退役して復讐しようとしたら告白を受けた

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15話

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「伍長は貴方に静かな所で……戦いと関係ない所で暮らしてほしいと、そう願っていたんです」
 知っている。

 片手で数えるほどだが、私は自分の直轄の小隊の何人かに話した事がある。
 退役したら、静かな所でのんびり過ごすさ、と。
 この言葉を伍長はしっかり覚えていたのだろう。
 なにより、優しい子だ。あの時、自分や実母の安否よりも、私の将来を考えてくれたのかもしれない。
「元帥の血筋である事が知れたら、彼らに利用されるのはおろか、跡取りのいない元帥側も動くでしょう」
「そんなもの」
「えぇ、アリーナには対処できる些事な問題でしょう。ですが、血に縛られてる彼らはそれだけにとどまりません」
 勘当された一族の者の末裔、不義の子として見られるという事は、その真実を露呈されないよう口封じで命を狙われる可能性が私が死ぬまで続くだろう。
 同時に私が大切にしている者達、はては街の民達にも危害が加わると、ルーカスは言う。
 そうだろう。私とて、考えなかったわけじゃない。
 伍長が死んでも成し得ようとしたことは何か、推測して辿り着いてはいる。けれど、それで納得は出来なかった。
「アリーナは自分の大切なものを守るためなら、どんな自身の犠牲も問わないでしょう?」
「そうだね」
「伍長は失ってほしくなかったんです。貴方自身も貴方の大切にしてるものも」
 それだけ?
 それだけなのかと思ってしまう。
 血筋血族で目の色を変えて人道に背く事をしてくるのが奴らだ。例えその対象が、私自身の命でも周囲の命であっても私は守ろうとするだろう。
 けれど伍長はそれを望まなかった。だから伍長自身が犠牲になる。そんな事、納得いくはずがない。
 他人が犠牲になることを良しとせず、自分が犠牲になろうなど、本末転倒じゃないか。
 私がしようとしていることを、ただ伍長が代わりにやっただけだ。
 それでは別の解決法でもなく、役者が変わっただけの同じ舞台。
「確かに伍長は間違っていたかもしれません。周囲に協力を頼めば解決できたことかもしれませんから」
「だが、周囲に協力を仰げば、私の出自が知れる」
「そうです。だから伍長は何も言わなかった」
 私の出自がそんな大事な事なのか。そうとは思えない私と、それ以外で出自を重んじる者達とで意識の差が極度に違う。
 伍長とて本来は血族を重んじる家系ではない。けれど、育ちがミランの遠縁である以上、そういった話は良く見聞きしてきたのだろう。その分、そこにある何かを知り得たのか。

「やはり、私には」
 納得がいかない。
 気持ちに整理がつかない。
 蓋をしたい感情の行き場を決めておきたい。
 だから復讐という行動で補いたい。
 それしか知らないから。
「……アリーナ」
「……」
 いや、違う。
 本当は……本当は、受け入れたい。
 彼女の死も、見たくない感情にも、本当に欲しいものにも。
「分からないんだ」
「え?」
「ここ最近は特に」
 復讐をするという気持ちが薄れている。ましてや考えにも及ばないと気づく度に、伍長への罪悪感を抱いた。自信を責める事が復讐と同じく、無意味なものだと分かっていてもそう簡単に止められるものではない。

「……恐らくですが、私が伍長に最後に会って話した者になると思います」
「何だって?」
 最後と言うのは奴らに殺される前か。彼女への危機を察していたルーカスとミランであったが、実際接触できていたとは。
「私は大丈夫と言う彼女に何も言えませんでした。まだ時間があると油断していたのもありますが……少し疲れていた彼女は最後に私に貴方のことを話していきました」
「私のこと?」
「大好きな人だと。尊敬して、何よりも幸せになってほしいと、そう願っていました」
「伍長が……」
「えぇ」
 あぁ、この言い様ない気持ちは。
 彼女はどこまでいっても心優しい子だ。君はその間際でもまだ私のことを気にかけていたのか。
「私にアリーナのことをよろしく頼むと、そう言われました」
「だから、君は私の所に来たのか?」
「いいえ」
 それだけは違うと、はっきりルーカスは言い切った。

「私が貴方に会いたくて来たのです。私の気持ちが最優先でした」
 それも今となっては正しいことなのか、と彼は自分の気持ちと行動に少しばかり思うところがあるようだった。
「だが、君が来てくれたから私は何かを得たんだと」
「え?」
「いや、いいんだ」
 これは話すことではないのだろう。
 私自身に答えが出てないことなのだから。
「では、私は戻ります」
「あぁ」
 名残惜しそうに微笑む。
 私が現役なら喝でも入れたか。しかし、今は退役しているし彼の上官でもない。彼だけの問題で、彼が消化しないと先へ進めないだろう。
「ルーカス」
 背を向け数歩歩いたところで呼び止める。
 不思議そうにこちらに振り向く彼に静かに口にした。
「……善処しよう」
 何にかは言わなかった。
 それでも彼は微笑んで頷く。
 伝わったかはわからないが、その後、彼は1度も振り返ることなく、私も彼を呼び止めることなく、丘を下って行った。
 見えなくなるまで私は彼を見送った。
「少し冷えるな」
 月夜、私は見据えたくない事実を言葉にして受け入れなければならなかった。
 私の中でそれが昇華されるまで、ただずっと月を見上げていた。
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