを物語っている。
「まぁ楽しみにしていろ」
楽しみにしているのはリオリヤの方だった。
街を見たユーイがどんな反応をするのかと想像すると、口元がにやついて、それを隠すように樽杯の酒を勢いよく呷った。
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