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11話
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「おう、少尉」
「大佐、どうかしました?」
「はは、さすがにわかるか」
少し困ったように笑う大佐にコーヒーに誘われた。最も、すぐに戻らなければならないようで、コーヒーをいれてすぐに立ち去るようだった。
「いや、なに。急に忙しくなってな」
「遠征のことでですか?」
「ご名答。さすがだな」
コーヒーの独特の深い香りが鼻を掠めていく。
彼はよく他者にコーヒーをいれるのが好きなようで、最初こそは自分がいれなければならないと戸惑ったものだったが、今は割と慣れてしまった。私だけではない、ここにいる全ての兵に同じことをしていれば、いいのかという思いにもなる。
「ほら」
「ありがとうございます」
その際、巧妙に潜ませた紙切れが指の間に挟まれているのを確認する。
表情そのまま、受け取る際にそれを頂いた。
「さして何も話せずすまんな」
「いいえ、お体に気を付けて」
「おう」
掌に握られた紙の感触をそのまま、私はいつも通りの足取りで隊室へ戻った。
軽いメモだったが、そこに書かれていた内容は端的に、情報操作と遠征先での戦闘の可能性が書かれいた。もちろん暗号で。
彼はいつも暗号の形態を変えてくるから、こちらも読むのが困難を極めるわけだが、なるほど知られてはいけない内容であることに間違いはない。
水を入れたコップにメモを入れる。特殊な水溶性の紙なので、完全に溶かしきった後、窓辺の観葉植物に与える。
「少尉殿」
呼ばれ振り返る。
そこには私が一方的に知った顔がいた。
「カハッツ少尉」
今回、間際になって編成が少し変わった。小隊は各個で動く予定だったが、最低2~3小隊組んだ上で行動することとなった。
先程の情報のこともあろう。
しかし、よりによって彼女の下についていた少尉とその小隊と組むことになろうとは。わざとなのか、偶然なのか。偶然にしたらここまで彼女と縁があることに感心する。
「此度は宜しくお願い申し上げます」
「こちらこそ、宜しくお願い申し上げる」
今回は小隊と小隊の顔あわせだ。
部屋には私が率いている小隊の面々と、カハッツ少尉の小隊が向かい合う形でソファに腰かけている。あまり緊張はないのか、互いに打ち解けては話しているようだ。これなら問題もないだろう。
「アンケ少尉」
「はい」
「あの、此度のことと関係ないことでも?」
「えぇ、構いませんが」
「……退役したミュラー少佐に会ったことがあると聞きまして」
誰から聞いたのか。大佐か奴らか。
どちらかによっては内容ががらりと変わるな。
「えぇ、確かに」
「少佐殿は……いかがお過ごしでしょうか? お身体は?」
それは心底心配し、安否を問う顔だった。
少佐が慕われていることは充分私もわかっていたが、やはり退役してもそれは変わらない。
忘れられるはずがない。彼女は多くを救い、多くを導いてきたのだから。
「お元気ですよ。すでに歩いてもいらっしゃいます」
「あぁ、本当ですか!? それは……それは、本当に」
よかったと、感極まる少尉。
余程心配だったのだろう。特にこの小隊は少佐の直轄と言っていい隊だったし、少佐もよく面倒を見ていた。亡くなった彼女もこの隊にいたのだから、尚更に。
「見舞いには行かれないのですか?」
「……えぇ、我々全員行きたい気持ちもあるのですが、あの、伍長のこともあり……なかなか行きづらく」
自分の所属する場所で慕う上の者が、信頼のおける同僚によって毒を盛られる。
真相も知らされてないだろう、彼・彼女には逆に少佐に会うことですら躊躇われるのか。
「少佐殿は貴方方の事を信頼してると思います」
「そう、でしょうか」
「えぇ」
彼らが見舞いに行くことで、彼女の復讐に拍車がかかるかもしれない。
それでも会うことを選ぶのは当人達だ。勧めることはできない。
けれど、彼女が自身の隊を大切にしてい事はよく知っている。それぐらい、私は彼女のことを見てきた。彼女は優しい人だから、自分を慕って共に戦ってくれる者達を無碍にすることはない。
なにより、彼女をこんなに思ってくれてることの方が大事なことで、今の彼女にそういった他者の思いが必要なのではと、そんなことを考えていた。
最も、私自身の想いが彼女にとっての幸いになることが1番ではあるが。
彼女の前では穏やかな聖人君子であるよう努めているが、やはりどうにもこの独占欲は融通が利かない。
私は今純粋にカハッツ少尉達に嫉妬しているのだから。
これを大佐が聞けば馬鹿らしいと笑うだろうな。いや、面白いと言って笑うだろうか。
ある意味、私は少佐の隊に所属してなくてよかったのかもしれない。
近すぎても困るだけだ。
自分の職務を全うできないようでは軍人として失格。私情をそこまで持ち込むのもどうかという話。
その彼女はまったく意に返さない。
彼女の気持ちを揺らがせることができるのだろうか。
私はこの日、次に彼女に会う時にお願いをしようと決めた。
「大佐、どうかしました?」
「はは、さすがにわかるか」
少し困ったように笑う大佐にコーヒーに誘われた。最も、すぐに戻らなければならないようで、コーヒーをいれてすぐに立ち去るようだった。
「いや、なに。急に忙しくなってな」
「遠征のことでですか?」
「ご名答。さすがだな」
コーヒーの独特の深い香りが鼻を掠めていく。
彼はよく他者にコーヒーをいれるのが好きなようで、最初こそは自分がいれなければならないと戸惑ったものだったが、今は割と慣れてしまった。私だけではない、ここにいる全ての兵に同じことをしていれば、いいのかという思いにもなる。
「ほら」
「ありがとうございます」
その際、巧妙に潜ませた紙切れが指の間に挟まれているのを確認する。
表情そのまま、受け取る際にそれを頂いた。
「さして何も話せずすまんな」
「いいえ、お体に気を付けて」
「おう」
掌に握られた紙の感触をそのまま、私はいつも通りの足取りで隊室へ戻った。
軽いメモだったが、そこに書かれていた内容は端的に、情報操作と遠征先での戦闘の可能性が書かれいた。もちろん暗号で。
彼はいつも暗号の形態を変えてくるから、こちらも読むのが困難を極めるわけだが、なるほど知られてはいけない内容であることに間違いはない。
水を入れたコップにメモを入れる。特殊な水溶性の紙なので、完全に溶かしきった後、窓辺の観葉植物に与える。
「少尉殿」
呼ばれ振り返る。
そこには私が一方的に知った顔がいた。
「カハッツ少尉」
今回、間際になって編成が少し変わった。小隊は各個で動く予定だったが、最低2~3小隊組んだ上で行動することとなった。
先程の情報のこともあろう。
しかし、よりによって彼女の下についていた少尉とその小隊と組むことになろうとは。わざとなのか、偶然なのか。偶然にしたらここまで彼女と縁があることに感心する。
「此度は宜しくお願い申し上げます」
「こちらこそ、宜しくお願い申し上げる」
今回は小隊と小隊の顔あわせだ。
部屋には私が率いている小隊の面々と、カハッツ少尉の小隊が向かい合う形でソファに腰かけている。あまり緊張はないのか、互いに打ち解けては話しているようだ。これなら問題もないだろう。
「アンケ少尉」
「はい」
「あの、此度のことと関係ないことでも?」
「えぇ、構いませんが」
「……退役したミュラー少佐に会ったことがあると聞きまして」
誰から聞いたのか。大佐か奴らか。
どちらかによっては内容ががらりと変わるな。
「えぇ、確かに」
「少佐殿は……いかがお過ごしでしょうか? お身体は?」
それは心底心配し、安否を問う顔だった。
少佐が慕われていることは充分私もわかっていたが、やはり退役してもそれは変わらない。
忘れられるはずがない。彼女は多くを救い、多くを導いてきたのだから。
「お元気ですよ。すでに歩いてもいらっしゃいます」
「あぁ、本当ですか!? それは……それは、本当に」
よかったと、感極まる少尉。
余程心配だったのだろう。特にこの小隊は少佐の直轄と言っていい隊だったし、少佐もよく面倒を見ていた。亡くなった彼女もこの隊にいたのだから、尚更に。
「見舞いには行かれないのですか?」
「……えぇ、我々全員行きたい気持ちもあるのですが、あの、伍長のこともあり……なかなか行きづらく」
自分の所属する場所で慕う上の者が、信頼のおける同僚によって毒を盛られる。
真相も知らされてないだろう、彼・彼女には逆に少佐に会うことですら躊躇われるのか。
「少佐殿は貴方方の事を信頼してると思います」
「そう、でしょうか」
「えぇ」
彼らが見舞いに行くことで、彼女の復讐に拍車がかかるかもしれない。
それでも会うことを選ぶのは当人達だ。勧めることはできない。
けれど、彼女が自身の隊を大切にしてい事はよく知っている。それぐらい、私は彼女のことを見てきた。彼女は優しい人だから、自分を慕って共に戦ってくれる者達を無碍にすることはない。
なにより、彼女をこんなに思ってくれてることの方が大事なことで、今の彼女にそういった他者の思いが必要なのではと、そんなことを考えていた。
最も、私自身の想いが彼女にとっての幸いになることが1番ではあるが。
彼女の前では穏やかな聖人君子であるよう努めているが、やはりどうにもこの独占欲は融通が利かない。
私は今純粋にカハッツ少尉達に嫉妬しているのだから。
これを大佐が聞けば馬鹿らしいと笑うだろうな。いや、面白いと言って笑うだろうか。
ある意味、私は少佐の隊に所属してなくてよかったのかもしれない。
近すぎても困るだけだ。
自分の職務を全うできないようでは軍人として失格。私情をそこまで持ち込むのもどうかという話。
その彼女はまったく意に返さない。
彼女の気持ちを揺らがせることができるのだろうか。
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