16 / 54
16話 帝都視察
しおりを挟む
婚約してからはグレース騎士学院での生活とあまり変わらない生活だった。少し距離が近いだけで寝室は別、共用リビングで食事をし、平常なら騎士の訓練が主で書類仕事ができたぐらいだ。
唯一、ヴォックスとの関係が違うだけ。
「ユツィ」
毎回違う花を持ってくる。十輪になった花を見て手持ちの花瓶が限界を迎えた。
「ヴォックス、花は一先ずやめてほしい」
「花は嫌いか?」
「好きだけど、これ以上増えると花瓶に入らない」
「なら花瓶を調達すればいいな」
むやみやたらに買わないよう伝えても買うのは譲らないといった雰囲気だ。
案の定翌日は花瓶と花をセットでもらい、その後は部屋の花の様子を見ながら定期的に花瓶を寄越すようになった。
何もない簡素な部屋だったが、花があると華やかになる。不思議とこの生活に馴染んでしまいそうだ。
「というわけです」
「副団長の旦那、面白い人ですね」
「旦那ではありません」
稽古中、元王国の騎士が困ったように笑う。
「長年連れ添った夫婦みたいなのに」
「なんですかそれは」
「あ、でも付き合いたての子供みたいな時もありますよね~」
「さっきと逆では……」
そんな風に見えている?
表現はさておき好き合っているように見えるのだろうか?
「堅物でごっつい団長ですけど、滅茶苦茶副団長のこと好きですよね」
「……そう?」
「ええ」
すっかり習慣化したが毎日花を贈られる。よくあれだけの花を用意できるものだと感心した。
「そういえば、副団長は団長と一緒に視察に行かないんですか?」
「視察?」
「最近帝都の警備騎士を新しくしたじゃないですか。あと二ヶ月ぐらいは体制強化で団長も一緒に帝都見回りしてるって」
「……それは」
「初めて聞きました?」
「ええ」
帝都の警備騎士を再編成といよりもほぼ新規で作り替えた話は聞いた。副団長になったばかりの時だったかな。
「まあこっちの面倒見なきゃいけないですしね」
城内の騎士達の事を考えたら、私がここで指導するのが効率的でいいだろう。
「次の遠征までに体制整えたいみたいですし」
「ふむ」
そういえば帝国に居を構えるようになったけど、帝国の事をあまり知らなかったな。
「あ、帰ってきましたよ」
「ええ」
稽古を止めて各自休憩をとらせる。その間にヴォックスの元へ戻った。
「ユツィ?」
ヴォックス付の精鋭騎士に指示を出して下がらせればすぐに二人だけになる。人がいても愛称で呼ぶのはいかがなものかと思うが指摘しても直してくれない。
「帝都に視察に出てると聞いた」
「ああ、遠征までに体制を整える。そこからは視察はなくなる予定だ」
訓練を任せきりですまない、と謝ってくる。
「その視察、私も行きたい」
「え?」
「思えば帝都の事は何も知らないから」
私の言葉に驚きつつも考える素振りを見せた。驚く事を言ったつもりはないけれど、ヴォックスには歓迎されることだったらしい。期待に満ちた目で、分かったと頷いた。
「こちらで指導役を改める。明日から行けるか?」
「分かった」
* * *
「賑やかな街だな」
「物流の拠点にもなっているからな」
帝都は活気がある良い街だった。帝国民が多く、併合された他国の民は数えるほどで我が王国民も少ない。
「武器専門……」
「気になるなら入るか?」
「視察中」
「どういう人間が出入りしているか把握しておくのも視察の一つだ」
帝都の地図は頭の中に入っていたけど現場はやはり違う。地図にない細い道がどこに繋がっているか、裏道の先の居住区から怪しげな店まで全て回った。
「武器……」
「ユツィ?」
ヴォックス付の精鋭騎士で分隊長を務めている二人が城に残り指導役に回された。今私達の背後に精鋭の内の三人が控えているが距離もある。
「たまには花以外も……」
「……」
「待った今のなし」
言葉にして気づいた。ヴォックスから貰うを当たり前に考えすぎだ。これじゃあおねだりしてるみたいじゃない。恥ずかしさに慌てても、ヴォックスは気にせず成程と頷いていた。嬉しそうに瞳に奥を輝かせている。
「では次は花に違うものを添えよう」
何故か花は固定だった。さっきの私の台詞を思い出してほしい。花以外と言ったはずだ。
「よくあれだけの花を用意できるね」
どこの花屋を使っているか問う。花一輪、毎日買っていればかなりの金額になるはずだ。
というよりも誰の入れ知恵で女性なら花を贈れみたいな典型的行動になったのか疑問でもあった。
「弟が城内に庭を持っていて」
「成程」
それなら合点が行く。皇家所持の花を多くを置いた庭ならさぞや種類も多く多量にあることだろう。
「弟の恋人が色々教えてくれるんだ」
「……恋人? 第三皇子殿下の?」
「ああ」
帝国三人の皇子の中、第一皇子はすでに侯爵家の令嬢と婚約し近い内に結婚すると聞いた。ヴォックスは私と直近婚約、最後の末の皇子殿下は相手がいないと聞いていたが想いを通じあってる女性がいる? 植物に詳しい令嬢が出入りしているという話は聞いたことがない。
「本人は恋人でないとよく否定する」
「それは弟殿下の片想いでは?」
「けど好きだと聞いたが」
「?」
会話がおかしい。恋人という関係は否定するけどご令嬢は殿下が好きだと。
いまいち想像がつかない。城に出入り出来る令嬢なら皇族の相手として不足はないはず。
「弟と彼女のおかげでユツィに花を贈れるから助かっているな」
「そう」
ヴォックスが嬉しそうなので私も良い気分になる反面、気持ちの端がもやっとする。なんだろう、不思議な感覚に首を傾げると、ヴォックスが相変わらず気にして声をかけてくる。
「ユツィ?」
「大丈夫、心配ないよ」
「本当に?」
「なんなら後で剣でも合わせよう。私が絶好調だと分かる」
「成程」
こういう所は王国の人間みたいだなと思ってしまう。けどヴォックスは帝国の人間、帝国の皇子だとふとした時に現実が目の前にやってくる。敵国の人間だと思って固くなるのは私だけだろうか。騎士達の中でうまくやっている王国民が羨ましかった。私はまだ失った殿下が忘れられない。
「……割りきれないのは苦しいね」
私の囁きはヴォックスに聞こえてなかった。
唯一、ヴォックスとの関係が違うだけ。
「ユツィ」
毎回違う花を持ってくる。十輪になった花を見て手持ちの花瓶が限界を迎えた。
「ヴォックス、花は一先ずやめてほしい」
「花は嫌いか?」
「好きだけど、これ以上増えると花瓶に入らない」
「なら花瓶を調達すればいいな」
むやみやたらに買わないよう伝えても買うのは譲らないといった雰囲気だ。
案の定翌日は花瓶と花をセットでもらい、その後は部屋の花の様子を見ながら定期的に花瓶を寄越すようになった。
何もない簡素な部屋だったが、花があると華やかになる。不思議とこの生活に馴染んでしまいそうだ。
「というわけです」
「副団長の旦那、面白い人ですね」
「旦那ではありません」
稽古中、元王国の騎士が困ったように笑う。
「長年連れ添った夫婦みたいなのに」
「なんですかそれは」
「あ、でも付き合いたての子供みたいな時もありますよね~」
「さっきと逆では……」
そんな風に見えている?
表現はさておき好き合っているように見えるのだろうか?
「堅物でごっつい団長ですけど、滅茶苦茶副団長のこと好きですよね」
「……そう?」
「ええ」
すっかり習慣化したが毎日花を贈られる。よくあれだけの花を用意できるものだと感心した。
「そういえば、副団長は団長と一緒に視察に行かないんですか?」
「視察?」
「最近帝都の警備騎士を新しくしたじゃないですか。あと二ヶ月ぐらいは体制強化で団長も一緒に帝都見回りしてるって」
「……それは」
「初めて聞きました?」
「ええ」
帝都の警備騎士を再編成といよりもほぼ新規で作り替えた話は聞いた。副団長になったばかりの時だったかな。
「まあこっちの面倒見なきゃいけないですしね」
城内の騎士達の事を考えたら、私がここで指導するのが効率的でいいだろう。
「次の遠征までに体制整えたいみたいですし」
「ふむ」
そういえば帝国に居を構えるようになったけど、帝国の事をあまり知らなかったな。
「あ、帰ってきましたよ」
「ええ」
稽古を止めて各自休憩をとらせる。その間にヴォックスの元へ戻った。
「ユツィ?」
ヴォックス付の精鋭騎士に指示を出して下がらせればすぐに二人だけになる。人がいても愛称で呼ぶのはいかがなものかと思うが指摘しても直してくれない。
「帝都に視察に出てると聞いた」
「ああ、遠征までに体制を整える。そこからは視察はなくなる予定だ」
訓練を任せきりですまない、と謝ってくる。
「その視察、私も行きたい」
「え?」
「思えば帝都の事は何も知らないから」
私の言葉に驚きつつも考える素振りを見せた。驚く事を言ったつもりはないけれど、ヴォックスには歓迎されることだったらしい。期待に満ちた目で、分かったと頷いた。
「こちらで指導役を改める。明日から行けるか?」
「分かった」
* * *
「賑やかな街だな」
「物流の拠点にもなっているからな」
帝都は活気がある良い街だった。帝国民が多く、併合された他国の民は数えるほどで我が王国民も少ない。
「武器専門……」
「気になるなら入るか?」
「視察中」
「どういう人間が出入りしているか把握しておくのも視察の一つだ」
帝都の地図は頭の中に入っていたけど現場はやはり違う。地図にない細い道がどこに繋がっているか、裏道の先の居住区から怪しげな店まで全て回った。
「武器……」
「ユツィ?」
ヴォックス付の精鋭騎士で分隊長を務めている二人が城に残り指導役に回された。今私達の背後に精鋭の内の三人が控えているが距離もある。
「たまには花以外も……」
「……」
「待った今のなし」
言葉にして気づいた。ヴォックスから貰うを当たり前に考えすぎだ。これじゃあおねだりしてるみたいじゃない。恥ずかしさに慌てても、ヴォックスは気にせず成程と頷いていた。嬉しそうに瞳に奥を輝かせている。
「では次は花に違うものを添えよう」
何故か花は固定だった。さっきの私の台詞を思い出してほしい。花以外と言ったはずだ。
「よくあれだけの花を用意できるね」
どこの花屋を使っているか問う。花一輪、毎日買っていればかなりの金額になるはずだ。
というよりも誰の入れ知恵で女性なら花を贈れみたいな典型的行動になったのか疑問でもあった。
「弟が城内に庭を持っていて」
「成程」
それなら合点が行く。皇家所持の花を多くを置いた庭ならさぞや種類も多く多量にあることだろう。
「弟の恋人が色々教えてくれるんだ」
「……恋人? 第三皇子殿下の?」
「ああ」
帝国三人の皇子の中、第一皇子はすでに侯爵家の令嬢と婚約し近い内に結婚すると聞いた。ヴォックスは私と直近婚約、最後の末の皇子殿下は相手がいないと聞いていたが想いを通じあってる女性がいる? 植物に詳しい令嬢が出入りしているという話は聞いたことがない。
「本人は恋人でないとよく否定する」
「それは弟殿下の片想いでは?」
「けど好きだと聞いたが」
「?」
会話がおかしい。恋人という関係は否定するけどご令嬢は殿下が好きだと。
いまいち想像がつかない。城に出入り出来る令嬢なら皇族の相手として不足はないはず。
「弟と彼女のおかげでユツィに花を贈れるから助かっているな」
「そう」
ヴォックスが嬉しそうなので私も良い気分になる反面、気持ちの端がもやっとする。なんだろう、不思議な感覚に首を傾げると、ヴォックスが相変わらず気にして声をかけてくる。
「ユツィ?」
「大丈夫、心配ないよ」
「本当に?」
「なんなら後で剣でも合わせよう。私が絶好調だと分かる」
「成程」
こういう所は王国の人間みたいだなと思ってしまう。けどヴォックスは帝国の人間、帝国の皇子だとふとした時に現実が目の前にやってくる。敵国の人間だと思って固くなるのは私だけだろうか。騎士達の中でうまくやっている王国民が羨ましかった。私はまだ失った殿下が忘れられない。
「……割りきれないのは苦しいね」
私の囁きはヴォックスに聞こえてなかった。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……
矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。
『もう君はいりません、アリスミ・カロック』
恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。
恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。
『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』
『えっ……』
任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。
私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。
それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。
――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。
※このお話の設定は架空のものです。
※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる