好きならば好きなれど好きという事なかれ

ヲサラ

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 その強さは桁違いだった。
 振った剣は真っ二つに折れていて、一振りから生まれた瞬風は二つに割けて辺りの木々を斬り裂いた。
 折ったのは自分とは七寸近くも背丈が違う、暗いブラウンの髪を肩先で揺らした、小柄で可憐な少女だ。
 とはいえ、人間とは違う時の流れで生きる魔族の年齢は、外見とは大きくかけ離れている事もある。十代半ばに見えるが、噂の人ならば十、二十どころではないはずだ。
 それでも年下なのは確か。だが、その外見は少女と例えるのがしっくりくる。
 少女は首先に刃が触れる直前に、向かってくる剣先に人差し指をちょんっと軽く当てた。それだけで剣は折れた。
 剣は岩すらも斬れる名剣で、太刀筋は颯が吹くごとく。そう易々と剣の流れを捉えて折れる筈がない。
 折れた刃先は木に突き刺さっていて、無惨な姿は今の自分の姿のようだ。
 剣が折れた時、これまで積み上げて来た矜持もポキっと折れる音が聞こえた気がした。
 
「剣が折れてしまったが、次はどうするんだ?」

 少女は赤い目を輝かせ、楽しげに問いかけた。

 なんて無邪気な笑顔なんだ。

 突然奇襲紛いに勝負を申し込んで、そして負けた惨めな男を嘲笑っているよう見える。しかし、ただ純粋に面白いと思っているような、そんな無邪気さを感じた。
 それが初めて見た少女の印象だった。
 シノツキは、その強さに畏怖して剣を手放して膝をつくと、圧倒的強さを持つ少女を強い憧憬の目で見上げた。



 シノツキは強さを求める青年だった。
 遥か昔、当時の魔王に仕える騎士の一族だった血筋によるものなのか、手を抜くと言うことを知らない呆れられるほどの堅物で、魔族ならばそれを変人と嘲笑った。
 ひたすらに剣の道を極め、強さの頂を登ろうとある少女に闘いを挑んだ。
 その少女は魔王の妹だった。
 たくさんいる兄弟の中で一番最後に生まれたが、その強さから十歳になる頃には王位継承権第二位と、一気に順位を覆した。
 そして長兄が魔王となった今、王位継承権第一位となった。下手すると魔王よりも強いのではないかと噂されている。
 魔族に噂され恐れられる強さを持っているのならばと、血が騒いで、闘いを挑み、呆気なく負けた。
 勝負に負けたとなれば、とシノツキは頭を下げた。

「私をあなたの臣下にしてください」

 シノツキの一族は皆強者をしゅとにして付き従ってきた。シノツキもまた、そうあるべきだと思って生きてきた。
 ようやく仕えるべき御方を見つけられた事に、先程苦杯を喫した事を忘れ、真剣な目で懇願するシノツキに、少女はきょとんとした表情を浮かべた。
 彼女のそばにいる三人の──魔術士、獣人、従者の臣下たちは不快と言った顔をして睨んでくるが、シノツキにそんな目は効かなかった……目だけでは相手を殺す事は出来ないからだ。
 もし臣下を断れても魔王城まで追いかけて、首を縦に振ってもらえるまで門の前に座り込んで待ち続けるぐらいの覚悟は出来てた。

「いいよ」

 とてもあっさりとした返事に、冷静沈着なシノツキも珍しく虚をつかれた。
 
「君は顔が良いからね。タイプだ」

 少女は赤い目を三日月のように細めて笑う。
 まさか顔で判断されようとは思いもせず、それまたそれを言うようにも見えなかったので意外だった。

「……長い黒髪で、黒目で、整った顔立ち。本当に、貴女の好きなタイプですね」

 黒いローブを真深く被った魔術士が、疎ましそうに呟いた。
 その声に他の臣下たちの空気も一層悪くなるのを感じたが、それでも少女の臣下となれた事が喜ばしくて気にはしなかった。



 少女──キユラの臣下となって半月過ぎた頃程過ぎた頃。

「この街は誰に任せようかな?」
 
 キユラは崖の下を見つめて声を弾ませた。
 彼女が立つ崖の下には魔王に逆らう魔族の群れがある。群れは反逆者の伯爵の元、やがて一つの街となっていた。
 初めは見逃していたがそろそろ目障りとなってきたので、魔王からその群れを潰せと命が出た。
 キユラはとても気まぐれで、一人で群を潰す事もあれば、臣下に任せる事もある。
 彼女の背後に控える三人の臣下たちは自分の力に強い自信を持っていて、内心自分が一番役に立つ臣下だと自負していた。だから何も言わなくとも、自分に命じろ、と目がそう訴えかけている。
 だが、キユラが口を開くよりも先に、シノツキが前へ出た。

あるじ、私にお任せを」

「へぇ、やる気満々だね。ならお前に任せよう。五分で片付けろ」

 楽しそうに命を下すキユラに軽く頭を垂れると、シノツキは剣を握りしめて崖から飛び降りた。



「主、私に罰をお与え下さい」

 シノツキの突然の申し出にキユラは、え?、と振り返る。彼女は魔王城の書室で、丁度手を伸ばして本棚から本を取ろうとした所で、シノツキが現れたのでその手を下ろした。
 キユラは物静かに本を読むタイプではなく、実際文字がびっしりと書かれた本は最初の一頁目を見ただけで飽きてしまう性格だった。
 けれどよくこの部屋に遊びに来ていた。この城には書室にくるなんて物好きはおらず、一人でのびのびとしていられるから気に入っているのかもしれない。
 今も彼女を探して真っ先にここへ来て、すぐ見つけられた。

「罰って何の?」

「昨夜私は貴女の命に従う事が出来ませんでした」

 シノツキは重苦しい表情で言ったが、キユラは首を傾げた後に、あぁっと思い出した。

「それって五分で街を潰せって言った事?」

「はい、私は五分で片をつける事が出来ず、五分七秒もかかってしまいました」

「……細いな。ホント堅物だなお前。別にきっちり守れとは言ってなかったんだけど」

 キユラは面倒臭そうに眉を顰めた。
 疎まれているのを察したが、片膝をつき手を胸に当てて、真剣な双眸で主を見上げる。

「いえ、主君の命は絶対です。ですから守れなかった私にどうか罰を」
 
 シノツキにとっては主君の命は命を賭けて守らななければ絶対的なものだった。
 彼の家柄がそんな気質で、そう教えられて育ったシノツキにとってもそれは当たり前の事で、良いと追い払われても引き下げる事は出来ない。

「嫌だと言ってもシノツキは頑なだからな。罰かぁ」

 キユラは、うーん、と天を見上げ、そうだと言って笑みを浮かべた。
 その笑みはいつもの、無邪気なもので、ゆっくりと思いついたことを口にした。

「なら、今すぐ私の前で自慰をしろ」

 シノツキは言われたその言葉の意味が理解できなかった。間抜けな顔でぱちぱちと瞬きをして、その意味を理解すると顔が熱くなった。

「な、何を!?」

「何って自慰。だってシノツキは普通の痛い事をさせても耐えてしまうから罰にはならないだろう?だったら恥ずかしい事を罰にした方がお前には効く──私に逆らうのか?」

 そんな言い方をされてしまっては、忠義に厚いシノツキのこう答えるしかなかった。

「……主が望むのでしたら」

 ズボンを少しずらし、それと取り出そうとして待てがかかった。

「何にしてるんだ?着てるものは全部脱げ」

「ぬ、脱ぐ?それは……」

「罰なんだからとことん辱めを受けなきゃ」

 キユラは実に楽しげだった。

 あぁ、その笑みだ……。

 戦場でもよく見かけるその笑顔はとても無邪気で、そしてどこか恐ろしさがあり、シノツキの心臓はどくどくと脈を打ち、胸を熱くさせた。
 はぁ、と息を吐く……。
 ゆっくりと立ち上がり、上着の襟を掴むとそれを床に落とす。
 手が震えてもたついたが、主の命に従い、着ているものを全て脱ぎ捨てた。
 鍛え抜かれた体の肌は意外にも白く、胸板はある程度あるものの腰は細く、髪と同じ色の茂みは薄い。少女の前で痴態を晒している自分が惨めで、羞恥のあまり体は火照り始めていた。
 隠したい、しかしそれは許されない。
 
 罰だ、これは主がくれた罰だ……。

 恥ずかしさを食いしばり、欲の象徴へを握り締める。そこは既に熱を持っていて、触れた瞬間、思わず腰が揺れた。
 最後にちゃんと触れたのはいつだったか、もう思い出せない。

「ん……ふっ、ぁ……」

 摩ると久々の感覚に熱い息が漏れる。
 この静かな部屋の中では、小さな自分の吐息がやけに大きく響いて聞こえる。必死に声を殺そうとしているのに、逆に興奮してしまう自分がいた。
 キユラが突然しゃがみ込むとシノツキの手元に顔を近づけて、硬く滾らせたものをまじまじと観察し始めてしまった。

「主っ!」

「私のことは気にしないでくれ」

 気にしないでくれと言われて、気にしないでいられる筈がない。腰を引こうとしたが、背後にある書棚にぶつかって逃げ場はなかった。

「罰をやめる?」

 そうだこれは罰だ。
 シノツキは視線から逃げるように目を瞑ると、再びそれを握り手を動かした。
 早く終わらせようと頭の中で興奮材料を想像しようとしたが、何も浮かばない。これまで己を慰めていた時は何を考えていたのか思い出せない。

「なぁ、自慰はしたことがあるのか?」

「っ……何度か、あります」

 主には嘘をつけず、素直にも答える。明確に聞かれなかったのは幸いだった。

「へぇ、そういう事には興味がないって顔をしてやるんだな。なら女は?抱いたことあるか?」

「……一度だけ」

 昔恋人がいて関係を持ったが、その後別れてしまったのでその一度だけ。
 ずっと剣の道を歩いて来たシノツキは、女とはたった一回付き合っただけで、それもごく僅かな期間で、その間に一度だけ関係を持った。
 それ以降恋人を作る事もなく、ごく稀に、闘いの興奮がおさまらない時にその滾りを鎮めていた。
 目を瞑り質問されると、まるで言葉で攻めたてられているような感じがして、体を沸々とさせた。
 手はもう止められず、荒い息が口から漏れていく。脚がだらしなく拡がり、溢れる先走りは手を伝って落ちていく。気付けば部屋の中に蜜音を響かせてきた。
 きっとこうしている間もキユラはガチガチに硬くした男根を見つめているのだと想像して、ますます体の中が煮えたぎった。
 あの楽しげな赤い目を頭に浮かんで、もう我慢が出来ない──。
 
 あぁ、主の前で、イくっ!

「ぁああっ」

 頭の中が真っ白になって、熱を解き放っていた。 

 主の前でなんて痴態を……。

 恥ずかしさでいっぱいだったが、体は満たされていた。こんなにも甘い余韻をこれまで感じられたことは恐らくない。
 脚ががくがくと震えて立っていられず書棚に背中を預けながらずるずると床に腰をつけていた。
 呆然とただ荒い呼吸を繰り返していると、名を呼ばれて顔を上げると、三日月を描いた赤い目が見下ろしていた。

「お前の様を見ていてゾクゾクした。そうだ、これからお前の罰はこれにしよう」

 キユラは笑って言った。
 その笑顔がやはり無邪気で、どこか恐ろしく、そして胸が騒いだ。

「……はい」

 頷くシノツキの口はだらしなく緩みまくっていた。
 
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