愛を語るは甘過ぎる

ヲサラ

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4.酒宴

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 最初の街についたのは、リオリヤの読み通り、夜も更けた頃だった。
 
「酒は渡ったか?それじゃあ……」

『かんぱ~い!』

 樽杯を掲げた男たちの掛け声は酒場の外にまで漏れ、やがて陽気な笑い声が酒場に溢れた。
 リオリヤとシフォン隊は街についたその足で酒場へと来ていた。
 昼間襲撃を受け、その後も馬を駆け続けたというのに、騎士たちはとても元気だ。街に着く前は慣れない遠征に少し疲労の色が見える者もいたが、今は豪快な飲みっぷりで酒を飲み干していく。
 酒は好きなリオリヤだが、こういった賑やかな場所で飲むのはあまり好きではなく、隅の方で一人ちびちびと飲んでいた。
   
 出立してその日の内に街に着けたのは良かった。この先はそうはいかないだろうからな。

 まだフェボルドという大都邑に近いからこそこうして大きな街がちらほらとあるが、遠くなればなる程に街は少なくなり、野営も増えてくる。
 今はこのゆっくりと出来る時間はとても貴重で、士気を高めるという名目で一行はとても楽しげに飲んでいた。

「副団長~ちゃんと飲んでますかぁ?」

  先程乾杯の音頭を取ってきた男がユーイの隣に座った……それもやけに距離が近くて、馴れ馴れしい。

「おい、近すぎるぞっ!」

「まぁまぁ、酒の場ですよ?無礼講ですよ」

 そう言って男は強引にもユーイの細腰に腕を回した。
 誰がどう見てもそれはセクハラ行為だった。そんな行為を純潔を掲げるユーイが受け入れはずも無く、とても嫌がりながら肘で体を押し退けようとしている。
 しかし男はその手を離そうせず、案外力が強いようでユーイは逃げる事が出来ないようだ。

 無礼講って、それは上官が言う言葉だろ。あいつ馬鹿なのか?

 リオリヤにはその男の顔にどこか見覚えがあった。
 そうあれは反逆者たちの襲撃時、派手な荷車の後ろにこそこそと隠れていた男だ。
 小隊に選抜されたとなると腕は良い筈だ。なにより逃げ腰の騎士など聞いたことがない。
 軟派な男は大して成果を上げていないにも関わらず、この酒宴を一番楽しんでいるようだった。

「……またアーベルが副団長にセクハラしてるぞ。お前助けてやれよ」

「無理だ、逆らったら俺まで消されちまうだろ」

 背後から騎士の男たちの話し声が聞こえて来て、それは何やら物騒な内容だ。
 まだ酒が入った樽杯を手にして立ち上がると、後ろのテーブルで話す二人組の男たちの目の前に腰を下ろした。

「面白そうな話をしているな」

「魔術士殿!」

  驚いて大声を出す男に、シッと人差し指を口元に当てて諌める。
 すると男たちも空気を察し、アーベルという名の男を一度見た。
 アーベルはこちらの声が聞こえなかったのか、振り返る事なく、麗しの副団長様の顔に自分の頬を擦り寄せており、不愉快極まりない光景であった。
   
 あいつ、来る店間違っていないか?

 そんな事を思いながら、男たち少しだけ顔を寄せ、声を潜めて話し始めた。

「そのアーベルってどんなやつなんだ?セクハラだの消されるだの」

 声を落として問いかけるリオリヤに、向こうもひそひそと話し始めた。

「あいつはマッツ・アーベル。アーベル侯爵の嫡男です」

「侯爵の跡目なんかが騎士団にいたのか」

  家を継ぐ筈の嫡男が家業の手伝いもせずふらついている事に疑問が湧いたが、かつてカルアも少年時代は家には帰らずどこぞの貴族の城に入り浸っていた事を思い出した。

「剣の腕はどうなんだ?お前らより強いのか?」

「……すごく弱いです。なんで入って来れたんだって不思議なくらいに」

 リオリヤは、弱い?と眉を寄せた。
 フェボルドの騎士団へ入るテストは甘くはない。強くないと反逆者たちから街を守れないからだ。
 受験者同士で戦わせ、それを下に団長、その補佐、副団長が厳しく評定し、合否が下される。
 その中でも団長は特に厳しい人で、一つでも黒が付くと躊躇なく不合格にしていた。
 なのに弱いのに入って来れたと言うのはとてもおかしな話だった。
 
「団長補佐がアーベル侯爵から賄賂を貰ってるんですよ。だから騎士団にも入団できた」

「実際、テストであいつと対戦して勝った奴が落ちて、負けたあいつが入りました。対戦した相手が俺の友達だったから勝負を俺も見ていた。きっと裏で手を回して騎士になったんだ!」

  男の一人が、友達を落とされた事が悔しかったようで、感情的に樽杯を机に叩きつけた。
 隣の男がそれを宥めながら、話を続ける。

「団長補佐は以前は謙虚な人だったんです。それが当然横柄になって女遊びをするようになった。それが入団テストの少し前からで、恐らくはその辺りから侯爵に目をつけられたんでしょう」

  リオリヤは団長補佐の男を知っている。もの静かで、堅実な男の印象を持っていた。
 だからこそ賄賂を貰っているとは信じ難いが、この男たちが嘘をついているようには見えない。

 裏側の顔という事か。

 片眉を上げながら樽杯の酒を一口飲むと、芳醇な香りが鼻腔に広がった。
 そういえば、ありきたりな酒場にしてはやけに酒が上質だった。

「団長は忙しい人で、団長補佐を信頼しているからアーベルへのには気付いていない。それを良い事にアーベルは好き放題していて、この任務にも派手な荷車持ってきて、中身があれです」

 男が指差した先のテーブルの上には、見るからに高そうなワイン瓶が大量に置かれており、道理で……と呆れるしかない。

「荷車に乗っているのはアレだけではないんですがね」
 
 男は遠い目をして言うので、とんでも無いものまで持って来ているのが伝わってくる。
 アーベルはこのフェボルドの逼迫っした状態を打開する為の重要な任務を、道楽の旅行と勘違いしているようだ。
 リオリヤはあまりのろくでなしっぷりに目眩がしてきた。

「それでも団長に直談判しに行こうとした奴がいたんです。でもそいつは当然姿を消してしまった」

「……なるほど、それが逆らったら消されるという意味か」

 まさか騎士団がこんなに腐敗していたなんて。

 リオリヤは額に手を当てた。
 反逆者ばかりに気を取られ、近くにある問題に気づく事が出来なかった。
 ここまで来ると、明らかに騎士団長の落ち度であり、何も知らなかったとは済まされない。

「この小隊も、当初あいつは選ばれていませんでした。だけど急に割り込まれていて、おかしいと思っていたんです。狙いは──」

「どこを触っているっ!」

 酒場にユーイの声が響いて、その場にいたものが全員そちらに目を向けていた。
 気づけばユーイはアーベルの脚の間に座らされていて、白い首筋に鼻を擦りつけられ、柔らかそうな太腿には男の貧弱そうな手が這っていた。

「副団長ですげぇイイ匂いしますねぇ。太腿も柔らかくて」

「っ──」
 
 手が太腿の内側を、それも脚の付け根に伸び、触れられた瞬間ユーイの肩がびくんっと震えた。

「もしかしてココ感じるんですか?」

「っ!?」

 ユーイの顔が真っ赤に染まった。
 恥ずかしそうに、やめろっ……、と制する声はとても弱々しいもので、アーベルをますますつけあがらせてしまう。

「侯爵子息の俺に楯突くんですか?伯爵家風情が?」

 耳に口を付け、囁かれた言葉にユーイの顔から血の気が引いていくのがわかる。それと共に、上官であるユーイが、あんな不埒な部下を何故野放しにしてきたのかを理解した。
 アーベルはそうやって親の力を自分の強さと自惚れ、驕ってきたのだ。

 自惚れと驕り。

 その二つの言葉に、リオリヤの胸底で何かが沸々と湧き上がるのを感じていた。
 アーベルはユーイが大人しくなったの良い事に「良い子ですねぇ」と囁くと、手で脚を開かせて、中心はわざと焦らすように触れず、下腹部を擦り脚を撫で回し始めた。

「ぅ……ふっ……」

 伯爵の兄を思ってか、アーベルに逆らえないユーリは悔しげに唇を噛み締めて、不愉快な愛撫を堪える他なかった。
 勇敢である筈の騎士たちもアーベルからの報復を恐れて、ただ下を俯き、時折聞こえてくる、悲痛で、どこか艶のある小さな吐息を聞いているだけだった。

 ……なるほど、狙いはユーイか。

 そう納得すると樽杯の酒を飲み干して立ち上がる。
 静まり返った空気の中、こつこつと靴を鳴らしながら樽杯の上に手をかざす。

 ちゃぷん……。

 空のはずの樽杯の中から水が揺れる音が聞こえた。
 リオリヤは行き当たった場所にある、その頭上から樽杯を逆さにした。

「ぶはっ!?」

 上から大量の水が落ちてきたアーベルは、溺れるような苦しさに床に転げ落ちていた。
 側にいたユーイには、同時に障壁の魔術をかけたので一滴たりとも濡れておらず、瞳を大きく開いてリオリヤの見上げている。
 その瞳は赤く潤んでいて、あまり良い気がせず、リオリヤの眉が寄る。

「濡れている」

 トレードマークの外套を脱ぐとユーイの頭から被せた。

「どこも濡れてなんか……」

「濡れているから大人しく被っていたほうが良い」

 外套の中から顔を覗かせるユーイに、外套のフードを無理やり真深く被せた。
 そうしている内に背後からひしひしと殺気を感じた。
 そんな気配を感じるのはいつぶりだろうか。面倒くさそうに目を向けると、怒りに塗れたアーベルが立っていた。

「貴様よくも俺に水をかけたな!」

「酔っていたようだから頭を冷やしてやったんだ。あぁ、わざわざ魔術を使ってやった礼は言わなくてもいい」

 リオリヤはにっこりと笑って言った。
 最後に心から笑ったのはいつだったかも覚えてはおらず、そんな笑い方も忘れてしまったが、こういう時の貼り付けた笑顔だけは顔が覚えていた。

「貴様は俺が誰だか分かっているのか!?侯爵の息子だぞ!お前なんか簡単に潰せるんだよ!」

「どうやって?」

「……え?」
 
 そう返されたのは初めてのようで、アーベルは間抜けな顔をしている。

「潰すと言われても僕には元々爵位がないし、上官と言える存在があるとすればそれは領主になる。領主に賄賂を渡して僕を追い出させるか?なら金品を渡すよりも、美人を使って誘惑させた方が効果的だ」

「お前、何を言って……」

「もしかして住んでいる場所を潰す、という意味か?ならばカラトリーの城を潰したいと言う事か。それはつまり──反逆だ」

 今度はアーベルが顔を真っ青にさせる番だった。

「そ、そんな事っ、する訳ないだろ!」

「あぁ、そうだ。お前はしない。これまで父の名で、父の力で、父の金で好き勝手出来ていた。父親がいなければ何も出来ない金魚のフン。一人では何も出来ないお前は、反逆なんて出来ないだろうな」

「俺を、馬鹿にするなー!」

 わなわなと震えていたアーベルが殴りかかってくる。しかしこの手を掴んで軽々と投げ飛ばした。
 飛ばされたアーベルの体はテーブルに勢いぶち上がり、テーブルは壊れ、乗っていた食器は落ちて割れ、辺りを大きく汚した。

 あぁ弁償しなければ。請求書はアーベル家の宛で。
 
 そんな算段をしながら店主を見れば、怯えながら店の奥へと逃げてしまった。
 はぁ、と大きく息を吐きながら、強く打ち付けた腕を反対の手で押さえているアーベルを見下ろす。

「……悪いが僕は素手の方が手加減できないんだ」

 やり過ぎてしまった事を反省しながら踵を返す。そして酒場から出ようと数歩、歩いた所だった。

「──この、領主の情夫が」

「──は?」

 アーベルが苦し紛れにぽつりと言った言葉が耳に届いた瞬間、目の前が真っ赤に染まった。

 情夫?このが?こいつ如きが『────・────』を侮辱したのか?

 怒りから魔力が体から溢れ出し、あまりにも強く濃い質にこの場にいる者たちの体が凍り付いていた。中には気を失い倒れ込む者までいる。
 炯々とした赤い目で据えれば、アーベルの「ひぃっ……」と悲鳴を上げ、顔が恐怖に歪んだ。
 リオリヤは気が収まらず、その顔が不快で手を伸ばしていた。

「もう止めろ!」

 ユーイがその手にぎゅっとしがみ付いていた。

「やり過ぎだ!もう充分だ!だからもう良いリオリヤ!」

 必死に止める彼の表情には恐怖心は感じられない。ただまっすぐと向ける白群の瞳には、他の誰でもない、リオリヤ・アッサムが映っていた。
 リオリヤは力を解いてゆっくりと手を下ろした。

「……部屋で飲み直す。付き合ってもらう」

 腕に掴まっているユーイの手を取り、反対の手で近くにあった酒瓶をひとつ手にすると、足早に酒場を出た。
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